眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

残像

2012-12-08 | 
どうして君はあんなにも音楽を愛したのだろう?
 いつもの部屋で
  君は何度も音階練習を繰り返す
   ゆっくり運指を確かめる様に音を紡ぎ
    だんだんと指の動きが速くなる
     加速する指が指板の上で
      まるで道化師のようにくるくる回り始めると
       難解な運指の解読に諦めて
        僕は窓辺で煙草に火をつけた
         紫色の煙がゆっくり立ち昇り
          灰色の空に消えていった

          ねえ
           そんなに何度も音階練習を繰り返して
            よく飽きないね。

            そう云うと君は少しだけ目を上げて呟いた

             時間がないんだ。

              時間?

              そう。
               僕や君や彼等彼女等の一瞬は
                すべからく通り過ぎてゆく
                 約束された明日なんて来ないかもしれない。
                  それは世界の戒律なんだ。
                   昨日と同じ今日、
                    今日と同じ明日は存在しないんだ。
                     こうしている一瞬にも
                      此処は過去になっているのさ。
                       全ては
                        全ては磨耗され消費されてゆく
                         だから
                          その想いを祈るしかないのさ
                           全てが幸せである様に


                  その音階練習が祈りなのかい?

             皮肉な僕の言葉を聞き流して
            君はアラン・ホールズワースの様なレガートで
           難解なパッセージを軽々と弾き飛ばした
          それから僕にベースギターを弾くように促した
         僕は煙草の灰が床に落ちるのを気にしながら
        6弦ベースを調弦した
       そうしていつもの様に僕らは音楽を始めた
      寒い冬の午後
     暖房の壊れた部屋で
    マフラーをしっかり首に巻きつけて
   煙草を吸ったり 
  珈琲を飲みながら
 僕らはまるで永遠に続くあのユートピアを想像した
世界は清潔な清らかさで僕らの音を祝福した
 
 永遠に続くはずだった世界

  永遠に一緒だと信じていた記憶の破片

   やがて夜になり
    青い月が顔を出し
     窓の外の風景に街灯が灯った
      誰かの人生がその青い世界で嘲笑された
       大人
        誰かが笑った
         だがその皮肉な喜劇の主役は後の僕の姿だった
          誰かが空のビール瓶を投げつけた
           瓶は僕の頬の横を通り過ぎ
            汚れた壁で粉粉に割れた
             壁には落書きがされていた
              壁には青い扉が描かれていた

              タッピングでトリルを続けながら
               僕は君が歌うのを待った
                僕の描いた詩に旋律をつけ
                 ギターを弾きながら君は即興で歌い始める

                 野良猫たちが空き地に集い
                パレードを祝って
               すっとんきょうな声で云う

              さあ
             パレードだあの街の向こう
            そこでまた始まる
           始まりはいつもの広場
          水の無い噴水
         空に舞い上がる赤い風船
        飛行船
       ワイン
      深夜の徘徊
     止まない頭痛
    不確かな時計
   壊れやすい水

  僕らの

 僕らの世界


   時間がないんだ

    君がそっと云う

     この世界も消え行く

      君も

       僕も

        忘却のメソッド

         ただ

          このままが

           このままが

            
            地面に叩きつけられて

             粉々になった緑のビール瓶

              時間が無いんだ


               だから君は


            失われた世界で今だってずっと音楽を止めないんだろう


             いつか磨耗され消え去る世界の中で

      
             永遠に音を紡いでいるのだろう


             哀しいけれど

            僕には君の歌声は聴こえないんだ

           失われた扉の鍵を

          僕は探し続けているんだよ

         
         何処にいるの



        ねえ



       君






















        
コメント (4)
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