眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

遠い夏休み

2024-07-02 | 
変わり行く景色の中で
 僕らはただ口笛を吹き続けてみせた
  誰かの影がグランドの夕映えに長く伸び
   校舎の窓から風が吹き抜けた
    誰もいない図書室
     氷点下まで下げられた温度で
      古びた本たちの背表紙をそうっとなぞった
       誰もいない廃墟
        誰もいない世界
         前言撤回された日記帳は
          白紙の言い訳をさらし
           空をなぞったファインダー越しに
            一眼レフのシャッターが空間を切り取ったのだ

           胃の調子がおかしかった
          冷たい物の取りすぎだね
         君が可笑しそうに笑った
        ソーダー水のアイスキャンデーを舐めた
       みんな何処に消えたんだろうね?
      君は微笑み、どうしてさ?と不可思議な表情を浮かべる
     だってさ、
    あんなにたくさん居た奴等も誰一人居なくなっちゃったんだよ。
   違うよ。
  君が訳知り顔でこう答えた
 始めから存在していなかったんだ。
美術室の静物画のデッサンが可笑しそうに笑った
 始めから?
  そう。始めから何も存在していなかったんだ
   確かなものなんて此処には存在しないんだ。
    用意された未来なんて最初から無かったんだよ。

     点滴が零れ落ちた
      病室のベッドの上で白いシーツに包まる
       古ぼけた時計が時を刻む
        あの音だけは。
         あの時計の指し示す時間の音だけは変わらないね。
          君は僕の脈拍と体温を
           手馴れた手つきで調べた
            熱があるよ。
             熱?
            そう。君の体温。
           アンリ・ミショーの詩集を閉じて
          君はジャン・コクトーを開いた
         過去を閉じ
        未来を開こうとする
       ホルへ・ルイス・ボルフェスの夢魔たちが笑った
      笑われてばかりだね。
     誰に?
    友達やら同級生やら通行人やら背景やら
   白い壁やらかすんだ視界やら運命やら
  やがて薄れ行く記憶やらぼんやりとした意識領域やら
 赤いワインの一滴たちに於いて。

小説の一ページを破りとって
 君は丸めて僕に投げつけた
  これで世界は封印された。
   厳かに君がつぶやく

    その破かれた本は
     駄文をしたためた僕のノートだった

      君の記憶が紛失したんだよ
       君がくすくす微笑んだ

        当たり前の顔をしてなくっちゃ駄目だよ

         世界が未分化で不完全な物だなんて

          委細承知のことだっただろう?

           確かなものなんて

            存在しないんだ

             始めから


            呼吸の位置を調べたい

         
         マイヤーズ・ラムをコーラで割った


          コークハイの哀しげな郷愁
       


             遠い夏休み



         







   
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

風鈴の声

2024-06-30 | 
君がいなくちゃ僕は僕でいられないよ
 青い林檎を齧りながら君がくすくす笑った
  僕はジャックダニエルの甘い香りを匂い
   喉元に流し込んだ
    深夜2時で夜明けの前触れ
     戯言を交わす呼吸で
      君はフィリップモーリスに灯を点ける
       
       ねえ
        その楽器は誰の記憶なの?

        君が囁き安眠を促す
         林檎の酸味の舌触りで
          僕は地上を俯瞰した
           電気信号だよ
            唯の

            ぴぴぴ

            お日様を願う月の引力
             僕等はあの日誰かに処遇された
              鎖で繋がれた両手を
               必死に足掻いた
                やがて血が流れ
                 僕等はくすくす笑うのだ

                 君が作ったしおりを
                  ルー・リードの詩にはさんだ
                   世界は自転し公転し
                    僕等はあの緑の草原へ急いだ

                    どうして君は
                   マルクス・アウレリウスの「自省録」を
                  片時も手放さなかったのだろう
                 僕は苦しい記憶を辿り
                世界の中心点で
               古臭いギターを奏でるのだ
              静かに 
             片時も側を離れないでよ

            ぴぴぴ

           残留思念が交差する赤信号
          往来を行き来する群集の群れが
         激しく意義を唱える
        僕等は
       街の喧騒から遠く離れた草原で
      強い風に吹かれた

     ね
    もしも

   君が哀しげに僕の言葉を塞いだ

  哀しいけれど
 この世界にもしもという不確定要素は存在しないんだ
君がいて
 僕がいない様にね
  
  風鈴の歌
  
   風がそよぐ

    ちりんちりん

     君が狐の面を被り
      赤い舌を出す

       ごめん
        電波が乱れているんだ
         君の声が聴こえない

          君はくすくす笑った

           それでいい

            それでいいんだよ

             僕等の声は届かない

              柔らかな嘘と欺瞞の世界

               甘ったるいバーボンの香りに似て

                地上に降り注ぐ乱立したテーゼ

                 厚い夏の日の午後

                  レモネードの酸味と

                   風鈴の声

                    永遠に続く

                     君の声


                     くすくす


                      くすくす


                       やがて何時か

                         
                        本当の朝に目覚めるまで






















コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

月光

2024-06-26 | 
あの日失われた衝動に意義はなかった
 現実と空想の境界線に於いて
  僕等は白線を引いたのだ
   それは否応なく訪れる
    日々は流れゆき
     狂騒のなれの果てに深夜の缶ビールに在りつくのだ
      誰もいない空間
       物音ひとつしない応接間の余韻
        何が正しさなのか
         誰が正しいのか判別に苦しむ夜
          いつか誰かがその正しさで僕を罰してくれることを願うのだろうか?
    
          安穏と孤独を肴にウイスキーを煽っていると
           自然とお腹が空いた
            冷蔵庫から卵を二つ取り出し
             フライパンにオリーブオイルを敷いて焼いた
              ご飯の上に半熟の卵焼きを載せて醤油を垂らして食べた  
               生きているのだ
   
               僕等が生きるという事を考察した冬
                僕等をあざ笑うかのように
                 青いブラウン管の中で
                  知らない国の知らない戦争のニュースが流れた
                   誰かがそっとTVのスイッチを切り
                    静かに煙草を吸った 
                     紫色の煙が虚空に流れた
                      僕等はそうして白線を引いたのだ
                       生きるにはあまりに脆弱で
                        祈るには俗に塗れすぎていた
                         
                        目の前から誰かがいなくなる

                        そんな想いにかられたのはいつからだろう

                         そっとサーカスのテントが方付けられ
                          ライオンや象に最後の食事が与えられた
                           臆病な猿が気配を察し
                            訳知り顔のカメレオンがその色を沈黙の白に変えた
                             全てが終わるのだ
                              次の瞬間
                               いっそ全てが失われるのだ

                               貴女の優しい笑顔や
                                君の憂いに満ちた頭痛や
                                 いつかの街角のいつかの哀しみ

                                  街角にたたずんでいると
                                 駱駝がやって来てこう告げるのだ
                                
                               「誰が十字架に薔薇をつけ加えたのか」

                              世界にはたくさんの不条理が存在していて
                             そのひとつひとつに無力な僕は
                            何ひとつ守れなかった
                           やがてその傷跡にはかさぶたが出来た
                          激しいかゆみでかきむしると
                         想ったよりも出血がひどくて腕から指先に赤い血が流れた
                        僕は黙っていた
                       あの日君がそうした様に

                      ねえ


                     いなくならないで

                    突然消えてしまわないで

                   祈りはきっと無力だった

                 だから

               失い続けるのだ

  
              どうしようもなく


             永遠に





           いつか君の正しさで僕を罰して





         青い月明かりの下で


























コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

散髪

2024-06-23 | 
陽射しが眩しい
 僕は緑色のソファーに寝転がり
  ビールを飲みながら壊れたラジオを悪戯していた
   チューニングの合間から
    ノイズに混ざった奇想曲が流れる
     すごく技巧的なヴァイオリンだった
      指使いを考えて
       あたまがこんがらがって考えることを放棄した

       少女がつまらなさそうに絵本を開き
        ぱたん
         と閉じて
          ラジオで遊ぶ僕を冷静な視線で眺めている
           
           アイスキャンデー舐める?

           試しに云ってみた

          いらない。

         少女は手短に答えはっか煙草を咥えた

        僕はソーダー水のアイスキャンデーを舐めながら
       古臭い骨董品のラジオを調整した
      少しつまみを触るごとにニュースやらゴシップやらが
     離れ島に漂流した塵くずの様に散乱した
    僕はその話が自分の国の話なんだ、と認識するのに
   もの凄く手間取った
  まるであの超絶技法のヴァイオリンの運指の様に難解すぎたのだ
 そうして陽射しが眩しすぎた

  決めたわ。

   唐突に少女が宣告した
  
    何を?

     あなたの髪を切るのよ。

      あまりに突然の状況に僕は混乱した

       髪を切るの?

        そう。

        誰のさ?

       もちろんあなたのよ。

      彼女は立ち上がって屋根裏部屋に駆け上がり
     はさみとコートを探し始めた
    ばたん、ばたんと音がする
   ラジオのノイズよりもひどい音がだった

  ね、椅子を持って庭に出てて
 あたしが準備する間に。

本気なの?

 はやくしなさい。

  少女は冷酷に言い放った
   まるで撤回できない公的文書のような表現だった
    僕はビール瓶とラジオと椅子を引きずりながら庭へ向かった
     他に選択肢が見つからない危機的状況だった


      


      空が青い

     僕は緑色の瓶を片手に
    コートを首に巻いて庭の真ん中で椅子に座り
   ぼんやりと流れる白い雲を眺めている

  ねえ
 どうして僕の髪なのさ?

  3種類のはさみを鑑定しながら彼女は答えた

   これからもっと暑くなるわ。
    あなたの髪じゃあ、すごく汗をかくのよ。
     涼しげに過ごす為には散髪は必要不可欠なの。
      大体、
       大体、あなた最後に髪を切った記憶は何時なの?

       論理的で分り易い説明だった
        夏が来るから髪を切る
         反対意見の入り込む余地は無かった

         ちょき、ちょきと音がする

         僕の長過ぎる前髪が無残に切り落とされてゆく


        君さ

       誰かの髪、切ったことあるの?

      ないわよ。

     事も無げに云って少女は切れの悪いはさみと格闘している
    すっかり諦めた僕は緑のビール瓶を揺らしながら
   ラジオのスイッチを悪戯していた

  遠い何処かの国のニュースが流れた
 いなくなった誰かが暮らす何処かの街角の噂話だったのかも知れない
僕はぼんやりと空を眺めた
 何処かに繋がっている筈の世界を想像した
  
  どうしてこんなにひどい癖毛なのよ。

   僕の髪を指でくるくる巻きながら少女が厄介そうに問いかけた

    性格と一緒じゃあないの?

     ふ~ん。

      奇妙に納得して彼女ははさみを動かし続けた
       ラジオから知らない戦争の話が流れた

        消して。

         静かに少女が呟いた
          記憶が鮮明すぎるのだ                                                                                                   僕はラジオのスイッチを切って庭に放り投げた
            外界から遮断された緑の庭で
             風の音を聴きながら僕等は散髪を続けた
              まるで慰霊の日の儀式の様に


              少女が木漏れ日のように歌を口ずさんだ
             聞き覚えのある歌だった

            何処で憶えたの?

           屋根裏部屋のあなたのレコードの曲よ。

          思い出した
         ピンクフロイドの曲だ
        
        「あなたがここにいてほしい」

        そういえば晩年のシド・バレットの記憶が無い
       彼は何を想い長い空白の時間を過ごしたのだろう

      少女の歌声が優しく流れた

     ぼんやりと酔いが回り始める


    あなたがここにいてほしい




   まるで届かない祈りのように歌が風に吹かれた







  


     



         
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

修理

2024-06-19 | 
車庫から車を出した瞬間
 お隣さんの家の壁に突っ込んだ
  激しい衝撃にふらふらになりながら
   ドアを開けて外に出た
    愛車は見るも無残に変わり果てた姿になっていた
     ボンネットから
      白い蒸気がゆらゆら立ち込める
       近所の子供達がたくさん集まってきて
        ものめずらしそうに僕の車を鑑定し始めた
         
         ねえ、この車壊れたの?

        少年少女たちが容赦なく質問を浴びせかける
       見ればわかるじゃないか、
      と大人気なく呟いた僕は
     いたたまれなくなって煙草をポケットから引っ張り出した
    子供達は実に楽しそうにバンパーやら
   破損したライトやらを解体し始めた
  危ないから止めなさいと大人たちの怒声が舞う
 僕は地面にしゃがみこみ
青い過ぎる空を眺めて煙草を吸った
 愛車に悪いことしたな、と想った
  溜息しかでてきやしない

   修理工場の昔馴染みは呆れた顔をした

    先輩、派手にやっちゃいましたね。

     癒るの?

     エンジンはかかりますよ。

      ぶるるる、と車が声を上げた

       ちょっと時間かかりますけど家で預かります。
        この状態だと今日持って帰るの無理なんで
         明日の朝レッカーします。
          それにしても、
           それにしても先輩相変わらずですね。

            迷惑かけるね。

            慣れてますよ。

           僕等は車庫の前で一服した
          青い空の真下で


        後輩が置いていった代車を使わせてもらう事にした
       エンジンをかけると
      カーステレオから音楽が鳴り響いた
     ミシェルガンやらハイロウズや矢沢栄吉やらイースタン・ユースが
    爆音で流れた
   後輩の音楽センスが変わらない事になんだか嬉しかった
  ロックンロール
 そうして僕の夏が始まりを告げた
  咥え煙草で運転した
   いつもと同じ路がなんだか違う風景に見えた
    ぶるるる、とエンジンが音を立てる
     僕はゆっくりアクセルを踏んだ

      長い坂道を登る頃
       カーステレオから歌声が流れた
        僕はその声に聴き入った
         あいつの声だった
          忘れもしないしゃがれた濁声だった
           ノイジーなギターのリフに刻まれ
            激しく声が叫んでいる

            或いはただ声質が似ていただけなのかも知れない
           それでも僕は
          もう長い間会った事も無い仲間の声を想った
         魂の限界まで叫び倒す歌声
        あんた、まだ歌ってたんだ
       僕はそっと呟いた
      煙草の灰がジーンズに落ちた
     まるで燃え尽きた記憶の残骸の様に

    そのバンドには洒落たテンションコードも無ければ
   饒舌で技巧的なギターソロも存在しなかった
  ただただロッックンロールだった
 やけにロックンロールだった
まるでやけくその様なノイズだった
 どうしてこのご時世にデビュー出来たのか
  皆目見当のつかない音楽だった
   僕は何度も何度もその歌を聴いた
    仕事に向かう時
     疲れきった夕方
      少し風の出てきた夜
       僕は車を走らせた
        公園のベンチや海沿いのテトラポットに座り込み
         煙草を吸いながら
          何時かの風景を想った
           それは断絶された筈の世界だった
            奇跡のように
             しゃがれた歌声が僕に勇気の成分をくれた
              まだやれる
               握り拳を握った


              二週間後に愛車が戻ってきた
             後輩は代車は禁煙なの常識でしょう、と
            ぶつぶつ云っていた

           ねえ。

          なんです?

         いや。なんでもない。ありがとね。

       僕は結局あの曲が誰の曲なのか確かめなかった
      あの歌声が古い友人だったのか訊かなかった
     それでも僕の中で
    彼は歌っていた
   あの忘れもしない独特のしゃがれた声で

  戻ってきた愛車はまるで余所行きの洋服を着させられている様だった
 清潔な新品の部品の匂いとオイルの匂いがした
僕はすぐに煙草を吹かせて匂いをつけた
 懐かしい匂い
  愛車の中では
   修理に出す前に聴いていた
    スティングの曲が流れていた

     ジョン・ダウランドの曲

      古い歌だ


      「流れよ、我が涙」





      僕の夏が始まった







コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最果ての国

2024-06-16 | 
そう遠くない時間に
 僕は夢を見ている
  草原の大地で旅の支度を始める事を
   全てを捨て
    全てを得る為に
 
    永遠に続く筈の無い時間を
     成長と呼ぶのだろうか?
      あの記憶も
       したり顔で舐めるウイスキーの余韻になるのだろうか?
        それでも
         僕の時間は未だ発酵する気配を見せず
          生々しい傷跡は
           いつだって心を遥か郷愁に満たす
            僕らは音楽と
             煙草とアルコールを愛した
              君と僕と彼等全ての存在を愛した
               あのバーで
                毎夜繰り広げられた狂乱を愛した

                全ての名残が飽和した頃
               僕らは何時しか記憶を賛美し始めた
              友人と語る時間は
             何時しか肥大した想像上の産物となった
            記憶が薄れてゆく
           だけれどもあの痛みだけが残った
          もう会えない人々
         君達の存在を決して忘れない筈だったのに
        遠い異国の地で
       貴方は生ぬるいギネスビールを飲み干しているのだろうか?
      重く垂れ込めた空の下で
     貴方はあの時代をどう咀嚼したのかな?
    僕の神経は多少疲れ気味なのかもしれないね

   苦しいくらいの想いを
  記憶を
 街の街路樹を
刹那の孤独を
 夢見た地平は
  それほどまでに暖かくは無くって
   孤独に逃げ込む闘争は
    いつだって寒すぎる夜を暗示する
     バーボンを飲み干し
      全ての情報を遮断する
       五感を閉ざし
        意識を無分別な残飯処理施設に託す
         
        君は笑い
         泣くのだろうか?
          繰り返す日常が怖いのだ
           泣き出した子供の
            子供の手のひらから赤い風船が宙を舞う
             街の通りで
              僕等は赤い風船の上昇を眺め
               途方に暮れるのだ

               離しちゃいけなかったんだよ
 
              握り締めた手のひらを

             悔しさに紛れて握り締めた抵抗を
     
            離すべきではなかったんだよ

           僕は郷愁を

          貴方は外国行きの航空券を手にして

         互いに世界の果てを目指したのだ

        最果ての国

       最果ての記憶









コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

安息の日

2024-06-13 | 
風が吹き抜けた路地で
 黒猫がそっと語りかける
  レンガ作りの壁には忘れ去られた虚構の舞台のポスターが張られている
    地面に落ちていた案内の紙切れには
     何故だか分からない懐かしさで
      君や僕や彼等彼女等の名前が刻印されているのだ

       また風が流れた

        紙煙草に灯を点け
         無心にただ待っている
          路地を抜けると小さな公園があって
           誰もいないベンチに座り
            昔話を想い出した

            君の青い郷愁に便乗し  
             不確かな確立の中で
              きっと再会を約束した
               音や言葉や匂いで
                ざらつく世界の果てに
                 在りもしない安息の日を想った
    
                 ね

                 また手紙がついたわ

                少女が僕の手元に手紙を置いた
               僕は珈琲の黒の中に埋没し
              決して手紙を見ようとはしなかった
             憐れみに似た視線で僕の手元を観察し
            少女ははっか煙草に灯を点けながらこう告げた

           いつもの様にあなたは手紙を読まないのね?

          僕は黙って珈琲を飲んだ

         新聞も読まなければラジオも聴かないのは何故なの?

        安息の日なんだ。

       僕は珈琲の無くなったカップにバーボンを注いだ

      安息の日?

     怪訝そうに少女が僕の顔を覗き込んだ
    茶色の瞳の中に吸い込まれそうになる
   僕はバーボンを胃袋に流し込みながら話し始めた

  そう。
 氾濫した情報の波に溺れそうになるのが不安なのさ。
だから僕は手紙も新聞も読まない。
 ラジオのニュースも必要ないんだ。

  僕に必要なのは
   優しい眠りと特別な音楽だけなんだ。

    特別な音楽って?

     少女が不思議そうに質問した

      君が弾いてくれる音楽のことだよ。
       
       そして少女にギターを手渡して何か弾いてくれる様にお願いした

        少女は楽器を手にしてソファーに座り込んだ
         それから音楽を大切そうに弾いてくれた

          僕はお酒がまわってぼんやりとしていた

           送られてきた手紙には
            きっと
         忘れ去られた虚構の舞台の案内が描かれているはずだ

        けれども今の僕には
       あの風が吹き抜ける路地に辿り着く事が出来ないのだ

      哀しいけれど

     再会は果たされないのだ

    消費され磨耗されいずれ消え行く想い出たち

   少女のギターの音色に包まれて

  自然に涙が流れ始めた


 戻れない日々を想い懺悔した


  約束は果たされなかった


    永遠に































コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

緩やかな飛行

2024-06-10 | 
澄んだ空気は、今が朝だと教えてくれる。
まだ時間は早い。もうすぐ夏だというのに、まだお日様の出ていない空気はうっすらと冷たかった。
「sherbet、ちゃんと起きてる?」
「起きてるけど、すこし寒いんじゃないかな?」
僕がそういうと、少女は不機嫌そうに僕のあたまを、こつん、と叩いた。
「寒いなら煙草で暖まればいいじゃん。」
そういって、ハッカ入りの煙草を差し出した。僕はガスの少なくなったライターで煙草に火をつけた。少女は口にくわえた煙草に、マッチで丁寧に火をつけ深くすいこみながら草原を見渡す。
「ねえ、ほんとうに気球はくるのかい?」
彼女は黙って、昨日の新聞を僕の目の前にひろげた。
そこには、「熱気球大飛行大会」と書かれていた、気球のイラスト入りで。

「ね、ちゃあんとのってるでしょう?大気球大会。」
嬉しそうに云って、少女は僕の短くなった煙草を奪い取って携帯用の吸殻入れにいれた。
この草原がいちばん気球が見やすいんだから、と付け加えた。
「でも空は広いし・・・」
「うるさい、あなたいっつもそんなんだから人生間違うのよ。懐疑的な人生なんてだれも好きになんてならないんだから。」
それからバッグから地図を取り出し、飛行経路は調べておいたのよと自慢げだ。

すこしだけ日が射した、もうすぐ夜明けだ。
僕らは黙って静かに空を見渡した。

遠くの方からぽつり、ぽつりと点のようなものが見えた。
それはだんだんと大きくなった。熱気球の飛行隊だ。
「すごい!」おもわずつぶやくと、少女は勝ち誇ったように「早起きして正解だったでしょう」と嬉しそうに僕の顔を覗き込んだ。

気球はゆっくりとしたはやさで飛んでいる。
ゆっくり飛ぶところがだいごみなの、彼女はそう云った。

     
     緩やかな飛行。








コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

中国茶

2024-06-07 | 
大好きなチョコチップクッキーなの。
 少女が嬉しそうに中国茶を淹れた
  ジャスミンの華やかな香りが部屋中に溢れた
   カップに注いで
    少女は椅子のうえに膝を抱えてすわり
     僕は窓辺に近ずいて煙草に灯をつけた
      少しだけ暖かくなってきた陽気は
       帽子の記憶を想い出させた

       その帽子似合うよ。
      学食で僕はランチを食べながらそう口にした
     他に云うべき言葉が見つからなかったのだ
    ショートカットの後輩は
   まんざらでもない表情で僕が食事をする風景を
  飽きもせず眺めていた
 サラダ、嫌いなんですか?
突然僕の席の前に座り込んだ後輩の女の子がおもむろに尋ねた
 どうして?
  先輩、いつも野菜に手をつけないから。
   野菜じゃなくてさ、ドレッシングが駄目なんだ。
    ドレッシング?
     そう。乳製品アレルギーなんでね。
      ふ~ん。
       ねえ、本当にこの帽子似合っていると想います?
        うん。悪くない。
         それにあたらしい髪型も似合っている。
          後輩は複雑そうな微笑を浮かべて
           僕の皿からサラダを奪い取って食べた

          後輩は長い髪がとても綺麗な子だった
         みんなが彼女に憧れ
        見知らぬ学生達からよく声をかけられていた
       それで彼女が髪を切ったという噂は
      瞬く間に皆に知れ渡った
     失恋しただの、モデルの仕事のためだのただの気分転換だの。
    いろんな情報が飛び交ったのだが
   そのどれが真実なのかはわからなかった
    
  彼女が僕と話しをする機会なんてめったに無かった
 僕は伸ばし放題の髪をうっとうしく結んで
レノンの真似をした丸眼鏡をかけいつも酔っぱらっていた
 後輩が興味を持つような洒落たファッションセンスから程遠い距離にあった
  それで僕は彼女がわざわざ学食まで僕を捜索したのが
   不思議でならなかった

    ギター教えて欲しいんです。
     ギター?
      はい。どうしても弾きたい曲があって。
       ふ~ん。いいけどさ、おいら下手だよ?
        先輩、この曲弾けます?
  
         ギルバート・オサリバンの「アローンアゲイン」だった
          どうしても弾きたいの。
           綺麗な顔立ちから冗談が消えていた

           それで僕らは週に2回
            夜の公園のベンチで曲の練習をすることになった
             その頃僕は毎日酔っぱらっていて
              暇な時間には事欠かなかったのだが
               後輩はいそがしい人物だったので
                夜しか時間が取れなかったのだ
               僕はポケットに忍び込ませたウィスキーを
              大事そうに舐めながらぼんやり彼女を待った
             ギターケースを担いだ彼女が
            息を切らせて小走りにやって来るのを待った
           夏の日の月明かりの出来事だ
          月明かりの下で並んでギターを弾いた

         先輩は誰か好きなひといるんですか?
        僕が煙草を吸い終わる間に
       ぽつりと彼女が呟いた。
      う~ん。好きな人はいるけどね、ちゃんと彼氏がいる。
     諦めるんですか?
    君ならどうするのさ?
   あたしは、さっさとその人のこと忘れて次の恋を探しますね。
  だって、
 時間の無駄だもの。
夜中に酔っ払いとギター弾いている時間が果たしてどう無駄じゃないのか
 とても不思議だった
  そうしていそがしい彼女と違って
   僕の時間の流れは或る瞬間をさしたまま動かなかったのだ。
    積極的な思考停止。
     僕は考える事に少々疲れていたのだ。
      個人的な問題をいくつも抱え込み
       僕の時間は前には進まなかった。

        後輩は二ヵ月半くらいで曲の運指を憶えた
         もともとピアノも弾けたし楽譜を読むのも
          僕なんかより十分速かった、

         あとさ、自分でできるよ。
        そう云った次の週に彼女は
       綺麗な缶に入った中国茶をくれた。
      お礼です。
     そう云って深々と頭を下げた
    彼女が姿を見せなくなっても僕は何故か
   時間になると公園で煙草を吹かしギターを悪戯した
  それからぱったりと彼女の姿がキャンパスから消えた
 そうしてまたいろんな情報が飛び交った

僕の部屋に彼女にもらった中国茶の缶が残った
 夕暮れ時にそのお茶を淹れ
  一人暮らしのアパートの窓辺で
   洗濯物を干し終わった後に飲んだ
    すごく懐かしい香りのするお茶だった
     
     少女がチョコチップクッキーを指差した
      食べる?
       いらない、君の分け前が減る。
        それもそうね。
         少女はクッキーをかじりながらお茶を飲んだ。

          懐かしい匂いがするね、このお茶。

           そう?

          いい香りがする

         少女は熱心にクッキーをかじっている

        僕は僕の目の前から姿を消した後輩のことを思い出した

       いま、どうしているのだろう?

      どうして「アローンアゲイン」だったのだろう?

     




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

後輩

2024-06-05 | 
君の哀しみと虚無と絶望に
 僕は答える術を持たなかった
  夕暮れ時の赤い太陽が沈む頃
   黒猫のハルシオンと戯れながらビールを飲んだ
    何気ない日常
     何気ない生活

     切り取られた記憶の一部で君が微笑んでいる
      昨日の作為的に虚飾された現存で
       君が泣いていた様な気がしていた

        先輩、シャワー貸して。

         ショートカットの君が
          いつもの様に深夜に僕のアパートに辿り着いた
           ウイスキーを舐めながらギターを悪戯していた僕は
            半場呆れ返りながら少女の訪問を受諾する

             ご勝手に。

              後輩は勝手知ったシャワールームの温度調節に余念がない
               歯ブラシを咥えながら
                ビートルズのMr、ムーンライトを口笛で吹きながら
                 僕の存在を無視し
                  まるで自分の部屋の様にバスタブにお湯を張った
                   僕にはまるで分らない
                    ネパールの塩という怪しげな物体を湯船に撒き散らかした

                    ねえ、 
                     どうして君はいつもこの部屋にいるのさ?

                      不思議に尋ねる僕に
                       ドライヤーで髪を乾かしながら君は答えた

                       だって
                        寮の門限が早すぎるのよ。
                         おちおちビールも飲めやしないんだから。

                          そう云って勝手に冷蔵庫から冷えたビールを取り出した

                           それに
                            先輩、あたしが来なければまた独りぼっちでお酒飲んでたんでしょう?
                             寂しいよ、それ。
                              大丈夫。
                               あたしが一緒に飲んであげるから。

                                実に勝手な言い分で君は三本目のビールの蓋を開けた

                                 大抵後輩は酔っぱらっていた
                                  もちろん僕も負けずに酔っぱらっていた
                                   ビールを飲みながら
                                    窓から零れる青い月明かりに照らされた

                                    後輩は付き合っている彼氏の文句をぶつぶつ云いながら
                                     僕からギターを奪い取って勝手気ままに弾き始める
                                      中学からクラッシックを習っていた後輩の指先を
                                       感嘆の面持ちで眺めながら
                                        僕はお酒を飲み続けた

                                         後輩はビートルズの曲を
                                          片っ端から弾き飛ばした
                                           当時の僕には理解できない
                                            難解なジャズコードで
                                             信じられないくらい
                                              難解な運指を披露した

                                             どうしてさ、
                                            そんな難しい曲が弾けるのさ?

                                           呆れ返る僕の言葉に
                                          後輩は鼻で笑って、簡単よこんなの。
                                         とすっとぼけてた

                                        ある日の深夜二時の出来事だった
                                       秘蔵のウイスキーのボトルを出して
                                      僕は後輩にレッスンをお願いした
                                     後輩は悪戯っぽく微笑みながら
                                    はっか煙草を口に咥える 
                                   その煙草に愛用のジッポで灯をつけた
                                  美味そうに煙を吸い込み
                                 君は僕にテンションコードの理屈を説明してくれた

                                先輩はどうしてギター弾いてるの?

                               う~ん。
                              他にやることもないし。
                             学校の講義にも興味は惹かれないし。
 
                            それだけ?

                           音楽は好きだよ、わりと。

                          女の子には?

                         どうかな?
                        相手にも相手の都合があるだろうし。

                       先輩、好きな人いないの?

                      後輩は不思議そうに云った

                     いるよ、もちろん。
                    でもしっかり彼氏がいるしね。

                   それでもその人の事、好きなの?

                  割とね。

                 ふ~ん。

                つまらなさそうに後輩は煙に目を細めた
 
               君はどうしていつも一人でギター弾いてるのさ?
              そのくらい腕があるならおいらだったらプロを目指すけどね

             後輩は退屈そうにあくびをした

            プロって職業的音楽家のこと?

           まあ、そうだね。

          興味ない。

         後輩はグラスのウイスキーを一息で飲み干した
        
        あたしの音楽はこんな感じ

      そう云って少女は歌い始めた

     スザンヌ・ヴェガの曲だった

    青い月夜が濡れる

   少女の切ない歌声に包まれた夜

  君は眠れない夜を音楽とお酒で紛らわせていた

 僕が酔い潰れて眠りにつく朝に
君は優しく歌い続けてくれた
 難破船がやっと港にたどり着いく様に
  苦しみを抱いて
   君はこの部屋に辿り着いていたんだ
    
    だから
     眠らない君の記憶の為に
      僕は今でも歌い続けるんだ

       ごめんね

        君の哀しみと虚無と絶望に

         無頓着だった僕を

          どうか許してね

           ごめんね

            ごめんなさい

             青い月夜

              届かない

               記憶の羅列


                何気ない日常

         
                 何気ない夜に






















コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする