藤井システムと「一歩竜王」 羽生善治との王座戦&竜王戦の12番勝負 その3

2019年02月13日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 前回(→こちら)の続き。

藤井猛竜王羽生善治五冠(王位・王座・棋王・棋聖・王将)で戦われた、第13期竜王戦最終局は、芸術的な駒組で藤井が序中盤を圧倒する。

 手段に窮した羽生は、なんと△86歩と、僻地を突いて手を渡した。

 

 

 

 まるで王座戦の再来のようで、羽生はこうした1手パスのような手を駆使し、数え切れないほどの逆転勝ちを生み出してきたが、こればっかりは、さすがに苦し紛れ感がかくせない。

 いや、それどころかこの手が最終盤で、とんでもないドラマを生む「敗着」(意味は違うが感覚としてはそうなる)になるのだが、それについては『将棋世界に掲載された、先崎学九段の「一歩竜王」という観戦記を読んでいただきたい。

 ……というのがベストなんですが、現在この文が収録された本などがないようなので、ポイントの局面だけでもここで語ってみたい(先崎九段の名文は『将棋世界』2001年3月号に。振り飛車党と藤井ファンは古書店をまわる価値あり)。

△86歩には、当然▲25歩と突いて、玉頭から押しつぶしにかかる。

△同歩に、▲56金と力強く出て、△22角▲44歩が、筋中の筋という気持ちよすぎる突き出し。

 




 

 後手は△86突いたからには、どこかで△87歩成としたいが、それには▲48飛の活用が今でいう「絶品チーズバーガー」。

 やむをえない△同角に、▲45金とブルドーザーがぐいぐい前進し、気分はド必勝。

 パンチが急所に次々と入り、藤井流の表現を借りれば、

 

 「そろそろ帰り支度をはじめるところ」

 

 という形に見える。

 ここまでいいところのない羽生だが、▲45金に、ここで△42飛と眠っていた飛車を活用。

 

 

 これがしぶとい手で、先崎九段いわく、

 


 「ここまでで唯一ともいえる、羽生らしい手」


 

 これに幻惑されたのか、▲34金と捨て、激しく寄せに言ったのが疑問で、ややまぎれ形に。

 さすがの藤井も勝ちを意識したのか、寄せ方がぎこちなく、もてあまし気味に見えたが、ここでふんばって、最終盤は先手に勝ちがありそう。

△66角と打ったのが、羽生の祈りをこめた最後の勝負手だが、まだ詰めろではない。

 

 

 

 

 なら、ここで後手玉に一手スキをかければハッキリ勝ちだが、先手はまだ攻め駒が1枚足りない。

 だがそれが、思いもかけないところに、落ちているではないか……。






 

▲86歩と、ここで取るのが、「一歩竜王」の意味だった。

 中盤での△86歩の手渡しが、これまで幾多のドラマを生み出してきた「羽生マジック」のタネ駒が。

 この最後の最後という場面で、まさかの裏の目に出てしまった。▲24歩以下の詰めろに、受けがない。

 もちろん、羽生が△86歩と突いた時点で、両者がここまで考えていたわけではない。さすがに、そんなことは不可能だ。

 だからこれは紙一重、まさに歩が一枚分の「」としかいいようがない。

 この12番勝負はどちらも、86の歩が勝負を分ける、不思議なめぐりあわせになっていた。

 こうして激戦の末、藤井竜王が防衛を決めたが、このとき私は確信したのである。

 「藤井猛こそが最強の棋士である」と。

 将棋界には、藤井よりもたくさん勝ったり、タイトルを取っている棋士はいる。

 だが、強さと創造性を両立させることに関して、藤井猛を超えるかもしれないという棋士が、そう多くいるとも私には思えないのだ。




 (藤井システムの成り立ち編に続く→こちら



コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 藤井システムと「一歩竜王」... | トップ | 「一歩竜王」番外編 藤井シ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。