「負けない将棋」のブレイク前夜 永瀬拓矢vs北浜健介 2010年 第36期棋王戦

2020年03月09日 | 将棋・好手 妙手

 永瀬拓矢はデビュー時、意外と苦戦を強いられていた。

 前回は、叡王戦の挑戦権を獲得した、豊島将之竜王名人の四段時代に見せたあざやかな寄せを紹介したが(→こちら)、今回はそれを受けて立つ、永瀬拓矢二冠の若手時代のお話。

 

 将来トップに立つ棋士の、ブレイク時期というのは様々である。

 羽生善治九段や、藤井聡太七段のように、期待通りにかけあがっていく人もいるが、実力は認められていても、それなりに苦労している人もいる。

 今では二冠を持って、ブイブイ言わしている永瀬拓矢叡王・王座も、またそのひとりだった。

 17歳でデビューしたころは、その独特すぎる受けの力もあいまって「大器」と誉高かったが、初年度からの成績は、しばらくの間、勝率5割程度という物足りなすぎるものだった。

 理由としては、居飛車穴熊全盛の時代に、受けに特化した三間飛車を多用していたため、いわゆる「勝ちにくい」戦いを強いられていたこと。

 また、「大山康晴の再来」と言われたほどの受けの力も、並みいるプロの猛者たちにかかれば、そう簡単に通じないというシビアさもあったのだ。

 

 2010年の第36期棋王戦

 北浜健介七段との一戦。

 先手の永瀬が、ノーマル三間飛車に振ると、北浜は平成の将棋らしく、すかさず居飛車穴熊にもぐる。

 石田流から中央で角交換が行われて、むかえたこの局面。

 

 △89馬▲78金と上がって、竜取りを防いだところ。

 自陣竜に下段の、また守りのを王様の反対側に使うところなど、いかにも力強い「受け将棋」という感じがする。

 ただ、後手玉が鉄壁中の鉄壁というか、ほとんど「玉落ち」みたいな形なため、先手は相手の攻めを完璧に受けて、切らしてしまわなければ勝てない。

 それにしては美濃囲いも薄く、また▲78▲67の配置が、危なっかしいのが気にかかる。

 それになんといっても、相手はシャープかつ、激しい攻めを売りとする北浜健介。

 言動は温厚でも、着手は手厳しいのだ。

 

 

 

 

 △45角と打つのが、あざやかな居合切り。

 これで先手陣は、一刀両断されている。

 次に桂馬を成り捨てる形が、2枚で、先手のを直射することになり、△52にあるの威力もすさまじく、すでに受けがないのだ。

 永瀬は▲69竜と、角のにらみから逃げ出すが、かまわず△48桂成が激痛。

 

 

 ▲同金△78角成で崩壊だから、▲89竜だが、自然に△49成桂と取る。

 ▲同銀に、△77歩で、完全に網が破れた。

 

 

 飛車金交換の駒得ながら、話にならないほど玉形に差があり、すでに先手が勝てない形。

 なにかもう角道を止める振り飛車が、イビアナにやられる典型的なパターンで、なんとも切なくなる手順だ。

 以下、永瀬も▲56歩とがんばるが、△78歩成とボロっと金を取られたうえに、▲同竜に△56角と取られて、受けになっていない。

 そこで角に当てて、▲67金は根性のねばりだが、一回△77歩を入れて、▲68竜に、ゆうゆう△47角成

 ▲56歩と、再度香の利きを止めて、必死の防戦だが、そこで△69金と打つのが、穴熊らしい手。

 

 

 一段金で筋はとんでもなく悪いが、なにせ自陣はの要塞なので、メチャクチャでも、攻めさえつながってしまえばいいのだ。

 とにかく、トン死はないわ、をいくら渡してもいいわ、攻め合いの速度計算も必要ないわで、居飛車は笑いが止まらない。

 まさに穴熊の暴力で、こんな見事な

 

 「固い、攻めてる、切れない」

 

 を喰らっては、いかな永瀬といえどもねばりようがない。

 デビュー初年度の永瀬は、受けに特化しすぎていたせいか、こういう将棋でなかなか勝てない日々が続いた。

 注目度が高かっただけに、これには、少しばかり心配されたものだったのだ。

 ただ、そこからの脱却も、彼の場合は早かった。

 プロ相手に「受け切って勝つ」ことの難しさを実感したせいか、攻めにもシフトするようになる。

 その棋風のアレンジが成功して、18連勝新人王戦加古川清流戦のダブル優勝と大爆発。

 また、羽生善治渡辺明とのタイトル戦での経験や、第2の師匠ともいえる鈴木大介九段のアドバイスを取り入れるなど、着々と将棋をブラッシュアップ。

 また、本来なら難しいはずの、居飛車党への転向もスムーズに完了させ、見事に叡王と王座の二冠に輝くのであった。

 

 (永瀬と渡辺明の棋王戦編に続く→こちら

 

 


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