YBR125 おっさんリターンライダー

50歳代。YAMAHA YBR125とPENTAX K系デジカメと鉄道オタクのブログ初心者。 気の向くままに書いてます。

近隣の遺跡・陵を訪ねて。(2)

2018-01-31 18:16:54 | 日記

前回の記事の続きで、淳和天皇の父である桓武天皇陵に行ってみた。 伏見桃山陵の西隣にある。

 桓武天皇柏原陵 「かしわばらのみささぎ」。   ← 碑の文字がいささか稚拙である。 気品が無いぞ。

ここの住所は「京都市伏見区桃山永井久太郎」。 人名がそのまま住所になってる。 

この地域は秀吉の伏見桃山城の城下町なので、戦国大名や武家屋敷の名前が町名となっている。

曰く、桃山羽柴長吉東町、筒井伊賀西町、井伊掃部東町、長岡越中北町、水野左近東町、長岡越中南町、福島太夫西町、毛利長門西町、

深草柴田屋敷町、出羽屋敷町、越後屋敷町、佐野屋敷町、大島屋敷町、加賀屋敷町、等々。

下町の町名も御駕籠町、紺屋町、風呂屋町、両替町、鍛冶屋町、桝屋町、小豆屋町、問屋町、帯屋町、革屋町、等々職業がわかりやすい。

詳しく知りたい方は、wikipedia の「京都市伏見区の町名」で検索してくだされ。

 

いつも走る宇治川ラインの天ヶ瀬ダム下流側。 

 左の煉瓦造りの建物は関西電力の旧志津川発電所跡。 大正13年竣工・昭和39年廃止。

なかなか味のある建物である。 

 

市内を横断して、西京区の桓武天皇生母陵へ向かう。 京都縦貫道沓掛ICの近くにある。 

大枝陵道敷地の碑。  暗い竹林の中の石段を5分ほど登る。 

天皇陵ではないが、きれいに整備されてる。

光仁天皇夫人贈太皇太后 天高知日之子姫尊 大枝陵(あまたかしらすひのひめのみこと おおえのみささぎ)。

霊廟の碑には「光仁天皇皇后 高野新笠(たかののにいがさ)大枝陵」。 前回の記事にも書いたが、桓武天皇の生母は百済国の血筋を引いている。

今思い出したが、コミック「美味しんぼ」にも、天皇を崇拝する人の対朝鮮人差別を戒める主旨で描いた巻があった。

脇の小さな建屋は書陵部ではなく、ただの作業小屋。  

 

帰途に見つけた、西京区樫原(かたぎはら)の旧山陰街道沿いにある町屋を喫茶店にした 「ちゃーみーちゃっと」。 

    

1月7日の記事にも伏見区大手筋にある町屋カフェ 「rumah」 を書いたが、昔ながらの町屋をそのまま保存しようと思うなら、

そこに住んでいなければ出来ないとか。 おっさんはなるほど、と納得したよ。

ただ外観や内部をきれいに保つだけでは、単なる資料館や記念館的なものになってしまう。

住むことによって家の隅々まで目が届くし、何より「生活感」があるのが大事だと思う。 町屋の真の意味での保存の極意であると察する。

 

カフェの少し東にある、樫原陣屋跡。 

江戸時代に諸国大名が参勤交代で泊まった宿舎だが、 跡とは言っても、やはりここにも現に人が住んでる。 

 表札とポストもあった。

物集女(もづめ)街道との交差点に、郷倉(ごうぐら)がある。  昔の農村の穀物の公共貯蓄倉庫。

現存する数少ない郷倉のひとつであるらしい。

近所をうろうろしてみたが、まだまだ新しい発見があるのは嬉しいことである。

 

 

 

 

 

 

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近隣の遺跡・陵を訪ねて。

2018-01-24 20:01:31 | 日記

京都市の今朝の最低気温は氷点下1.2℃。 未明に何度も目が覚める。

寝坊して10時前にやっと布団から出て、眠気ざましにちょっとだけ走り出す。

 

向日市の西のはずれの住宅地の中にある、淳和天皇火葬塚。 入口は民家に挟まれて狭く、うっかりすると見過ごしてしまう。

 

目測で約40m四方の塚である。 

淳和天皇は遺言により火葬され、西方の小塩山に散骨された。 天皇陵などは昨年9月24日の当ブログ記事をご参照くだされ。

    参道が表門に対して直角であり正面にないので、撮影に引きが取れない。

 

火葬塚のすぐ近くにある物集女車塚古墳。 「物集女」は「もずめ」と読む。 ついでに向日市には「鶏冠井」という難読地名も。 「かいで」と読む。

淳和天皇の遺骸を乗せた霊柩車を埋めた塚であるという伝えがある。 全長46mの前方後円墳。

    現在は公園に整備されている。

 

少し西に行くと、桓武天皇皇后陵。 天之高藤廣宗照姫之尊 高畠陵。 (見出し画像も) 直径65mの円墳。

 

「あまのたかふじひろむねてるひめのみこと たかばたけのみささぎ」。 舌を噛みそうになる。

 敷地内に大きな顔をしてミニバンが停まっているが、宮内庁書陵部事務所がある。 

淳和天皇は桓武天皇の第七皇子。 桓武天皇陵は伏見桃山陵(明治天皇陵)の西隣にある、柏原陵。 (かしわばらのみささぎ)

桓武天皇の生母・高野新笠は、百済国・武寧王の子孫が渡来してきた帰化人の末裔であると【続日本紀】に記されているらしい。

2002年サッカーワールドカップ日韓共同開催の折、今上天皇が前年の天皇誕生日の記者会見において、そのことに言及されておられる。

 

京都市西京区との境に古墳時代(3-4世紀)の寺戸大塚古墳。 全長98mの前方後円墳。 乙訓地域の首長の墓とされる。

  付近は広大な竹林公園となっており、清々しい空気の中をのんびり走る。 

寒かったが、1時間30分ほどかけて、乙訓古墳群のほんの一部を巡ってきた。 

 

追記: 一昨日におっさんの会社に日本赤十字社の献血バスが来た。 が、献血した社員は少ない。

 

献血バスは400mL全血の献血しか出来ない。 全血献血しちゃうと次回の成分献血までまた8週間待たなければならないので、

スタッフに事情を話して今回はパスさせてもらった。 ごめんなさいです。

 

 

 

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盆栽チューニング(続編)。 その効果は?

2018-01-21 17:36:13 | 日記

朝7:30出発、気温1.7℃。 前回の記事に書いたアルミテープによる盆栽チューニングの効果のほどを試しに出る。

 例の如くF3・K3宇治川ラインへ。 (見出し画像) 川霧の中をいつものペースで走る。

 

川面に沿って霧が発生。 琵琶湖から流れる瀬田川(京都府内は宇治川)の水温が比較的高く、蒸発した水蒸気が

夜間に谷の斜面を降りてきた低温の空気に冷やされ、露点温度を下回って凝結したいわゆる「蒸気霧」の一種である。

霧に日光が射して、橋梁の影の形に光路が見える。 (ミー散乱によるチンダル現象。)

瀬田の洗堰を湖東側に渡り、K559湖岸道路を北上。 道の駅【草津】。   小蕪の漬物GET。

 比良山脈は雪化粧。 

 琵琶湖大橋を西へ渡り、道の駅【米プラザ】。  キャベツGET。 

世間では野菜類が高騰しているが、道の駅でもご他聞にもれず、どの野菜も高価格であった。

湖西道路和邇ICに併設の道の駅【妹子の郷】だが、昨年10月の台風21号で被災して営業休止中。 

ネット検索すると、何と建屋の屋根の大部分がめくれ上がった画像が出てきた。 

 現在は土日祝のみ、プレハブの狭い仮店舗で細々と営業中。 一日も早い復旧を願うばかりである。

マキノピックランドのメタセコイア並木も、台風21号で7本倒れたのを初めて知った。

K311-K47で比叡山の東側山麓の細道を行く。  

K47に関しては、昨年10月11日の当ブログ記事を参照してくだされ。

K30・F30(通称「山中越え」)で京都市内に戻る。 

西大路四条の交差点東に、京福電鉄嵐山線(嵐電)との平面交差がある。   被写体ブレしてるのはご勘弁を。

阪急電鉄の西院駅が近くにあるが、こちらは普通に「さいいん」駅。 

京福の西院駅は「さい」と読む。 難読駅の一つ。  京福電鉄の駅名は、難読駅の宝庫でもある。

 

さて、本題の盆栽チューニングの件。  某T社の純正品は一枚530円もする。 裏面の接着剤も導電性だとか。

元々直進安定性が良く、安定したコーナリング性のYBR号。 うまく表現出来ないが、走り出してすぐに何となく軽快になった(ような気がする)。

直進時は路面に張り付く感じだったのが、それがない。 直進安定性はそのままだが、レーンチェンジ時の車体の挙動にムダがなくなった。

より小さなキッカケを与えるだけでスッとレーンチェンジしてくれる。 今までの感覚で行なうとオーバーアクションになるくらいである。

 

宇治川ラインのワインディングをいつものペースで走行する。 今までの感覚でバンクさせると、いきなりペタンと早くバンクして面食らう。

以前より曲がりすぎる感じである。 小さな入力で楽にバンクしてくれるので、S字コーナーでの切り返しも楽々。 ヒラヒラ感UP。

交差点を左折する時のようなケースも、クルリと回頭してくれる(ような気がする)。

 

エンジンの排気音が心持ち大きくなったようだが、加速フィーリングは変化なし。 ヘルメットの風切り音が小さくなったせいか? 気のせいか?

エンジンパワーや燃費には影響は無さそうだ。

 

Fr/Rrサスペンションにも変化あり。 路面の段差に乗った時、減速帯(コーナーにある路面の凹凸)の上などで

明らかに突き上げ感が減少した(ように思える)。 サスの作動がスムーズになったのか?

 

アルミテープの効能は数値で表されるものではないし、どの部位に貼ったテープがどう言う原理で

どのような効果をもたらすのかも良くわからない。

空気と車体の摩擦で生じる帯電荷を放電させることにより空力を改善するとしたら、低温で低湿度の冬季はメリットがありそうだが、

高温多湿の夏季はどうなんだろうか。

全ておっさんの感覚的なモノなので、ひょっとしたらプラシーボ(プラセボ)効果が半分くらい混ざっているのかも知れないが。

いささか眉唾モノで始めた盆栽チューニングだが、軽快に走行出来るようになったのは確かなので、しばらくこのまま様子を見ることにする。 

 

追記: ヘルメットの風切り音の件だが、走行中に声を出してみると、明らかに自分の声が明瞭に聞こえる。

    ミラーステーに共締めのナックルバイザーの走行中の振動も小さくなったようだ。

    さらに1週間放置したままの間、車体に付着するホコリが激減した。 放電効果は確からしい。

 

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盆栽チューニング?。

2018-01-17 17:29:39 | 日記

今日は雨天で沈没。 なので昨年来、話題になってるアルミテープによる空力改善アイテムを試すことに。

バイクへの効能など、様々なWEBサイトで書かれているので詳細はそっちを見てちょうだいw オカルト扱いされてるサイトもあるが。

某T社が特許を取得してるそうだが、ダメモトでいろいろやってみることにした。 見出し画像はフロントフェンダーに大胆にもベッタリと貼付w

リアフェンダー裏側にもペタリ。 

左右サイドカバー ・ リアサイドカウル・ リアボックス裏。 Frフェンダー以外は、出来るだけ目立たないように貼ることにする。

   

タンクカウル ・

フロントフォーク ・ リアサス ・ エアクリーナケース ・ バッテリケース。

    

前後サスは導電性だと思うのだが、webでは何らかの効果があったとの記事があったので???ながら貼ってみた。

テープが余ったので、ついでにFrブレーキキャリパ ・ Rrブレーキシュープレート・チェーンカバー ・ マフラーヒートインシュレータと、

   

ミラーとナックルバイザー。  

ヘルメットの帽体とシールドにも。   

以上、おっさんなりに徹底的にやってみた。 いやこの場合、テッテ的というのが正しい文法だ。 (つげ義春氏『ねじ式』より引用。)

次回走行時にインプレしてみることにする。

 

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和泉式部の墓? & 雪中ミニツー。

2018-01-10 19:00:41 | 日記

あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな

小倉百人一首五十六番 和泉式部の歌。

木津川市の地図を見てて、墓をふと見つけたので行ってみることに。

朝9:00出発、気温2.4℃。 F3宇治川ライン-R307-F70--木津川市役所の近く、JR片町線(学研都市線)沿いに墓があった。

  地図を見ても、実際に見ても寺号は見当たらない。 無名寺かつ無人寺である。

門の左に二階建ての庫裏?らしき建物があるが、中は荒れたまま放置されている。  

堂宇の左手には石仏。  傍らに「この奥 和泉式部墓」とある。

右側には慰霊碑。 「関東但馬丹後 大震火災死者 大菩提」と刻まれている。 説明書き等は何もない。

おそらく、大正12年の関東大震災、大正14年の北但馬地震、昭和2年の北丹後地震と立て続けに起きた震災であろうと推察する。

堂宇の裏手に和泉式部の墓。   管理人はいないようだが、境内はきれいに保たれている。 

供花もあるので、町内のボランティアとか、お参りに来る人はいるようだ。

説明板に記されてあるように、和泉式部の墓と称されているものは当地のほか、京都市・亀岡市・兵庫県伊丹市・山口県等々、

全国にたくさんあるようで、いずれも根拠に乏しく、伝承や推論の域を出ないらしい。

11:00頃だが、予報よりかなり早く小雨が降ってきたので先を急ぐ。 F47をいつもの加茂町・岩船寺へ。

到着したら、雨は雪になった。  気温はおそらく0℃くらいであろうか、しかし体感温度は氷点下。

手指先の感覚が鈍い。 冬用ブーツ内の足指先にはカイロを貼ってきたのだが、ほとんど効かない。 たかだか標高250mほどだが、山を侮ってはいけない。 

お店は2月末までお休みだが、無人販売所は無休でやっている。 販売所の商品のメンテナンスだけでもご苦労様なことである。

敬意を表して!? たくあん漬け(柿の皮入り)と紅心大根の漬物をGET。   赤色がきれい。 @100円也。

拝観料¥400を払う気はないので、門前から三重塔を撮影。  雪の寺の雰囲気は伝わるだろう?と思うが。

路面の積雪・凍結が心配なので、早々に出発。 下界は時折り強くなる雨模様。 F47-R24BP-R1で14:00頃に帰宅。

本日の走行約100km。 ひたすら寒さに耐える走行だったが、YBR号は快調であった。

 

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