YBR125 おっさんリターンライダー

50歳代。YAMAHA YBR125とPENTAX K系デジカメと鉄道オタクのブログ初心者。 気の向くままに書いてます。

滋賀県高島市のヴォーリズ建築を訪ねて。

2018-02-28 22:34:23 | 日記

京都市内-F40-R367途中越経由-朽木の道の駅。 道路は除雪されてるが、まだまだ雪が残ってる。

  

春の訪れを知らせる、ふきのとうをGET。 

わずか2kmあまりの朽木渓谷は通行止め。 外から眺めるにとどめる。

K23-K293を東進、R161バイパス-K333を少し北上して近江今津へ。 JR近江今津駅前。 

今津港へ寄ってみる。   

左端にうっすら見えてるのが竹生島。 

竹生島への観光船が発着してるそうだが、冬季は運休中。  運休中なのに3人が事務室で何やら仕事中だが、何してるんでしょうか?

 

少し先に行くと、目的の建物を発見。 

  

現在は今津ヴォーリズ資料館だが、元々は第百三十三銀行今津支店。 現・滋賀銀行の前身である。 大正12年(1923年)建築。

滋賀銀行今津支店の移転により町立の図書館になったが、また元の設計に基づき復元されて資料館となった。

 

ウィリアム・メレル・ヴォーリズ (William Merrell Vories) は、アメリカ生まれの明治・大正・昭和期の建築家。 日本人女性と結婚して帰化し、

滋賀県を拠点として全国に建築を手がけた人物。 書き出すときりがないので、詳しくはwikipediaで検索してくだされ。

 

昔の銀行のカウンター。 

天井が高い。 

奥の扉の中は、当時は金庫室だったのだろうか。 今は事務室内はカフェになってて、その厨房になってる。

ヴォーリズが今津幼稚園に寄贈したピアノが展示してある。   

建物の設計図。 

模型もあった。 ペーパークラフトかな? 

 

少し西に行くと、ヴォーリズ建築・日本基督教団 今津教会会堂。 

  奥の建物は今津幼稚園で、先述したピアノの寄贈先。 教会は現在も幼稚園の施設となってるらしい。

教会の敷地内に小さな建物。  倉庫? 懺悔室? である。

さらに西へ、ヴォーリズ建築・旧今津郵便局。   1934年(昭和9年)建設。 1978年(昭和53年)まで現役の郵便局だったそうな。

 

奥側からみるとこんな感じ。 

 

ヴォーリズ建築群の近所に、旧江若鉄道・近江今津駅が復元保存。 

1930年(昭和5年)から1969年(昭和44年)まで、浜大津~近江今津間を営業していた鉄道路線。

    面影が色濃く残る建物。 おっさんはこんなの大好きである。

 

帰りは湖西側をひたすら南下、琵琶湖大橋の道の駅。  ここで昔のバイクを発見。 オーナー氏に無断で撮影。

カワサキ・90-SSS 1969(昭和44年)製造。 2ストローク90cc 10.5PSを発揮。 SSSとは、スーパースポーツスクランブラーの意味らしい。

49年前のバイクだが、大切に整備されてるようだった。 

R161-西大津BP-R1で帰京。 本日の走行約170km。 

 

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京都府内の西国街道をたどる。(追記あり)

2018-02-21 20:05:33 | 日記

西国街道とは、京都市南区の東寺口から大山崎・高槻などの淀川右岸を通り、大阪市内を迂回して下関へ至る江戸時代の重要な道路であった。

ふと思いついて、YBR号でたどってみた。

起点は東寺の少し西に位置する羅城門の前。 かつての平安京のメインストリートである朱雀大路の南端であるが、いまはその痕跡は何もない。

 九条御前交差点を南西へ分岐する地点が、実際の西国街道の始まりかと思う。 

左手方向が街道だが、残念ながら車両通行止め。 西大路通をクロス、葛野大路(R171)もさらにクロスして南西へ。

  桂川左岸でR171久世橋東詰に出てくる。 

久世橋西詰をさらに南西へ。 桂川の堤防沿いではなく、右手の脇道が街道。 F(府道)207号線。

またR171をクロス。  道なりに進むと、JRのアンダーパスにぶつかる。 

北側の跨線橋に迂回、F206・JR向日町駅前。  阪急京都線・東向日駅前通過。 

踏切を越えた直後に左へ。 

先日訪れた桓武天皇皇后陵(高畠陵)の石碑があった。

 

物集女(もづめ)街道・F67の合流地点。  江戸時代の住居が復元されてる。 

半数以上がシャッター街と化した商店街。 アストロ通りの名前が付いてるが、通りに向日神社があり、隣接して向日市天文館があるのが名前の由来。

 

五辻の交差点でF67をしばらく外れる。 

文字通り五差路の交差点だが、F67は右斜めへ。 西国街道は南行一方通行を直進。

阪急のガード下でF67をクロス。   一文橋を渡った直後に右手の側道へ。

 すぐにF67に戻り、  またクロス。 石畳の道がしばらく続く。

    

新神足村の石碑を見つけた。 

明治22年 馬場村、開田村、神足村、勝竜寺村、友岡村、調子村が町村制施行により新神足村が発足。

昭和24年 乙訓村・新神足村・海印寺村が合併して長岡町が発足。

昭和47年 長岡町が市制施行して長岡京市となり、郡より離脱、現在に至る。 (以上、wikipediaより引用)

JR長岡京駅前通過。  つい最近?の平成7年(1995年)までは神足駅だった。

昭和50年頃の神足駅前の画像。 隔世の感がある。

街道沿いに、神足駅時代の駅名標が保存されている。

 

F67のクロス地点。 右 山さき(山崎) 左 よど(淀)と読める。

F67をまたまた右へ外れる。  道端に見つけた碑。 

左 やなぎ谷 右 よど ○○やなぎ谷(柳谷)。

調子八角交差点。 京都縦貫道長岡京IC・阪急西山天王山駅の開業などで付近の道路が付け替えられ、状況は激変した。 通るたびに迷ってしまう。

 

JR東海道本線・名神道・阪急大山崎駅をくぐる。   

JR山崎駅前。  サントリー山崎蒸留所が見える。  道幅は1.5車線ほどで、四輪車は離合困難。

 

テツの仲間では有名なサントリーカーブを列車が通過して行く。 この先、F67・西国街道は大阪府島本町へ入る。 

追記: 

柳谷観音楊谷寺(ようこくじ)への石標。 

桜井駅跡。  駅といっても律令制時代からの宿駅・駅家のこと。 「駅家」は「えきか」、

また「うまや」と読み、馬による交通・通信の施設であり、本来の「駅」はこちら。 なので駅という字は馬へんである。

今は鉄道の駅を指すが、「道の駅」のほうが本来の意味に近いと思う。

駅跡は現在、公園として整備されてる。  

「楠公父子訣別之所」として知られ、『太平記』第十六の「正成兵庫に下向の事」(湊川の戦い)において建武3年(1336年)、

足利尊氏を討つべく湊川に向かう楠木正成が、嫡男の楠木正行を河内国に帰らせたと伝えられている。 (wikipediaより引用)

楠公父子 桜井の別れの像。 

以前は広い林の中だったが、隣に2008年JR島本駅が新駅開業して整備され、おっさんとしては雰囲気が台無しである。

 

 

西国街道を引き返す途中に、天皇陵があるので寄ってみる。 長岡京市金ヶ原にある土御門天皇陵。

 

「つちみかどてんのう かねがはらのみささぎ」 鎌倉時代の第83代天皇。 父は第82代・後鳥羽天皇。

参道を少し歩く。 

陵は八角丘だそうだが、ここからは良くわからない。 

帰り際に給油。 燃費47.92km/L 冬場に近場をうろうろしてたので、50km/Lを切っちゃった。

 

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メーター照明のLEDバルブが・・・

2018-02-18 21:51:59 | 日記

昨年12月にLED化したメーター照明バルブだが、わずか2ヵ月でトラブル発生。

走行中は大丈夫だが、アイドリング時のエンジン振動が大きい時にちらつき出した。

メーターを引っぱたくと点いたり点かなかったりするのでバルブ端子の接触圧不足だと思うのだが、

オス・メス端子の修正を試みるが改善しない。 なので、スペアのLEDバルブに交換することにした。

ついでに、12月に交換できなかった燃料計のバルブもLED化。 T5規格。

今回交換したLEDは少し照射角が狭いようで、各メーターの半分くらいしか明るくならないw

が、メーター目盛の常用域は明るく、走行には支障ないので良しとする。 この先、安定してくれれば良いのだが。

昨年4月にLED化したヘッドランプとテール/ストップランプは、現在までトラブルなく使用中。

 

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古墳訪問記@奈良・山城。

2018-02-11 22:37:34 | 日記

R24を南下、奈良市の平城宮跡へ。 近くにある平城天皇陵。 参道の右側は何やら工事中。

 

第51代平城天皇 楊梅陵(へいぜいてんのう やまもものみささぎ)。 第50代桓武天皇の第1皇子。 

小じんまりとした、きれいな円墳である。 

 

少し北上して、県道44号沿いにある第43代元明天皇陵。  父は第38代天智天皇(中大兄皇子)。

 

元明天皇 奈保山東陵(げんめいてんのう なほやまのひがしのみささぎ)。  女性天皇である。

県道を挟んで、すぐ西側に第44代元正天皇陵がある。 

  

元正天皇 奈保山西陵(げんしょうてんのう なほやまのにしのみささぎ)。

母が先述の元明天皇。 こちらも女性天皇。  母と娘が仲良く隣り合って眠っているのであろう。

 

京都府に戻り、加茂のいつもの岩船寺へ。 小雨が雪に変わる。  

無人販売所で漬物類を購入。   

隣の屋台で、おばあちゃんが売っていた干し柿とわさび菜の漬物もGET。 

ため池の鯉も寒そうである。  ほとんど身動きしない。 休眠中。

 

F70を北上、木津川市山城町の「椿井(つばい)大塚山古墳」へ寄ってみる。  国指定の史跡。

後円部の頂上付近。  

3世紀築造の全長175mの堂々たる前方後円墳であるが、前方部は崩されて住宅が建っている。

 さらに、後円部をJR奈良線にぶった切られてしまっている。 

Google Earthだと、こんな感じ。

古墳などの文化財が後世に破壊されてしまう例は枚挙に暇がないが、何とも勿体ない話である。

本日の走行約120km。 寒いので長距離ツーリングはちょっと無理。

 

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大寒波の中。 献血とPCトラブルの相関?

2018-02-07 20:55:49 | 日記

京都市も今朝の最低気温は氷点下3.0度・09:00現在でも氷点下0.4度。 とにかく寒すぎる。

路面凍結等で峠道ツーリングなどはとんでもない話だが、YBR号も放置しておくとバッテリ上がりが心配なので、ちょこっと走るのにとどめる。

 伏見区・大手筋近くにある松本酒造。 寛政3年(1791年)創業。 仕込みは杜氏さんの完全手作業。

酒蔵や煉瓦造りの倉庫・煙突は大正11年(1922年)に建てられたそうだ。 経済産業省の近代化産業遺産に認定。

 

献血ルーム伏見大手筋に向かう。 

毎年1月・2月の寒い時季には献血者が少なく、血液の確保に苦労されている。 1月におっさんの会社に献血バスが来た時も、献血者は10人ほど。

この日の献血ルームも来訪者はまばら。  見たところ、常連さんしか見受けられない。

特に血小板製剤は有効期間が採血後4日間と非常に短く、年間を通してコンスタントに供給するのが難しい。

上画像は友寄蓮さんのメッセージ。 献血者が一人でも増えてくれることを願うばかりである。

 

閑話休題

昨年11月8日の記事で、献血後にPCトラブルに見舞われた件を書いた。

グラフィックボードの不具合らしく、その時にDVIからRGB接続にして様子を見ていたのだが、またまたモニターがブラックアウト

その前にグラボの不具合→機能停止→復旧を知らせるダイアログが3回ほど出たので、いよいよダメになったかと思った。

サイドパネルを外すと、中はホコリだらけ。 特にクーリングファンのブレードに付着したホコリがひどい。

何と、グラボのクーリングファンはホコリが堆積して全く回っていない。 電源ユニットのファンも同様。 (慌ててたので画像は撮り忘れたw)

NVIDIA GT220 GPUの温度が111℃! ファンが回らないのでFan出力は100%のまま、印加電圧もMaxの1.000V。

これでオーバーヒート&熱暴走しかけて、フェイルセーフで機能停止に陥ったのであろう

グラボのファンも電源ユニットのファンも、下から覗き込まなければ見えないので、つい見逃したようだ。 反省。

必死こいて掃除して、サイドパネルをまた開けっ放しにし、鏡を置いてファンの様子をしばらく監視することにする。

        

ついでにRGBからDVI接続に戻し、引き続きPC Wizardでも監視。

しかし、なんでおっさんが献血するとPCにトラブルが発生するのか? である。

 

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