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せっけい日和

MKデザインスタジオ一級建築士事務所柿本美樹枝のブログです。設計者として、生活者として、多用な視点で綴っています。

合氣道と伝統的建物(古民家)の構造特性

2017年02月06日 | 合気道に学ぶ


今年はじめから綴っている合氣道の話の、第3段です。
実は、合氣道の稽古をしながら、その真髄は

設計監理に携わっている伝統的建物の
構造的特性になんて似ているのだろう!

と思っています。

日本の文化の原点なのか、、、、
日本人独特なものなのか、、、、

などなど、想い巡ることがたくさんあり、

今回は、その発見した共通点!
をブログ読者の皆様と共有したいと綴ります。

1) 合氣道の一人技、立ち姿の統一は、
伝統的建物の、重い瓦屋根を乗せて太い梁と
均等に配置した柱で安定させた構造に類似。

伝統的建物は、基礎に柱を緊結していません。
いわゆる石場立て。


↓熊本地震で倒壊を免れた蔵の大黒柱。
石の上でずれて止まっている形跡あり。


合気道の立ち姿勢の基本は、
全身の重みを地面に伝えてるイメージで立ちます。

重心を臍下の一点に起き、そこから足の指先まで
氣が出ていることを意識したものです。

この姿勢だと、前から押されても、後ろから押されても
倒れないのです。
意識していないと、わずかな力で途端にグラッときます。

伝統的建物の重みが下に行き、
その基礎と柱の間の摩擦抵抗で、倒れない
という点と、似ています。

これを、瓦屋根から金属屋根に変えたら、
受ける水平力(地震力)は減るけれど、この重みが下に行く
力がなくなり、倒れやすくなると思うのです。

だから、現代的な木造の工法では、基礎と柱をつなぐのですけれどね。

2) リラックスした時が、一番強いという人間の特性を生かし、
   合氣道では、力をいかに抜くかというのが稽古のポイント。

力を入れすぎると、俄然、技が効かなくなります。

すっと相手の手を持った自分の手にも力を入れません。
氣の流れで人を導く(実際は倒すのですけれど)のです。

伝統的建物も、仕口には遊びの部分があります。
いわゆる「ゆるい接合」です。

柱、梁が木組みで組まれており、
地震力が働くときは、その間に埋められた込み栓が閉まって
動くけれども、外れないという作用が働きます。

ガチガチに金物で固定していないので、
伝統的建物は、常にリラックスしている状態といえるかもしれません。

そして、土壁の漆喰部分を落として、地震力を逃す構造特性も
一つのリラックス状態。

横揺れや回転などの力、時には下からの突き上げにも
耐えてきた熊本地震の伝統的建物の立ち姿を見ると

リラックスしておいて良かったねぇ、
と声をかけたいほどです。

↓床の間横の飾り棚が崩落し、漆喰も剥がれた様子。
相当に揺れたことがわかります。それでも、神棚と仏壇は無事。


実際に、現代的工法、金物で固める方法では根元から
ボキッと折れてしまうことがあります。

壊れやすい木造は、つまりこのどちらも中途半端な場合です。

屋根を軽くして、基礎と緊結して構造壁をしっかり配置した木造では
震度7弱では、倒壊しません。(現代の法的な基準に則り構造計算したもの)

伝統的な建物で、木材の劣化や腐れがなく(強度の低下がない)
無理に固めていない、増築などで現代工法に置き換わっていない部分では
大きな揺れが起きても、揺れて、締まって、戻って、元の立ち位置になります。
(土壁部分や瓦の一部は崩落します。)

↓土壁は一部崩落、柱は戻って立っている。


これを伝統的建物、木組みの家の『復元力特性』と呼びます。
このチカラが、合氣道の『氣』に通じるものではないかと思うのです。

読者の皆様には、分かるような分からないような話でしょうか。。。

言葉で表現するのは、難しいですね。
身体で体験してみると面白いのですけれどね。

復元力と氣の関係性、、、

そんなことを、うふふふ、、と想像しながら、
稽古も、伝統的建物の修復にも取り組んでいる昨今です。

マイナーな建築の話にお付き合いいただき、
ありがとうございました。
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人は、木と氣で繋がる

2017年01月16日 | 合気道に学ぶ


昨日は、地域のどんどやで温まった小正月を終え
熊本でも今朝は-4度ほどの気温と
冷え込みが一段と増しました。

全国では大雪のところもあり、雪道の登下校や
運転される方、十分に気をつけていただけたらと思います。

前回からの「気」の話し続きです。。。

「森と樹と暮らしを繋ぐプロジェクト」の根本的な意味合いと
「合気道」と世界観が通じるという話でした。

最初に、活動の説明です。

プロジェクトの中の「もくぴーす」(スギ間伐材アクセサリー)は
身近に、本物の木に触れてもらうのが目的です。
まずは、スギの柔らかさや温かみ、香りを知ってもらう。


↑アクセサリーやキーホルダーの小物

日本の山で、ご先祖が子孫のために植えた木を
手入れされずに、ほおって置かれるのを食い止めるためにも
スギの価値を上げていくユーザー育て事業です。

木の使い手、スギのファンを増やすという意味に加えて、
もっと人間は自然の中で生かされているんだよ

というメッセージを受け取ってもらいたいというのが
創り手の想いです。

次に、合気道の「氣」というのは、
何かと言うと、

『「氣」は常に自然の中にあり、「氣が通っている」というのは
「自然と私たちが氣でつながっている状態」』だそうです。

このお正月休みに「氣の力」を読んで理論としても学びました。

↑ワニブックス、心身統一合氣道の藤平信一会長の書籍

そこで、はっとしたのです。
合気道の稽古で学んでいることと
私が、プロジェクトを通じてやろうとしていることは
まさに同じなのだと。

「自然の一部である人間」という立ち位置を
忘れて振舞うことによって、起こる様々な弊害。

感謝の気持ちを忘れたり、
病気になったり
人とコミュニケーションがうまくいかなかったり。

合気道の本では、すべて「氣の滞り」が起因しているとあり
合点がいきます。

「木に触れていると、自然との一体感を常に無意識で感じられるから
人は強くなれる」
と考えている私にとっては

まさに、自分自身もその状態を保ちたいと「氣」の稽古をし
さらに、多くの方にそうなってもらいたいと
「木」(もくぴーす)を通じて「氣を意識する」ような機会を
手にするためのツールを創作しているのでした。

活動は「日本の森林」にこだわり、環境問題、林業再生など
大きなテーマもあります。
その中でも、実際の切り口は人。

稽古を通じて、「氣」は大変に奥が深いと感じておりますが

自分の心身の健康維持のために始めた合気道が
自分のライフワークやライトワークに繋がっていくとは
考えもしなかったこと。

人間というのは、何かしらに導かれているというのは
本当のようです。

それに、「氣」という本質に迫るものと根っこの部分が
同じであるならば、「木」を通じて行っているこの活動も、
より本質に迫った活動なのだと、自信が持てました。

事業としての広がりに足踏みをしていると感じた
昨年だったので、諦める気持ちもちらっと湧き上がりましたが、

「森と樹と暮らしを繋ぐプロジェクト」の使命を
新たに意識した次第です。

今年は氣分も新たに、
もくぴーすを通じて、大地とのつながりを
これからもどんどん広げて行きます。
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気は、自由になるために出す

2017年01月12日 | 合気道に学ぶ

↑寒さ増すごとに、冬の花が美しくなる季節です。


先日のブログから続きです。
テーマは「心を落ち着けることがなぜ大事か」でした。

それにどう「気」が関わってくるのか、
本日は綴ります。

設計稼業というのは、いろいろな方向性の中から
クライアントさんに相応しい
空間や環境を生み出すなりわいと考えています。

予算、法律、敷地、用途、、、
様々な条件の中から、

何がベストで、何が相応しいか。

その中でも、予算配分やデザインのまとめ方などは
迷い、悩み、考えあぐねるものです。

美しくありたい、快適でありたい
は当然のこと。

その上で機能と金額の折り合いもつけなきゃならん!のです。

自由なようで、自由でない、笑。

想像力は自由に使えるけれど、現実は自由ではなくあくまで
条件ありき。これは人生全般に言えますよね。
(例えば私は女性の体を持って生まれたなど)

それでも、人は羽ばたくために、自由を求めます。
それは、心の自由から生じるものです。

逆から考えましょう。

想像力を発揮したい! そのためには、

→心が自由であること(ここまでは私の考え)

合気道の教えでは、

→心身を自由にするに、気を出すことが大事

→気を出すには、心を落ち着けることが大前提

そのために稽古を行う。

と、なるわけです。

ですから、昨今の私のテーマが、
単に落ち着いて行動をするための「心を落ち着ける」
ということではなく

心身を自由に使うために、
合気の稽古をするという流れになるのです。

稽古の時に、先生がおっしゃっていました。
教えていて、「10歳の子どもでも、すでに心が囚われている」そうです。

家庭や学校の環境がそうさせるのではないか、とのこと。
驚きですね。

人間は、まっさらに生まれて、
囚われの身になるように生きて行く生き物なのかもしれません。

私の生業は、自由な発想で形を考えつつも、
現実の3次元の世界に、建築に、落とし込む仕事です。

バーチャルでは、建築と呼べない。

条件ばかりに、こんがらがってしまうと
自由な発想を忘れてしまいそうになります。

自由ばかりで、突飛なことを考えても誰も相手にはしてくれません。
ですから、自由と条件を行ったり来たりするためにも

心の鍛錬、気の鍛錬が必要で

合気道で言うところの
「気を出す」ことがとっても大事になって来ます。

昨年復活した合気道の稽古から、学ぶことは非常に大きくて
熊本で出会った先生には、感謝するばかりです。

本日は、私の中での
建築のものづくりと合気道の関係について綴りました。

次回は、
森と樹と暮らしを繋ぐプロジェクトで柿本が
活動の根本で考えていることと
これまた、「合気道」と世界観が通じるので、そのことを
お伝えしたいと思います。

では、次回に!
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2017年のカレンダー「気」に学ぶ

2016年11月29日 | 合気道に学ぶ



いち早く、2017年のカレンダーを貼った新月です。
気が早い性格です。笑。

それ以上に、来年の目標まで掲げられた感じ。
心身統一の言葉が書かれたものです。

和ですよね〜。
これまでの私のインテリアの趣味とは大きく違うのです。

それでも、この言葉に思わず、通う道場の師匠のお勧めで
購入を決めてしまいました、笑。

実は、地震後心の落ち着きを取り戻し、
志のブレをなくすために、
合気道を復活しました。

神奈川で習っていたのとは違う流れの合気道だったというのに
入門して分かるという間抜けさもありますが、
こちらはこちらでとても面白く、
一度やめた子どもも復活。

実に楽しく親子で学ばせてもらっています。

本当に面白いのは、「気」ということを学ぶことは
人生を学ぶということなのだと、分かった点。

そして、自分に不足しているものが、そこに沢山あるということ。

これまで習ってきた合気道では、
心身を鍛錬し、相手と技を掛け合うというものでしたが

熊本で習っているのは、心身を統一するために合気道がある
という点が、実に大きく違うのです。

運動や稽古ではなく、、、心を如何に鎮められるか。。。

そこが肝要で、呼吸だったり、動きがあったりするわけです。

そして、私自身が理屈っぽいからなのか、その理論がとても心に響いて
習得できたら、自分ってなんて理想に近づくのだろう。。。

と、ワクワクすることです。

この心身統一合気道会宗主、故藤平光一氏の言葉が
カレンダーに書かれています。

まさに、私に不足するもの?

人望を得たい!と人生を生きているわけではないです。

しかし、いろいろな場面で、
人望がある無しは人生に大きな岐路を持たせるものだと
社会に出ていたら、皆が思いますよね。

何かやりたいこと、
引き受けた責任を全うしようとするとき

必ず一人ではできません。
人望。。。がある方が成し遂げます。

このほかにも、心身統一のための言葉が沢山あり
私の来年に向けての個人的な目標は
「心身を統一できる人間になる!」に決めました。

簡単にはできることではありません。

一歩でも、近づく、、、そのためにできることが
示されているわけですから、学ばない訳にはいきません。

行動指針は、
「できる人間になるよう学ぶ、稽古する、実践してみる。」

です。早速、新しい手帳も、
稽古日はタイムロックしましょう!!

自分自身の成長が、
社会に還元される成長になることを願って。


追伸:
母が癌になっていろいろと読んだ健康関係の本の「呼吸法」の本が、実はこの合気道の宗主だったのです!
今は2代目で方法も改善されていますが、そこに書かれていたことに共感していたので、
今回新しい流派にご縁をいただいたのも天のお導き!?と毎度ながら、良い方にとっています。



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お別れ稽古

2012年09月16日 | 合気道に学ぶ

初めての審査も受け、合気会にも入会。

さぁこれからどんどん稽古しよう!という気合い十分でした。

しかし、また、しばらく稽古が出来なくなります。

級や段を取ることが目的ではなく、稽古を重なることが大事と、これまでも、長いこと休んだり、月に2回しか出来なかったりと、良い生徒ではありませんでした。

やっと、その稽古の面白さが分かりかけて来た頃なので、本当は続けたい。

それがなかなか許されないのが、やはり家庭と仕事を持つ身でしょうか。

いましばらく、長期休むため、今日は皆さんにしばしのお別れを伝えました。

復活の時に快く迎えて下さった皆さん。

休むときも、快く受け止めて下さる皆さん。

本当に有り難いことです。

余談
所属する日本建築家協会の中の登録建築家の住宅の事例集が建築ジャーナルから出ています。そこに自己紹介欄に、一人趣味が合気道という方がいらっしゃいました。

偶然ですが、その本から顧客のアポが来たのが私とその方でした。趣味欄に私は合気道とはとても書ける立場ではないので、先方はご存知なかったのですが、何か共通するものがあったのかしら?と密かに思いました。

その方と先日お話しして更にビックリ。数ある道場の中、私の先生の師匠のところのお弟子さんでした。系列が同じ。必然の偶然なのです。

縁のある方には、縁がある!?

道場でもそんな話になりました。

心地良いな。リラックス出来るな。そんな邪念のない人間関係の中に身を置くこと。

それがとても大事なんだな。幸せを感じる第一歩だなと思う今日この頃。

お付き合いを大事にしたいと思います。

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