<信濃毎日社説>衆議院 社会保障 確かな展望を聞きたい
濃い霧が立ちこめたかのように、先行きが一段と見えにくくなってしまった。消費税の増税と一緒に進められるはずの社会保障制度の改革である。
増税延期を安倍晋三首相が表明し、「社会保障と税の一体改革」は事実上棚上げされた。増収分を前提にしていた社会保障の充実策は、財源の確保が難しくなる。
最大の柱である子育て支援の新制度について安倍首相は、予定通り来年度から実施すると強調している。保育の受け皿を増やし、2017年度に待機児童をなくす目標も下ろさないという。
<増税延期の影響で>
新制度は、待機児童の解消以外にも子育て環境を改善する幅広い支援策が並ぶ。全体で1兆円余の財源が必要だ。そのうち7千億円を、消費税を10%に上げた増収分から充てるとしていた。不足する財源をどの程度確保できるのか、何にどれだけ配分するか、見通しは立っていない。
年金制度では、受給額が少ない高齢者に月5千円を支給する「年金生活者支援給付金」の創設と、受給に必要な加入期間を25年から10年に短縮することが予定されていた。低年金、無年金の人たちを支える手だてだが、いずれも先送りされる可能性が高い。
ほかにも、見通しが不透明になった施策は多岐にわたる。国民健康保険への財政支援拡充、低所得者の介護保険料軽減、在宅医療・介護の連携強化…。
増税を延期するなら、同時に、社会保障の改革はどうするのか、道筋を明確に示す必要がある。それをせず衆院を解散した安倍政権は無責任のそしりを免れない。
<安心が置き去りに>
年金、医療など社会保障の給付費は、急速に進む高齢化に伴って膨らみ続けている。14年度は115兆円を超え、25年度には149兆円に達する見込みだ。国庫負担が増す中、借金を重ねて次世代へ負担を回してきた。国の債務残高は1千兆円を超える。
その状況に歯止めをかけ、消費税の増税で社会保障の財源を確保しようと、民主、自民、公明3党が一体改革に合意したのは12年。増税する5%分の14兆円はすべて社会保障に充てる、とした。
ただ、新規施策に使うのは2割(1%分)の2兆8千億円に限定された。財政再建に主眼が置かれ、残り8割は制度の維持と赤字財政の縮小に回すことになった。
それでも追いつかないからと、負担増や給付の絞り込みが進む。介護保険では、利用料の自己負担を、一定の所得がある人は2割(現在は一律1割)に引き上げることが決まっている。
介護度が比較的軽い「要支援」の人の訪問・通所介護は保険サービスから切り離され、市町村の事業に移る。特別養護老人ホームへの入所は原則「要介護3」以上の人に限られることになった。
厳しい財政下で制度を維持するためだと言って、高齢者や家族の安心が置き去りにされていかないか。介護を社会で担うという理念が崩れかねない心配がある。
年金も心もとない。とりわけ国民年金(基礎年金)が気がかりだ。厚生労働省が6月に公表した財政検証によると、今後30年で給付水準は3割ほど下がる。
国民年金のみの高齢者は既に800万人を超え、平均受給額は月5万円ほどと少ない。高齢化が進み、給付水準が低下すると、多くの人が年金で生活できなくなり、制度が意味を失いかねない。
保険料未納者も4割近くいる。非正規労働者の増加が主な要因だ。未納と別に、低所得で納付を免除される人も多い。将来、無年金や低年金になり、生活保護受給者が大幅に増える可能性がある。
<厳しい現実踏まえ>
経済構造が大きく変化して雇用が揺らぎ、格差や貧困が深刻化している。高齢化の一方、少子化で「支え手」は減っていく。雇用の安定化を図るとともに、社会保障制度の立て直しが欠かせない。
自民党は公約で、自助・自立を第一に共助と公助を組み合わせて持続可能な制度を構築するとしている。だが、貧困世帯や単身高齢者の増加などで自助の基盤が崩れていないか。
民主党がかねて掲げる年金制度の一元化や最低保障年金の創設は、財源の手当て、所得の把握をどうするかが不明確なままだ。ほかの各党の公約も総じて、改革の具体像や道筋が見えにくい。
県内有権者を対象にした世論調査で、投票の際に最も重視する政策として「年金・医療など社会保障」を挙げた人は34・7%と最多だった。関心の高さは、将来への不安の裏返しでもある。
世代を超えた支え合いの仕組みをどう再構築し、暮らしの安心を確かなものにしていくか。財源は消費税で確保するしかないのか。各党、候補者は目指す社会像を示し、厳しい現実を踏まえた改革の進め方をしっかり語るべきだ。