“さるかに合戦”  臼蔵 と 蜂助・栗坊 の呟き

震災や原発の情報が少なくなりつつあることを感じながら被災地東北から自分達が思っていることを発信していきます。

アルゼンチンの財政破綻・国家破産事例

2011年11月03日 17時00分00秒 | 臼蔵の呟き
ギリシャ国債の支払い不能と金融危機を考える上で10年前のアルゼンチンの財政危機問題は事例として知っておく意味があると思いますので記載します。

アルゼンチンで2000年代前半に起きた経済危機・財政破綻の記録です。

【アルゼンチン財政破綻・国家破産までのできごと】
アルゼンチンは、世界トップレベルの農業国で20世紀半ばまでは南米一の経済大国でした。かつては30年間経済成長率が平均6%を記録したこともあり、国民一人当たりのGDPも世界第4位の頃もあった。

ところが1946年に誕生したペロン政権が大衆迎合的なバラマキ政治を行い、第二次石油ショック時にインフレを許容する金融政策を採用した結果、1989年には500%のハイパーインフレと累積債務問題を経験しました。

政府はインフレ克服のため、1991年に1ドル=1ペソのドルペッグ制を導入しました。(ドルペック制とは自国通貨をドルに連動させる方式)このため海外からの投資によってペソは上昇、国民は安くなった外国製品を買い求めました。しかし経済は上向いたもののペソが過大評価のまま固定されたため輸出がみるみる低下した。

1999年にブラジルの経済危機によってブラジルは変動相場制となり通貨切り下げを実施しました。当時、アルゼンチンの輸出の約30%はブラジル向けだったので、ブラジルの通貨切り下げによってペソ高となりアルゼンチンにも大打撃となり、経済は急速に悪化しました。

アルゼンチン経済を悪化させた元凶の一つは、この1ペソ=1ドルという固定相場にありました。この固定相場をやめて、ペソの価値を市場が自由に決める変動相場制に移行させれば、ペソの為替相場が切り下がり、輸出産業が再び息を吹き返すはずでした。

しかし、固定相場をやめることは、政治的には無理だったのです。
住宅ローンや自動車ローンなど、国民が借りているお金の80%はドル建てだったため、ペソが切り下がって1ドル=1.5ペソにでもなったら、たちまち借金が増えてしまうリスクがありました。ローン会社はドルの方が潜在的な為替リスクが少なく、ドル建てローンの方が金利が安かったためです。

ウォール街の投資家たちは1ドル=1ペソが続くことを前提にアルゼンチンに投資していたため、、固定相場の撤廃には、アメリカやIMFからの強い反対がでました。ペソの対ドル固定相場を維持したまま、第三の通貨「アルゼンチーノ」を新たに発行する、という構想も取りざたされました。ドルとリンクしているペソは自由に紙幣を刷ることができないが、新通貨はそうではないので、公務員給与や年金の支給は新通貨で行ってはどうかという考えでした。しかし、何の裏付けもなく新通貨を発行すれば、2カ月もしないうちにペソやドルに対する新通貨の価値が暴落してしまうことは目に見えていました。

そして2001年夏、議会で検討されていた均衡予算(予算を均衡させ、財政赤字を増やさないことがIMFの融資条件だった)を達成しようと、政府の支出を大幅に削ったことが財政危機のきっかけとなりました。IMFに求められた緊縮財政を実行するアルゼンチン政府に反対して、労働組合や各種団体がゼネラルストライキを敢行しました。

ところが、これによってアルゼンチンに対する外国投資家の目が厳しくなり、通貨(レアル)の暴落、アルゼンチン国債の暴落が起こりました。金融マーケットがアルゼンチンの財政赤字、貿易赤字の状況が「限度を超えた」と判断した結果でした。

12月1日には預金封鎖が実施されました。アルゼンチン政府は国民が銀行から引き出せる額を週に上限250ドルとしました。海外送金も制限され、貿易を除き1日1000ドルまでに制限されたり、月400ドルの年金支払いが滞り、銀行の前には年金の払い戻しを受けようと老人たちが長い列を作りました。アルゼンチンには1989年以来の外国資本歓迎策に乗って入ってきた外国の銀行が多く、自国の先行きに不安を持った人々が銀行の預金を引き出し始めているのを見て、金融業界はアルゼンチン政府に圧力をかけました。

その一方で、いよいよ資金難に陥ったアルゼンチン政府は外国から借りた金の利払いが難しくなり、IMFからの緊急支援を必要としていましたが、融資の条件となっていた緊縮予算案は議会を通らないままだったので、IMFは融資を断りました。これに対して怒った国民は、12月13日に再びゼネストを敢行しました。それは、国民が250ドルしかおろせなくなっている間に、外国系金融機関は大口取引が規制されていないために12月から1月にかけて150億ドルもの資金をアルゼンチン市場から引き出してしまったからです。

12月24日ロドリゲス・サー暫定大統領は、1320億ドルの対外債務の支払いを一時停止するという発表を行いました。この結果、日本でもアルゼンチン政府が発行したサムライ債(円建て外債)の支払いがなされず、4月にデフォルト(債務不履行)となりました。この時すでに変動相場制に移行していたため、為替のレートが1ドル=1ペソから1ドル=1.5~1.8ペソとなり、さらに国内銀行の総預金残高の70%がドル建てで預金していたため、ドル不足となり、国民のドル預金を強制的にペソに換えていきました。ドル建ての定期預金も1ドル=1.4ペソで交換し預金凍結を実施しました。

2003年3月には1ドル=3ペソを突破。凍結されていたドル建て預金は引き出し制限が解除されました。しかし実勢相場は1ドル=3ペソに対し、1ドル=2ペソで払い戻しし、差額分は長期国債で補填と政府が発表し国民の不満が爆発しました。



【国民の生活はどうなったか?】
①ハイパーインフレ
通貨安による輸入品の高騰によりインフレが進行しました。経済の混乱で多くの労働者の給料は下がり、物価は上がっていったのできわめて苦しい生活を強いられたそうです。2002年にはなんと失業率が21.5%に達しました。食料品や物資が不足し、特に医薬品の不足のため、手術にも影響が出たそうです。貧困層は馬やカエル、ネズミを食べて飢えをしのいだり、物乞いをする人が多かったとのことです。

②国民の海外流出
早朝から移民許可証を求めて領事館前に並ぶアルゼンチン市民が多かったそうです。特にスペイン、イタリア、イスラエルに出国する人が増えました。

③治安悪化
社会秩序が崩壊し、略奪、デモ、暴動が起きる事態となりました。ロシアと同様、強盗事件や殺人事件が増え、特に郊外の家は強盗に遭うリスクが高かったそうです。政府は治安の混乱を収拾できず、短命政権が続きました。

④通貨
2001年の夏頃から本来の通貨であるペソに似た独自の債券が流通しました。子供銀行の紙幣のような小さく印刷された債券で、瞬く間にアルゼンチン国内に広まりました。また、物々交換のマーケットが開かれたり、クレジットと呼ばれる物の価値を図る単位が使われたりしました。

経済産業省保安院の検査実態

2011年11月03日 15時00分00秒 | 臼蔵の呟き
以下の取材記事は日本の原子力行政、官僚の仕事の実態を示している点で示唆に富んだ報告です。しかし、この記録の対象は「原子力発電所の査察」に関する内容だけに「これが国の検査」かと疑いたくなるような実態です。これが経済産業省原子力保安院です。電力会社、重電メーカー、御用学者、官僚の「馴れ合いと握りあい」での検査、安心安全の操作が3.11事故の底辺にあったのだということがよく分かります。今、福島が、東北がどれだけ福島第一原発事故で苦しんでいるかを考えて見る必要があると思います。
九州電力玄海原発再稼動のおごりは、玄海町町長、佐賀県知事、経済産業省原子力保安院による九州電力玄海原発の再稼動許可はこんな関係の中で行われたことを知っておくべきだと思います。「事故が起きてから」「こんなはずではないと怒るより」も、「事前に事故を絶対に!起こさないこと=原発に頼らず稼動させない」ことこそが3.11フクシマ事故の教訓です。九州、佐賀、福岡県民に期待します。

元自公政権、民主党政権も賞賛、何でも言うことを聞く「アメリカ」でさえもこのような検査体制です。私はアメリカは新自由主義を輸出し、政治経済の混乱と国力の衰退がおきていてもこれだけの体制、検査に異議を挟まず、習ったらよいのですが。官僚、政権のご都合主義がよく分かる話です。


<原発ずさん検査 丸写し、揺らぐ安全・安心>毎日新聞特集記事
事故や不祥事のたびに強化の必要性が叫ばれてきた原子力関連施設の検査。原子力安全・保安院所管の独立行政法人「原子力安全基盤機構」が事業者に検査内容の原案を作成させ、それを丸写ししている問題は、安全規制の砦(とりで)を揺るがす深刻な事態だ。検査態勢が充実しているとされる米国と比較すれば改善すべき点が多い。

 ◇米は抜き打ち当然
 「国の検査なのだから、骨身を惜しまず内容を自分で決めなければならない」。事業者作成の原案と、機構が検査に用いる「要領書」。
 西脇教授は旧通産省に勤務していた91年9月~93年6月、米原子力規制委員会(NRC)に出向。うち半年間はアトランタで原発検査を担当し、日本との手法や考え方の違いを目の当たりにした。
 NRCの検査官は、検査時期や対象を自ら選び、原則無通告で抜き打ち検査する。施設内のLAN(構内情報通信網)に自分のパソコンをつなぎ、社員が下請け会社と交わしたメールまで入手する。必要があれば検査機器を持ち込み、機器の劣化具合を調べることもある。事業者が都合のいい書類しか提出しない可能性があるためだ。「検査官が自分で資料の原本に当たり、施設の問題点や法令違反を見抜こうとする姿勢に驚かされた」と言う。
 検査報告書をまとめる前には、指摘した部分について事業者側と激論を戦わす。検査官の主張が通ることが多いが、そのやり取りは文書で公開され、報告書は平易な言葉で作成されるという。
 日本では事業者がまず検査を実施し、検査官はその検査が正しいかどうか、ほぼ同じ手法や手順でチェックする。「事業者が作成した原案通りに要領書を作成しても問題がない」と機構が主張するのはこのためだ。検査期間は事前に通知され、開始日には電力会社やプラントメーカーの作業員が大挙して検査官を出迎える。
 03年からは「抜き打ち」と称する検査もしているが、検査期間中に予告外の分野の検査を実施するだけだ。
 米国は事業者との付き合いに厳格だ。検査では割り勘でも一緒の食事は許されず、コーヒーも1杯飲むたびに代金を払う。日本では検査前、事業所内において割り勘で食事をともにすることも珍しくない。
 西脇教授は通産省時代、原発検査で機器が作動しないトラブルを確認した。「メンテナンス記録を見せるよう求めると、作業員が『必ず動かします。それまで幹部とすしでもどうぞ』と持ちかけてきたが断った」と振り返る。
 西脇教授は「事業者の実施した検査をチェックするだけだから『検査官が来た時だけ、書類を整え機器をメンテナンスしておけばいい』という風潮になる」と指摘している。

 ◇問題見抜く余裕なく 人材不足で形式化
 検査が形式化する背景には、日本独特の検査制度と人材不足がある。
 欧米各国の検査は「いつでも、どこでも、どこまでも」行うことが常識とされるが、日本は、項目や時期、頻度が決まっている。記録は膨大で検査官が忙殺され、独自の視点で問題点を洗い出す余裕を持てない。機構の工藤雅春・検査業務部次長も「重要な部分に人を割きたいが、マンパワーが足りない」と明かす。
 保安院の原子力規制部門の職員は約330人。このうち、原子力関連企業からの中途採用者など専門知識を持つ職員は約100人。機構の検査部門の職員と合わせても約200人にとどまる。米国の原発は104基と日本(54基)のほぼ倍である点を考慮しても、約4000人を擁するNRCとの差は歴然だ。
 政府は来年4月、環境省の外局として新たな規制機関「原子力安全庁」(仮称)を発足させるが、機構が同庁の所管法人になるかどうかは決まっていない。城山英明・東大大学院教授(行政学)は「機構が独立行政法人のままなら、役所の下請けにならざるを得ない。安全庁に組み入れる形で改組し、国が検査を実施するのも一案だ」と話す。
 原子炉格納容器の設計に携わった元東芝社員で芝浦工業大非常勤講師の後藤政志さんは「真の規制には、批判的な視点で問題点を見抜こうとする姿勢と能力が必要。人材の確保と育成は容易ではないが、規制機関の再編を機に、海外からの人材登用など大胆な手も検討すべきだ」と提言する。

上から目線の対応・想像力の貧困さ

2011年11月03日 11時00分00秒 | 臼蔵の呟き
10.30ふくしま集会で浪江町長が「東京電力は上から目線で事故賠償交渉にあたっている」とんでもない話だと怒っていました。
11月2日午後のNHKラジオ(午後5時半ころ)で伊藤というアナウサーが「三陸鉄道の復旧に関する報道」で「三陸鉄道の幹部」に向かって「三陸鉄道は赤字ですよね(その鉄道に復旧資金=税金を投入してよいのでしょうか)」と言い放ちました。このやり取りを聞いていて「その傲慢な言い方」「想像力の貧困さ」に唖然としました。


東京に住んでいる人は東北地方・一次産業の農産物、海産物、電力で生活をしています。そのことをどう考えているのでしょうか。自分たちは偉いんだ!自分たちは地方のために税を負担しえいるんだ!とでも言うような目線での会話には「非常に腹が立ちました」。

そんなことを言うのであれば、東京都民が自給自足できるように食糧を生産すればよい、原子力発電所を東京のど真ん中に作れ、大企業の生産物をすべて東京で消費せよ!と主張したい。そんなことが出来るはずがないし、東京などは都市としても存在しえないことは自明のことです。本当にかれらの傲慢さ、身勝手さに腹が立ちます。

日本は韓米FTAから学ぶべき

2011年11月03日 07時04分43秒 | 蜂助の呟き
こんにちは。蜂助です。今日もTPPの話です。

すでに合意している韓米FTAはTPPと似ているので、これを良く見る必要があります。韓国がアメリカに飲まされた不利益を見ればTPPで日本が受ける影響が予想できます。

アメリカはアメリカ国民に貢献し将来とも貢献し続ける韓国大統領を国賓待遇で招待しました。

TPPは環太平洋経済連携協定などという仰々しい名前ですが、実のところ交渉参加国の経済規模のシェアは日米で九割をしめており、多国間協定とは名ばかりで、実質的に日米FTAです。韓米FTA と瓜二つなのは、関税の完全撤廃だけでなく、金融、投資、政府調達、労働、環境など多くの分野にまたがっていることです。

こんな韓米FTAに政府もTPP推進の人間も触れないのは、韓国がとんでもない不利益に終わったからではないでしょうか。交渉して日本が有利なようにできるなんていうのは嘘です。昨日も書きましたが、これは最初からアメリカのシナリオが出来ていて、アメリカの利益のためのワナなのだから交渉下手の日本が有利な条件を獲得出来ることはあり得ません。

韓国はアメリカでの関税撤廃を獲得しましたが、アメリカの関税は自動車2・5パーセント、テレビ5パーセント程度しかなく、韓国が得ている利益はウォン安のおかげで関税ではないことをアメリカは見抜いて合意しました。韓国は全く意味のない関税撤廃の引き換えに、韓国の自動車市場にアメリカ企業が参加しやすいように、排出量基準設定についてアメリカの方式の導入を認めさせられ、安全基準認定なども韓国基準ではなくアメリカ基準でやることになりました。アメリカは最初から、自分の土俵に引き込むことが目的だから自動車輸出入について目的を達成しました。

トヨタがアメリカの工場で作った自動車の韓国への輸出を増やすと報道されています。この車はブランドは日本でも輸出国はアメリカです。韓国がアメリカから自家用車を関税ゼロで輸入するのです。韓国は、このことも見抜けなかったのでしょうか。

私も初めて知りましたが、「ラチェット規定」という悪魔の仕掛けです。ラチェットは、一方にしか動かない爪歯車です。一度、合意し導入したことは後戻り出来ないという一方通行の仕掛けです。振り返ることも許されないのです。このラチェット規定は、銀行、保険、法務、特許、会計、電力、ガス、宅配、通信、建設、流通、高等教育、医療器機、航空機機などたくさんの分野で韓国は飲まされました。

日本はTPP交渉に参加すべきではありません。