神を理解することは誰にも不可能です。
神がある瞬間に行う事と、次の瞬間に行う事とは相反するように見えるかもしれません。神の行為は不可解で、時間と空間と人間の理性を超えています。
スワミがよく言うように、(神の行為に)「理由はなく、時に縛られない!」のです。
ですから、神の行為を分析することや解釈することは無意味であり、適切なことでもありません。
もし、神が「イエス」と言うのなら、それはその通りになるのです。
もし、神が「ノー」と言うのなら、それはその通りになるのです。
これが運命です!
あなたはそのすべてを受け入れなければならず、異議を唱えてはなりません。
神の行為に疑問をもつことは、信仰心の欠如という意味を含んでいます。23/5/2000

ポニョ:トランプの政権発足チームが良い仕事をしているぜよ。戦争屋とか、右翼の連中を出来るだけ排した政権を作ろうとしてるんや。
ヨシオ:このまま世界が平和になって行けばええけどな。
ポニョ:それは無理やぜよ。ヒラリーを支援して来た戦争屋が米国債の金利を上げて、そろそろソロスが金融破綻をさそうとしてるんや。それにトランプはホワイトハウスが盗聴器だらけやし、大統領専用機もエアーバイワイヤーと言って、外から自動操縦されて勝手に墜落させる事が出来るし、トランプはそんなものは要らないと言ってるんや。トランプはよく調査しているぜよ。暗殺計画も上がっているし、軍によるクーデター計画も持ち上がっているんや。政権発足時に、もちろん灰色の政治家も紛れ込んでいるけれど、トランプがどれくらい政権を思い通りに運営出来るかが見ものやぜよ。昨日もイラク侵攻に積極的だったボルトンやギウリアニィを政権運営から外し、ロンポールと同じ自由至上主義者であったロスラバーチャーが入閣する事になったんや。まだまだ期待が持てる人事やぜよ。
ヨシオ:ポニョは何でもよく知っているんやな。トランプで勝負がつかなかったら花札で勝負したらええやないか。
ポニョ:あのね。あんたは一体何を言いたいのでしょうか?花札で勝負ってどこかの賭博場の話をしているんやないのですが…。ところでもうそろそろサイババさんの九十一歳の降誕祭やぜよ。それって信じられないよな。だってこのブログを始めてから丸三年経つんやで。
ヨシオ:そうやな。という事は明後日はお袋が亡くなってから三周忌って事なんや。
ポニョ:お袋さんが亡くなったのは降誕祭の一日前やったもんな。
ヨシオ:そうか。日が経つのは早いもんや。三年も経つのにまだお袋の家の遺品の整理もしてないんや。遺灰もまだ祭壇に置いたままやし、そのうち家の周辺に撒こうと思っているんやけれどまだそのままや。
ポニョ:以前、遺灰をパースのお袋さんの大好きなスポットに撒いてきたって言ってなかったか。
ヨシオ:ああ、火葬場から戻って来た時に嫁さんと二人でお袋が好きやったいろんな場所に行って撒いて来たな。灰がまだ熱かったな。全部撒いていないのでまだあるんや。残りはお袋の家の周りに撒こうと思ったまままだそのままにしてるんや。
ポニョ:じゃあ、お墓は無いんや。
ヨシオ:別に要らんやろ。墓地の中にお墓を造ろうと思って場所は確保したけれど、造る気は無いし。だってお袋が生前、俺に捧げてくれたいろんな愛の思い出があるけれど、それらはサイババさんが、お袋の身体を使って俺に愛をくれたって事を俺は知っているんや。身体はお袋やけれど、実はサイババさんが全てをされていたんや。そういう事が分かれば、お袋の墓とか誰々の墓とか造る気が無くなってしまったんや。

ポニョ:みんなババさんやもんな。
ヨシオ:人のアートマが、それぞれの人のエゴや欲望などで制限された形で顕現しているのが人間なんや。ババさんがこの世の全ての人になって、そういう制限されているアートマが、少しだけその人から顕現している人となって、この世に働きかけておられるんや。だから全ては神さんなんや。
ポニョ:そういう事を以前記事にしたよな。全ての人は完璧じゃないけれど、完璧じゃないという状態で完璧だって。
ヨシオ:そう。それぞれの人は自らのエゴや欲望によって制限されているアートマの光輝を、もっとより多く顕現さすために努力して行くのが人として生まれた義務やけれど、一人ひとりが不完全で、そういう義務を抱えている状態で実は完全なんや。
ポニョ:ババさんは、この世で私が意思すること以外に何一つ起きることはない、と言っておられるもんな。
ヨシオ:人は「私」「私のもの」というエゴを持っているし、様々な欲望や執着心も持っているから何事をやるにしても、あるいは行為をした後でさえも、それらの行為は自分がしたと思い込んでいるんや。本当は全てのババが計画された神の想定内の事なのに。

ポニョ:以前イスラム教の聖典クアルーンの話をしたけれど、その聖典クアルーンに、神は地中にある種の湿り渇きの違いや、大きな木が無数の葉っぱを付けているけれど、それらの葉っぱのうちどの葉が一番最初に枝から離れて落ちて行くかもご存知や、という一節があるよな。それほど全ての事を神さんはコントロールされているって事なんやろな。
ヨシオ:俺たちは自分が何かを計画してやっている。何かを努力してやり遂げてなんて思い込んでいるだけで、全ては神さんがされているんや。
ポニョ:でもババさんは、私がこの世で一番難しいと思っている仕事は、人々の心を変える事だと言われた事があるぜよ。
ヨシオ:それさえも実はババのお遊びなんや。ババが意図すれば全ての人々の心さえ変える事なんて朝飯前なんや。神さんにとって、この仕事は難しいとか易しいとかの区別は存在しないんや。全ては意思するだけでなるんや。
ポニョ:それってすごいよな。おいら達が自分たちで努力してしているように見えるだけで、実は全てを神さんがされているなんて。

ヨシオ:以前記事にしたけれど、こんなエピソードを覚えているやろ。ババさんが学生達を連れてマイソール郊外にある国立公園に行き、そこの宿泊施設でババさんが綺麗な満月を見ておられたんや。そして学生達に「君たちに月を見せてあげよう」と言われて、手を一振りすると手のひらの大きさの月のミニチュアが出て来たんや。そのミニチュアには昔、月の川だった痕跡や、いろんな山脈もはっきりと刻んであって、学生達は目を皿のようにして一生懸命その月のミニチュアを見ていたんや。その中の一人の学生がある事に気付いたんや。それはババさんが月のミニチュアを物質化した途端、空に浮かんでいた満月が消えていた事なんや。それでババさんに空に浮かんでいた月がありませんと言うと、ババさんは「もちろんや。私がここに持って来たからな。そろそろ空に返そうか。」と言ってその小さな月のミニチュアを取り上げて一振りすると、空にはまた大きな満月が浮かんでいたんや。それでババさんは、「私がこうして月を空から持って来て君たちに見せている間、世界中の空から満月が消えていたけれど、誰一人それに気づかなかったんやで。というのも、私が世界中の誰一人として、その間、月が無い事に気付かないように、空を見上げないようにと意思したからなんや」と言われたんや。
ポニョ:あれはすごいエピソードやったぜよ。そんな事まで出来るってさすが神さんや。という事は神さんって人の心まで完全にコントロール出来るってことになるぜよ。

ヨシオ:もちろんや。神さんは全てをコントロール出来るんや。以前、クリシュナのお話を連載していたけれど、その中にスマさんのブログで紹介されたエピソードで、クリシュナの誕生時に、ヨギの力で居合わせた親が産婆さんの少年の話をしたやろ。その少年は、クリシュナが大好きで、聖者に、お前は将来クリシュナの生まれ変わりの元で働くようになると言われていたんや。その少年は大きくなってムンバイの大きな病院の偉いさんになったんやけれど、ある日、自分の病院の医者が犯罪に巻き込まれて、その医者が担当した患者の死体検分をする事になったんや。それで検事や警察などたくさんのプロが見守る中、半年前に埋葬された死体を掘り起こしたんや。その死体は半年も経っているのにまだ埋めたばかりのように新しくて、胃から大量の溺死した証拠の水が出て来たので、その医者は無罪放免となったんや。不思議な事に、そこにいた誰もがどうして半年も経っている死体がまだこれほど新鮮なのかを疑問に思わなかったんや。それでその人はいくら考えても不思議だと思って、もう一度墓地に戻り、埋め戻した死体をもう一度掘り起こすと、今度は完全に腐敗してしまっている、さっきとは全く違った死体が出て来たんや。その人はババの帰依者ではなく奥さんが帰依者やったんやけれど、奥さんは、これはババが意図しないとこういう事は絶対起こらないから、二人でババの元に礼を言いに行ったんや。するとババは「私は君を守るために、そこにいた全ての人々が死体の状態に疑問を抱かないように意思したんだよ。」と言われたんや。それ以来、その人はババの帰依者になり、その大きな病院を辞めてババのアドバイス通りにアシュラムに移り住んで、その当時とても小さかったアシュラムの病院で働き始めたんや。
ポニョ:それもすごい話やぜよ。ババは人の心も全てコントロールされるんやな。

ヨシオ:このブログを始めてから丸三年になるけれど、三周年になれば俺は少し違う事をしたいなと計画してたんや。俺は昔から劇作家になりたくて、いろんな劇の台本を書こうと頭の中で構想を練っていたんや。最初に書こうと思っていたのはラーマヤーナの中のシータにスポットを当てて、シータの視点でラーマヤーナを書いたり、また霊的な法則であるカルマや輪廻転生をテーマとした劇や、人がそういう法則を経て真の自分であるアートマに目覚めていく話やらいろいろ書こうと構想を練っていたんやけれど、数ヶ月前にババが夢に出て来られて俺にこう聞かれたんや。「君はこのブログを始めて三周年を過ぎたら、一体何を書こうと思っているんだい」って。それで俺は「実は前から構想を練っている劇の台本を書こうと思っているんや」と言おうとすると、口が勝手に「ババさんの教えを自分の体験をもとに、もっと人々に分かりやすく説明し、不二一元の教えを説いて行きたいと思っています」と言ってしまったんや。するとババはニコニコされて嬉しそうやった。俺は、なんで心で思っている事が、その時に口に出して言えなかったんやろなと後で思ったんやけれど、これもババさんが意思された事やからと悟って劇作家の道を諦めたんや。
ポニョ:あんたは顔がいかついから劇作家には向いていないぜよ。
ヨシオ:なんで顔と劇作家と関係あるんや。
ポニョ:劇作家というより劇錯覚やぜよ。
ヨシオ:じゃかーし。
名前と姿は一時的なものです。
人間は、真の自己を忘れて、名前と姿を実在するものと信じ、はかない世界を永遠のものと信じて人生を送っています。
神はすべての特性と感情を超越しています。
人が、神が特性や感情を備えていると考えるのは、むしろ不思議なことです。
すべての人にとって、神の無限の愛と真理と慈悲を知るのは、何よりも大事なことです。人間は本質的には神でありながら、自己に内在する神性を忘れたために魔物のような振る舞いをしています。
すべての人間には決断力と利発さという性質が備わっています。
これらの美徳を崇高な目的のために活用する人のみが真の人間です。25/12/02
https://m.youtube.com/watch?v=oa-WqROHx6k
神がある瞬間に行う事と、次の瞬間に行う事とは相反するように見えるかもしれません。神の行為は不可解で、時間と空間と人間の理性を超えています。
スワミがよく言うように、(神の行為に)「理由はなく、時に縛られない!」のです。
ですから、神の行為を分析することや解釈することは無意味であり、適切なことでもありません。
もし、神が「イエス」と言うのなら、それはその通りになるのです。
もし、神が「ノー」と言うのなら、それはその通りになるのです。
これが運命です!
あなたはそのすべてを受け入れなければならず、異議を唱えてはなりません。
神の行為に疑問をもつことは、信仰心の欠如という意味を含んでいます。23/5/2000

ポニョ:トランプの政権発足チームが良い仕事をしているぜよ。戦争屋とか、右翼の連中を出来るだけ排した政権を作ろうとしてるんや。
ヨシオ:このまま世界が平和になって行けばええけどな。
ポニョ:それは無理やぜよ。ヒラリーを支援して来た戦争屋が米国債の金利を上げて、そろそろソロスが金融破綻をさそうとしてるんや。それにトランプはホワイトハウスが盗聴器だらけやし、大統領専用機もエアーバイワイヤーと言って、外から自動操縦されて勝手に墜落させる事が出来るし、トランプはそんなものは要らないと言ってるんや。トランプはよく調査しているぜよ。暗殺計画も上がっているし、軍によるクーデター計画も持ち上がっているんや。政権発足時に、もちろん灰色の政治家も紛れ込んでいるけれど、トランプがどれくらい政権を思い通りに運営出来るかが見ものやぜよ。昨日もイラク侵攻に積極的だったボルトンやギウリアニィを政権運営から外し、ロンポールと同じ自由至上主義者であったロスラバーチャーが入閣する事になったんや。まだまだ期待が持てる人事やぜよ。
ヨシオ:ポニョは何でもよく知っているんやな。トランプで勝負がつかなかったら花札で勝負したらええやないか。
ポニョ:あのね。あんたは一体何を言いたいのでしょうか?花札で勝負ってどこかの賭博場の話をしているんやないのですが…。ところでもうそろそろサイババさんの九十一歳の降誕祭やぜよ。それって信じられないよな。だってこのブログを始めてから丸三年経つんやで。
ヨシオ:そうやな。という事は明後日はお袋が亡くなってから三周忌って事なんや。
ポニョ:お袋さんが亡くなったのは降誕祭の一日前やったもんな。
ヨシオ:そうか。日が経つのは早いもんや。三年も経つのにまだお袋の家の遺品の整理もしてないんや。遺灰もまだ祭壇に置いたままやし、そのうち家の周辺に撒こうと思っているんやけれどまだそのままや。
ポニョ:以前、遺灰をパースのお袋さんの大好きなスポットに撒いてきたって言ってなかったか。
ヨシオ:ああ、火葬場から戻って来た時に嫁さんと二人でお袋が好きやったいろんな場所に行って撒いて来たな。灰がまだ熱かったな。全部撒いていないのでまだあるんや。残りはお袋の家の周りに撒こうと思ったまままだそのままにしてるんや。
ポニョ:じゃあ、お墓は無いんや。
ヨシオ:別に要らんやろ。墓地の中にお墓を造ろうと思って場所は確保したけれど、造る気は無いし。だってお袋が生前、俺に捧げてくれたいろんな愛の思い出があるけれど、それらはサイババさんが、お袋の身体を使って俺に愛をくれたって事を俺は知っているんや。身体はお袋やけれど、実はサイババさんが全てをされていたんや。そういう事が分かれば、お袋の墓とか誰々の墓とか造る気が無くなってしまったんや。

ポニョ:みんなババさんやもんな。
ヨシオ:人のアートマが、それぞれの人のエゴや欲望などで制限された形で顕現しているのが人間なんや。ババさんがこの世の全ての人になって、そういう制限されているアートマが、少しだけその人から顕現している人となって、この世に働きかけておられるんや。だから全ては神さんなんや。
ポニョ:そういう事を以前記事にしたよな。全ての人は完璧じゃないけれど、完璧じゃないという状態で完璧だって。
ヨシオ:そう。それぞれの人は自らのエゴや欲望によって制限されているアートマの光輝を、もっとより多く顕現さすために努力して行くのが人として生まれた義務やけれど、一人ひとりが不完全で、そういう義務を抱えている状態で実は完全なんや。
ポニョ:ババさんは、この世で私が意思すること以外に何一つ起きることはない、と言っておられるもんな。
ヨシオ:人は「私」「私のもの」というエゴを持っているし、様々な欲望や執着心も持っているから何事をやるにしても、あるいは行為をした後でさえも、それらの行為は自分がしたと思い込んでいるんや。本当は全てのババが計画された神の想定内の事なのに。

ポニョ:以前イスラム教の聖典クアルーンの話をしたけれど、その聖典クアルーンに、神は地中にある種の湿り渇きの違いや、大きな木が無数の葉っぱを付けているけれど、それらの葉っぱのうちどの葉が一番最初に枝から離れて落ちて行くかもご存知や、という一節があるよな。それほど全ての事を神さんはコントロールされているって事なんやろな。
ヨシオ:俺たちは自分が何かを計画してやっている。何かを努力してやり遂げてなんて思い込んでいるだけで、全ては神さんがされているんや。
ポニョ:でもババさんは、私がこの世で一番難しいと思っている仕事は、人々の心を変える事だと言われた事があるぜよ。
ヨシオ:それさえも実はババのお遊びなんや。ババが意図すれば全ての人々の心さえ変える事なんて朝飯前なんや。神さんにとって、この仕事は難しいとか易しいとかの区別は存在しないんや。全ては意思するだけでなるんや。
ポニョ:それってすごいよな。おいら達が自分たちで努力してしているように見えるだけで、実は全てを神さんがされているなんて。

ヨシオ:以前記事にしたけれど、こんなエピソードを覚えているやろ。ババさんが学生達を連れてマイソール郊外にある国立公園に行き、そこの宿泊施設でババさんが綺麗な満月を見ておられたんや。そして学生達に「君たちに月を見せてあげよう」と言われて、手を一振りすると手のひらの大きさの月のミニチュアが出て来たんや。そのミニチュアには昔、月の川だった痕跡や、いろんな山脈もはっきりと刻んであって、学生達は目を皿のようにして一生懸命その月のミニチュアを見ていたんや。その中の一人の学生がある事に気付いたんや。それはババさんが月のミニチュアを物質化した途端、空に浮かんでいた満月が消えていた事なんや。それでババさんに空に浮かんでいた月がありませんと言うと、ババさんは「もちろんや。私がここに持って来たからな。そろそろ空に返そうか。」と言ってその小さな月のミニチュアを取り上げて一振りすると、空にはまた大きな満月が浮かんでいたんや。それでババさんは、「私がこうして月を空から持って来て君たちに見せている間、世界中の空から満月が消えていたけれど、誰一人それに気づかなかったんやで。というのも、私が世界中の誰一人として、その間、月が無い事に気付かないように、空を見上げないようにと意思したからなんや」と言われたんや。
ポニョ:あれはすごいエピソードやったぜよ。そんな事まで出来るってさすが神さんや。という事は神さんって人の心まで完全にコントロール出来るってことになるぜよ。

ヨシオ:もちろんや。神さんは全てをコントロール出来るんや。以前、クリシュナのお話を連載していたけれど、その中にスマさんのブログで紹介されたエピソードで、クリシュナの誕生時に、ヨギの力で居合わせた親が産婆さんの少年の話をしたやろ。その少年は、クリシュナが大好きで、聖者に、お前は将来クリシュナの生まれ変わりの元で働くようになると言われていたんや。その少年は大きくなってムンバイの大きな病院の偉いさんになったんやけれど、ある日、自分の病院の医者が犯罪に巻き込まれて、その医者が担当した患者の死体検分をする事になったんや。それで検事や警察などたくさんのプロが見守る中、半年前に埋葬された死体を掘り起こしたんや。その死体は半年も経っているのにまだ埋めたばかりのように新しくて、胃から大量の溺死した証拠の水が出て来たので、その医者は無罪放免となったんや。不思議な事に、そこにいた誰もがどうして半年も経っている死体がまだこれほど新鮮なのかを疑問に思わなかったんや。それでその人はいくら考えても不思議だと思って、もう一度墓地に戻り、埋め戻した死体をもう一度掘り起こすと、今度は完全に腐敗してしまっている、さっきとは全く違った死体が出て来たんや。その人はババの帰依者ではなく奥さんが帰依者やったんやけれど、奥さんは、これはババが意図しないとこういう事は絶対起こらないから、二人でババの元に礼を言いに行ったんや。するとババは「私は君を守るために、そこにいた全ての人々が死体の状態に疑問を抱かないように意思したんだよ。」と言われたんや。それ以来、その人はババの帰依者になり、その大きな病院を辞めてババのアドバイス通りにアシュラムに移り住んで、その当時とても小さかったアシュラムの病院で働き始めたんや。
ポニョ:それもすごい話やぜよ。ババは人の心も全てコントロールされるんやな。

ヨシオ:このブログを始めてから丸三年になるけれど、三周年になれば俺は少し違う事をしたいなと計画してたんや。俺は昔から劇作家になりたくて、いろんな劇の台本を書こうと頭の中で構想を練っていたんや。最初に書こうと思っていたのはラーマヤーナの中のシータにスポットを当てて、シータの視点でラーマヤーナを書いたり、また霊的な法則であるカルマや輪廻転生をテーマとした劇や、人がそういう法則を経て真の自分であるアートマに目覚めていく話やらいろいろ書こうと構想を練っていたんやけれど、数ヶ月前にババが夢に出て来られて俺にこう聞かれたんや。「君はこのブログを始めて三周年を過ぎたら、一体何を書こうと思っているんだい」って。それで俺は「実は前から構想を練っている劇の台本を書こうと思っているんや」と言おうとすると、口が勝手に「ババさんの教えを自分の体験をもとに、もっと人々に分かりやすく説明し、不二一元の教えを説いて行きたいと思っています」と言ってしまったんや。するとババはニコニコされて嬉しそうやった。俺は、なんで心で思っている事が、その時に口に出して言えなかったんやろなと後で思ったんやけれど、これもババさんが意思された事やからと悟って劇作家の道を諦めたんや。
ポニョ:あんたは顔がいかついから劇作家には向いていないぜよ。
ヨシオ:なんで顔と劇作家と関係あるんや。
ポニョ:劇作家というより劇錯覚やぜよ。
ヨシオ:じゃかーし。
名前と姿は一時的なものです。
人間は、真の自己を忘れて、名前と姿を実在するものと信じ、はかない世界を永遠のものと信じて人生を送っています。
神はすべての特性と感情を超越しています。
人が、神が特性や感情を備えていると考えるのは、むしろ不思議なことです。
すべての人にとって、神の無限の愛と真理と慈悲を知るのは、何よりも大事なことです。人間は本質的には神でありながら、自己に内在する神性を忘れたために魔物のような振る舞いをしています。
すべての人間には決断力と利発さという性質が備わっています。
これらの美徳を崇高な目的のために活用する人のみが真の人間です。25/12/02
https://m.youtube.com/watch?v=oa-WqROHx6k
