天使のエナジー

「すべてなるものの源」への、愛の告白

東京五輪・パラリンピック中継を観て ~ 「ビタ」というオノマトペ

2021-09-05 22:27:36 | スポーツ

東京パラリンピック、今日閉幕を迎えまし

たね。

 

私はスポーツ観戦が大好きなので、この夏

は本当に夢のような時間を過ごしました。

 

だって……国内で開かれる五輪・パラリン

ピックが見られるなんて、本当にラッキー

なことですものね。

 

もちろん、このコロナ禍の中での開催には

反対もあって当然。

 

最悪の場合は、中止もあり得たでしょう。

 

そんな中、無観客など、通常とは違う形に

はなったけれど、開催が実現し……

 

多くの競技をテレビ中継で観られたことは

一スポーツファンとしてこの上ない喜びで

した。

 

見応えのある技、感動的なシーンは多過ぎ

て、一つひとつ挙げるのはとても無理だけ

れど……

 

個人的には、職業柄(日本語教師です)、

新しい言葉との出会いが印象に残ったの

で、そのことについて書いてみようと思

います。

 

その言葉というのは……

 

「ビタ」という日本語のオノマトペ。

 

東京五輪のBMX(自転車のモトクロス)

競技の実況中に、解説者の瀬尻稜さんが

「ビタ着」「ビッタビタ」という表現を

されていたのですが……

 

私はこれは初耳でした。

 

「ピタ」(「ピタリ」「ピッタリ」)はも

ちろん日常的に使っているけれど、この半

濁音が濁音に置き換わった例は、これまで

見聞きしたことがなかったように思いま

す。

 

ちなみに、手元の『広辞苑』(第四版)を

確認してみましたが、やはり「ビタリ」

「ビッタリ」「ビタビタ」のいずれも載っ

ていませんでした。(最新版は未確認。)

 

「ピタ」が「ビタ」になった理由は恐ら

く、「もっと意味を強調したい」という意

図からなのでは?

 

インパクトの強さを伝えるために、もっと

激しい響きの音が欲しくて、半濁音( ° )

を濁音に変えて使っているのではないかと

推測されるのです。

 

「そうか。今、私は、新しい擬態語(擬音

語?)のメジャーデビューの過程を目撃中

なのか。」

 

そう思った矢先に五輪が終ったのですが、

そこで終わりではありませんでした。

 

今度はパラリンピックのボッチャの中継の

中で……

 

「ビッタビタ」が飛び出したのです。

 

解説者の新井大基さんが、選手がジャック

ボールに自分のボールを隙間なく密着する

位置に投げた時に……

 

「ビッタビタにつけてきましたね」などと

使われていましたね。

 

今回、日本選手の活躍が目覚ましかったこ

ともあり、五輪・パラリンピックのテレビ

中継に熱中した人も多かったでしょうから

……

 

「ビタ」というオノマトペの認知度が、日

本語使用の場において急速に高まったと思

われます。

 

そして、このまま一般に浸透していけば、

いずれはごく普通に使われる言葉として

定着し……

 

国語辞典にも収録されるようになるかも

しれませんね。

 

そういうわけで、私にとって今回の東京五

輪・パラリンピックは、スポーツを観る楽

しさとともに……

 

新しい日本語の仲間入りの現場を見届ける

という、実に貴重な体験の場となりまし

た。(こういうのは、そうざらにあること

ではないと思うので。)

 

その意味も含めて……

 

大会に関わった全ての存在に感謝の気持ち

を伝えたいと思います。

 

ありがとう!!

 

 

それにしても……

 

車いすバスケの鳥海選手、カッコよかった

ですねえ。

 

すっかりファンになってしまいましたよ。

 

どうしよう?(どうにもならないって。)

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新しい地球に「スポーツ」は?

2021-07-31 23:10:23 | スポーツ

しばらく更新しない間に梅雨も明け……

 

もう7月も終わりですね。

 

東京五輪、どうなるのかと思っていました

が……

 

大部分が無観客という形にはなっても、

開催が実現したことが、半分信じられない

思いです。

 

個人的に、スポーツ観戦が大好きな私とし

ては、5年間楽しみに待っていた時が訪れ

たことに喜びを感じていますが……

 

今回に限っては、あまりにも困難な状況下

なので、テレビ観戦をエンジョイしながら

も、複雑な思いを消すことができません。

 

 

既に意識されている方も多いかもしれませ

んが……

 

地球は今、かつてない大きな変化の時を迎

えているようです。

 

その変化を遂げた後の地球には、五輪とい

うものは果たして存在するのだろうか。

 

より高い周波数の次元では、そもそも今の

世界で行われているスポーツ競技は存続し

得るのだろうか。

 

そんな疑問が湧いてしまうのです。

 

ボディー・コンタクトのある競技での、

ファウルもお構いなし、相手を負傷させる

ほどの猛チャージ。

 

相手のミスに対し、オーバーに喜ぶ様子を

見せつけ、相手に心理的なダメージを与え

る。

 

はたや、応援する側も、勝った選手を、

理不尽なやり方で誹謗・中傷する。

 

これについては、SNSで実際に発信して

しまう例があったのは残念なことですが

……

 

正直に言って、私自身も、応援していた

選手を負かした相手に対し、鬱憤をぶつ

けるような言葉を発してしまった瞬間も

あったのです。

 

それがたとえテレビ画面に向かって発し

た独り言であったとしても、その言葉の

エネルギーは、必ず宇宙に何らかの影響

を及ぼすはずです。

 

だからこそ……

 

こうした(多分)低い周波数のエネルギ

ーの言葉や意識は、愛しか受け容れない

高い周波数に到達した新しい地球では、

恐らく存在を許されないでしょう。

 

 

ただ、希望はあります。

 

勝敗に関わらず、そのスポーツの醍醐味

を心底楽しむ境地。

 

たとえ敗れたとしても、素晴らしいプレ

ーや勝者の栄誉を心から称えることので

きる精神。

 

この東京五輪の、数々の競技の中に、そ

んな煌めく瞬間瞬間が生まれていること

も、また、確かなのです。

 

私は以前、ブログの記事に、体操競技の魅

力について書いたことがあります。

(体操競技の魅力~「第4密度」的精神?

2015年10月31日付)

「スポーツ」のブログ記事一覧-天使のエナジー (goo.ne.jp)

 

そこで指摘したのは、勝負を超えて、相手

の演技を称え、祝福する精神。

 

演技を終えた選手が、国の境界を越え、タ

ッチを交わす様子は、いつ見ても感動させ

られるシーンです。(今回はコロナのた

め、握手ができないのは残念ですが。)

 

 

愛しかない、新しい地球に、果たしてスポ

ーツはあり得るのか。

 

「あった!」

 

そう叫ぶ瞬間が来ることを、心から願って

います。

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グランプリファイナル 羽生選手のフリーと「意識」の力

2019-12-08 16:33:18 | スポーツ
昨夜、フィギュア・グランプリファイナル
の男子フリーの中継放送がありましたね。

羽生結弦選手とネイサン・チェン選手が4
回転を5本ずつ決めるという、凄まじく高
難度のプログラムを披露。

勝利は、ほぼ完璧なパフォーマンスをした
チェン選手がつかみましたが……

羽生選手も自己最高難度の構成で、冒頭で
4回転ループをきれいに降りると……

2年ぶりに4回転ルッツに挑み、見事、決
めてみせたのでした。

その後もスピン、ステップ、舞うような3
回転ルッツ、4回転サルコーと畳み掛け…


4回転トーループのコンビネーション2発
でやや乱れが見えたと思うと……

最後にシークエンスを持ってくるはずだっ
た3アクセルが、惜しくもシングルの単発
に。

最後の決めのポーズを保つこともできない
という、明らかに、精魂尽きるほど、持て
る力の全てを出し切った姿でした。

それを取り巻く会場のボルテージは異様な
ほどに高まり……

恒例の「プーさんの雨」が降り注ぐ中、テ
レビ画面が一瞬、フリーズしてしまったの
です。

キャスターの松岡修三氏が、羽生選手の演
技が終わった途端に電源が落ちたと言って
いたように思います。

それを聞いて、思い当たることがありまし
た。

羽生選手を取り囲む、あの会場の熱気。

さらに、男子フリーはLIVE中継されてお
り、おそらく何百万、何千万(?)もの人
々がその画面を注視し、あの場所へ意識
を向けていたのです。

あの状況での人々の意識の力は凄まじいも
ので……

「乱数発生器」のデータをも左右してしま
うほどの力を持つと考えても不思議ではな
いでしょう。

「乱数発生器」というのは、機械によって
「0」 と「1」をアトランダムに、しか
も同じ頻度で発生させるように作られた装
置なのですが……

その「0」と「1」の発生頻度が、人間の
意識の影響を受けて変化しうることが、実
験によって立証されているのです。

昨夜のあの会場こそは、テレビ中継の機材
をダウンさせてしまうほど、人々の意識が
集まった、特別な場所だったと言えるでし
ょう。

その場面に、たとえテレビ画面を通してで
あっても、立ち会えたことを幸せに思いま
した。


なお、「乱数発生器」のデータについて
書いた記事があります。

興味をお持ちの方はどうぞご高覧くださ
い。(下記のページ、1月19日付)

https://blog.goo.ne.jp/rosy727/m/201401
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平昌五輪を振り返って ~「喪失感」を受け止める

2018-03-01 17:33:56 | スポーツ
平昌五輪が終わりましたね。

私はウインタースポーツを観るのが大好きで、しかもラッキ
ーなことに、日本語教師の仕事が春休みに入っていたので…

時差のない韓国での大会を、思う存分楽しむことができまし
た。

すでに記事に書いた、フィギュアスケートやカーリング、そ
の他にも、日本選手の活躍は随所に見られましたね。

日本選手に限らず、メダリストたち、また、自分が目指して
いたことが五輪の本番でできた選手たちの歓喜の表情に感動
を覚えました。

でも、今回の五輪で私の胸に一番響いたのは、「喪失感」を
受け止める選手たちの存在でした。

すなわち、自分が目指していたものに手が届かなかったと知
った瞬間、目指すものを手放さざるをえなくなった、その瞬
間の姿でした。

フィギュアスケートでいえば、女子シングルのメドベージェ
ワ選手。

ピカ一の表現力。右足のケガを抱えながら、跳んだジャンプ
はすべて加点が与えられる出来。それでも金メダルには届き
ませんでした。

キスアンドクライで涙を浮かべ、その得点を見つめていた彼
女。その時の心境はどんなだったか。

それは、インタビューする記者の立場なら、聞きたいところ
かもしれません。でも、答えなくてもいいと思うのです。簡
単に、言葉にはできないでしょう。


フィギュアに限らず、全ての競技で、さまざまな挑戦があり、
さまざまな「喪失感」が味わわれたはずです。

私個人が今回、特に印象に残ったのは、スノーボード女子の
スロープスタイル。

今回のコースは日によってかなりの強風が吹く場所にあるよ
うで、予選が悪天候で中止になり、全員が決勝を滑れるよう
になったのですが……

本来3本ずつ滑れるはずだったのが、人数が増えたため2本に
減らされてしまいました。

しかも、その決勝の日も、風が凄まじく……

突風にあおられるなどして転倒する選手が続出。

正確な数はわかりませんが、ざっと見たところ、半分か、そ
れを上回る程度のランで転倒が起きていました。

そして、一度転倒してしまうと、そのランは得点が伸びず、
メダル争いに絡むことはできなくなってしまうのです。

テレビで観ているこちら側も、思わず目をそむけたくなって
しまう痛恨の瞬間です。

この、4年に一度の大舞台に合わせてきついトレーニングも
積んできたでしょう。遠征費を稼ぐため仕事にも労力を割き、
好物のスイーツを我慢し、プライベートの時間を削り……

そうしてまで、目指してきたもの。

それが、ほんの一瞬の転倒でうしなわれてしまう。

なんて過酷な体験を、彼女たちはしているのだろう、そう思
いました。

でも、きっと……

彼女たちは、今回、三次元に生まれてくるにあたって、この
平昌五輪での体験を、予め組み込んできていたのではないで
しょうか。

「喪失感」とは、どんなものか。

それを味わい知るための、「大いなる源」の使者として。
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平昌五輪・カーリングを観て ~ 宇宙が「観たい」もの

2018-02-25 18:25:00 | スポーツ
平昌五輪のカーリング、全試合が終了しましたね。

日本代表の今大会を振り返れば……

男子チームはSC軽井沢が長野五輪以来、20年ぶりの出場を
果たしました。

惜しくも準決勝には進めなかったものの、金メダルの米国
チームを予選リーグでは8対2で破るなど、実力は世界の
トップと十分競えるレベルにあることを示しましたね。

私はカーリングの試合を生で観たことがない、テレビ観戦
専門のゆるゆるファンなのですが……

日本の男子は長野五輪以後、4大会続けて出場が叶わなか
ったことは知っていたので、今回の晴れ舞台には感激しま
した。

4人の持ち味がうまく融合し、チームとしての成熟度が高
まっているようです。

かつては、ひたすらクールで滅多に表情を崩さなかったス
キップの両角佑介選手が、近年時折見せるようになった温
和な笑みが、そのことを一層感じさせます。

今回、テレビで解説を担当された敦賀信人さんは、まさに
長野五輪で日本のスキップ(司令塔)を務めた方。

五輪の舞台で再び日本チームがプレーすることを待ち望ん
でおられたはずなので、きっと感慨も一入だったことでし
ょう。


そして……

女子のLS北見はなんと銅メダル獲得。

銀メダルは韓国で、メダルが二つもアジアにもたらされる
とは、驚きの結果でしたね。

私はラッキーなことに、教師の仕事が春休みに入ったので、
日本の試合はほぼ全て観られたのですが、特に熱を入れて
観たのが、準決勝の韓国戦でした。

もちろん日本人の視点では、日本に勝ってほしいという気持
ち(即ち我欲)があるのは当然ですが……

今回、これについて一つのチャレンジをしました。

日本、韓国のいずれの選手が放つショットも、すべて、どん
な結果になろうとOK。

そのままを受け容れるという、中立の立場から観ると決意し、
一投ごとにそういう意識でウォッチしてみたのです。

「宇宙は何が観たいのか」と問いかけながら。

そうしたら……

特別不思議なことが起こった……というわけではありません。

でも、一つひとつのショットが、より鮮やかに目の前に立ち
現れ、思わずそれに引き付けられたのです。

それが、どちらの側の選手の投げたものかということには全
く関りなく。

それは、今回の五輪のカーリングの試合の中で、いいえ、他
の全ての競技も含めた全ての中で、最も純粋に「観る」こと
のできた瞬間だったのかもしれません。

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平昌五輪・羽生結弦選手連覇への「プロセス」

2018-02-18 17:50:49 | スポーツ
平昌オリンピック、フィギュア男子シングルの羽生結弦選手、
五輪連覇を達成しましたね。

昨年11月のNHK杯の練習会場で右足を負傷し、復帰初戦が
オリンピックという、素人目に見ても恐ろしく過酷な条件
下だったのに……

こんなにも鮮やかに頂点に立ってしまうとは。

あまりにも見事で、何と言っていいやら。

もちろん、まずは、おめでとうございます、ですね。


今回の彼の負傷に、多くのファンは、2014 ~2015シーズン
のことを思い返したのではないでしょうか。

あの、ソチ五輪の翌シーズン、羽生選手はグランプリシリー
ズの練習会場で他の選手と衝突するというアクシデントがあ
りながら……

負傷をおして試合に出場、グランプリファイナルで優勝して
しまったのですよね。

このブログでも、ファイナル前の段階で、あの時彼が直面
していた課題についての記事を書いているのですが……
(羽生結弦選手の「新しい課題」、2014年11月30日)


魂の計画という観点から見ると、あのシーズンの課題は、
今回の五輪で彼が向き合った試練の、「予行演習」であっ
たのかもしれない、という気がします。

あの時のブログに、私はこう書きました。

彼は高みを求める志向が人一倍強い分、失敗した自分を責
め、否定するエネルギーを発してしまうだろう、と。

そういう自分を否定せず、そうでありながら、甘やかしも
せず、ただ、中心と一つになること。そのためのバランス感
覚が、求められているのだと。

果たして彼は、その難しい課題を乗り越えてみせたのです。

そして、あの経験があったからこそ、五輪連覇も成し遂げら
れたと言えるかもしれませんね。

おそらく、五輪連覇は、彼の今生の出来事として、予め計画
されていたことなのだと思われます。

でも、この計画において重要なのは、連覇することそのもの
より、そのプロセスだったのではないでしょうか。

昨年11月、右足を負傷してから平昌までのおよそ3ヵ月。
その間にどんな困難と向き合い、何を感じたのか。

彼自身が3次元の私たちに向かって、それら一つひとつを明
らかにすることはないでしょう。

でも、宇宙はそのすべてを知っています。

そして、私たち誰もが、それをシェアする機会を持ちえると
私は信じます。

宇宙の記憶の貯蔵庫を訪れる意志さえ、持ち続けるなら。
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浅田真央選手の「意図する強さ」

2017-04-11 18:11:35 | スポーツ
フィギュアスケートの浅田真央選手が、引退を決意したとの
こと。

昨夜、その一報を知り、ショックでした。

でも、真央さん自身、考えにかんがえて決めたことだと思う
ので、エールをおくりたいですね。

今シーズンは、体調が整わないこともあって、真央さんの
したいスケートが実現できていなかったかもしれないけれ
ど……

私から見れば、今期のプログラム(「リチュアル・ダンス」、
ファリャの『恋は魔術師』より)は、いままでで一番、大人
の女性としての真央さんを感じて、強く惹かれました。

試合の最終グループで、10代の選手たちと一緒に滑る姿は、
それをいっそう際立たせていましたっけ。

もちろん、若い世代の選手には、また違った魅力があると
思うのですが……

今の真央さんのスケートには、彼女がこれまで積み重ねて
きた経験の全てが洗練され凝縮されていると感じます。

たとえ表彰台には立てなくても、そんなこと問題じゃない
と言いたくなるほど、圧倒的な光彩を放つスケートをして
いたと思うのです。

あのスケートを、もっと観ていたかったなあ。

そして、もう一つ願いが叶うとしたら……

バンクーバー五輪のプログラム(SP:ハチャトゥリアンの
「仮面舞踏会」、フリー:ラフマニノフの「鐘」)を、現在
の真央さんが滑ったら、どうなるんだろう?

それが、観てみたいのです。

間違いなく、バンクーバーの時とは、まったく違ったものに
なるはずです。

成熟した大人の、今の真央さんに、もう一度あのプログラム
を演じてほしい。

ワガママな願いだとわかっているけれど、思わず書いてしま
いました。

真央さん、ごめんなさい。


私は今、真央さんにお礼が言いたいのです。

あなたのその強さ。

自分の思うことを成し遂げようと意図する、その強さを、
これまで何度となく見せてもらいました。

意図すれば、それが叶う。

あなたは、フィギュアスケートを通して、世界中の、いい
え、宇宙中の多くの存在に、そのことを教えてくれました。

そのことに感謝したいのです。

真央さん、ありがとう!

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カーリングの魅力 ~ 日本男子チーム平昌五輪出場決定に寄せて

2017-04-08 17:03:15 | スポーツ
カーリング男子のSC軽井沢チーム、平昌オリンピック
出場が決まりましたね。

おめでとうございます!

今回の世界選手権では惜しくも決勝トーナメント進出は
なりませんでしたが……

去年の同大会で4位に入ったのが決め手になりました。

オリンピック出場は、日本男子チームとしては20年ぶり
とのこと。

この前、日本男子が出場したのは、長野五輪だったの
ですね。

その時のスキップは、今大会の解説も務めていらっしゃ
る、敦賀信人さんでした。

実はこのブログでも、敦賀さんのことを取り上げた記事
があるのですが(2013年12月16日付、「敦賀信人選手
のキラメキ」)……

カーリングの大会がある時などは、この記事のアクセスが
急上昇するんですよ。

その記事の中に、生意気にも私は、長野五輪での敦賀さん
のこと(準々決勝をかけた米国との試合での様子)を書い
たのでした。

あの時、敦賀さんが経験したことが、20年をかけて日本の
カーリング界に根付き、芽をつけ、ついに花を開いたのでは
ないでしょうか。

五輪のカーリングで日本の男子チームがプレーしているの
が観たい、そう待ち望んでいたファンにとっては、何より
のプレゼントになりましたね。

でも、日本チームの活躍を観たいという思いだけではなく、
カーリングというスポーツ自体の魅力も、ファンを引き付け
てやみません。

私自身、実際にやってみたことも、生で観戦したこともない
ゆるゆるのファンに過ぎないのですが、テレビで試合の中継
があるときは、時間の許す限り観てしまいます。

今日も、世界選手権の決勝トーナメント、カナダ対スウェー
デンを観戦。レベルの高いチーム同士の対戦に何度もうなら
され……実に見ごたえがありました。

ストーンの位置わずか指1本の差を争い、アイスの状態を読み
つつ相手の動きを予測し戦術を組み立てていくさまは、まさに
氷上のチェスと呼ばれる独特の空気感があります。

そして、他の競技にはあまりないユニークな点だと感じるのは、
ジャッジの姿が中継の画面にほとんど現れないこと。

審判は、いないわけではないと思うのですが、画面にそれらし
き姿が登場するのは、ごくたまに、目測でははっきりしないス
トーンの位置をメジャーで計測するときだけのようです。

それ以外の場面では、選手自身によってゲームが進行されてい
くように見えます。(テレビ画面から見ているだけなので、も
し間違っていましたら、ぜひコメントをください。)

さらに、「コンシード」というのがあることも、独特ですね。

これは、得点差が大きくなり、最後までやっても、これはもう
逆転するのは無理だな、と思ったときに、自分たちから相手に
握手を求め、負けを認めて試合を終えることです。

ジャッジがいないことも、この「コンシード」も、実に紳士的
ではありませんか。

もし両チームの選手の間に信頼がなければ、とてもできないこ
とですね。

こういうところこそがカーリングの魅力だと、個人的には思い
ます。

これから私たちの周波数が変化していき、5次元、6次元に移行
することになったら、スポーツというものが存在し続けるのか
どうか、わかりませんが……

もし一部のスポーツが残るとしたら、その一つにカーリングが
入ることになるのでは……そんな想像を巡らせたりしています。


平昌オリンピックまで、あと一年を切りました。SC軽井沢チー
ムの活躍が、今から楽しみです。

昨年2月に光に帰還された小林宏さんも、きっと喜んでいらっ
しゃることでしょう。
(バンクーバー五輪での小林さんのカーリングの解説について、
このブログに記事あり。2010年2月28日付「バンクーバー五輪
に思う」)

小林さん、よかったですね!
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「弥栄(いやさか)日本」~ リオ五輪・シンクロ中継を観て

2016-08-20 21:04:35 | スポーツ
リオ五輪のシンクロ、日本は見事にデュエット、チームとも
銅メダルに輝きましたね。

昨夜はワクワク、ドキドキしながらライブ中継を観ていたの
ですが、日本チームらしい勢いと、ピンと張った脚が映えた、
すばらしい演技で……

最終結果が出た瞬間の選手の歓喜の表情とうれし涙は感動的
でした。

一日12時間もの厳しい練習の成果を、ほんの数分の本番に出す
ことができ、それが評価された充実感。

もちろん選手たち自身にしか味わえないものですが、見ている
こちらも思わずほろりときてしまいました。

日本チームには、「おめでとう!」と言ってあげたいです。
(伝えるすべはないけれど。)

それとともに、日本と銅メダルをかけて競い合って4位とな
ったウクライナのチームにも、拍手を送らずにはいられま
せん。

ダイナミックなリフトや独創性にあふれた演技、本当に見ご
たえがありました。

そして、金メダルのロシアの、驚くほど完成度の高い演技や、
中国チームの、伝統芸能(京劇?)をモチーフにした演技。

そのほか、出場した全8カ国のチームそれぞれが、自らの
特徴を生かした魅力的なプログラムを披露してくれて……

まさに、シンクロの真髄を堪能させてもらったひとときでした。

そのことに、心からお礼を言いたいと思います。

みなさん、ありがとう!


ところで、日本チームのテクニカル・ルーティンのテーマは
「弥栄(いやさか)日本」だったのですが……

この「弥栄」という言葉、気になった方もいるのでは?

そんなあなたにご紹介したい、こんな本があります。

Mana著『空(くう) 天翔ける歓喜の弥栄』(三楽舎)
(写真)

この本のテーマは、私たちの存在の本質を解き明かすこと、
と言っていいかもしれません。

「弥栄」という言葉は、それにまつわる重要なキーワードの
一つだと思われます。

今回、シンクロの日本チームを率いた井村コーチがこの本
からプログラムの着想を得られたのかどうか、それはわか
りませんが……

日本チームのあの生き生きと躍動する演技は、まさに「弥
栄」という言葉がぴったりくる、そう思ったのでした。
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フィギュア四大陸選手権を観て

2016-02-22 18:14:47 | スポーツ
フィギュアスケート ファンの皆さん、
四大陸選手権の中継はごらんになりましたか?

昨夜の男子フリー、見ごたえがありましたね。

優勝したパトリック・チャン選手の演技、これは映画かと
思うような見事さで……

心のアルバムにいつまでも残しておきたい、そんな気持ち
になりました。

金博洋選手の、まるで錐のように細い軸の4回転、あの
ジャンプの迫力にも圧倒されましたねえ。

今回はこの二人がトップツーとなり、SP2位から逆転を
目指した宇野選手は、4回転トーループが二本ともうまく
決まらず、表彰台に立つことはできませんでしたね。

個人的に宇野選手のファンの私、ロージーとしてはちょっ
と残念なところではありましたが……

宇野選手に限らず、試合に向けて全力を傾けて練習を積
み、調整してきた選手たち一人ひとりの演技を見せてもらう
のは、本当に心躍るひとときでした。

それがうれしい結果になろうと、うまくいかなかった悔しさを
噛みしめることになろうと……。

試合を終えた後のエキシビションは華やかで楽しいけれど、
実は私、あまり見ないんです。

なぜかと考えてみると、試合のあのピンとした空気と、選
手たちの感情の高ぶり、そういったものにひかれてしまう
んでしょうね。

スピリチュアルな意味では、そういう激しい感情を味わい
たいという欲求は、たぶん時代の流れには逆行するもの
なのでしょうが……

今の自分は、まだそういうことを求めているのかな。

今回の四大陸選手権を通してそう感じました。

それが悪いわけでは決してないけれど……

これから、この点がどうなっていくのか。

このまま続いていくのか、それとももっとニュートラルな
方向への転換があるのか。

どうなるんでしょうね。
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