Rolling 55

「転がる石は苔生さず」いつまでも、いつまでも転がり続け・・・
お池にハマって、さぁ大変!  by belage

木曽路① 「馬籠宿」(1)

2012年08月18日 16時35分32秒 | 国内旅行記

愚息の婚約者のご親戚にご挨拶し、大歓待を受けた翌日の早朝、木曽路は馬籠宿を
散策。

馬籠宿の入り口の道標の上にツバメが。まさに旅ツバメよろしく、石畳の続く宿場道を
のんびり散策となりました。

この坂が旧中山道。坂道を下ると馬籠城が。もっとも現在ではその痕跡は全くありません。
あの皇女和宮が徳川家に降嫁したときもこの道を通ったんでしょうね。本来なら東海道を
下がるべきであったのが、幕末の世情も険しい時代、警備上の問題もこれ在りで、中山道
を通らねばならなかったと。

この道をどんどん突き進むと京都です。

馬籠といえば思い浮かべるのが明治の文豪、島崎藤村。あの名作「夜明け前」の舞台で
藤村の実家は馬籠宿の本陣や庄屋を務めた名家の出自。明治14年に上京し、あの銀座
の泰明小学校に通ったことは有名。
島崎家の先祖は三浦半島の津久井家といいますから、その縁で晩年は湘南大磯で過ごした
のでしょうか。

こちらは島崎家の菩提寺、永昌寺。島崎家の先祖による1558年の創建。山号は西沢山。

 

島崎家の墓は二つあり。右側の新しい墓地に藤村の遺骨が納められていました。藤村の菩提寺は
大磯の地福寺に収められ、当寺には分骨であるそうな。

 

永昌寺山門前の地蔵群です。

木々の間から遠くに見える民家の辺りが旧馬籠城の在ったのではと思いますが、
今はその面影はありません。

 

(続く)

 

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ロンドン五輪が終わったらトンでもないことに

2012年08月18日 08時35分50秒 | 国際

(木曽路にて)

数日間のお休みの積りでありましたが、お盆の帰省ラッシュの往き帰りにもまれ
現地滞在時間より車の走行時間のほうが長かったんじゃないかと思うくらいの苦行・
難行となり、自宅に帰ったらぐったり。暫くはPCをあける気力がなくなりました。

もっとも、旅行前に2週間ぶっ続けで夜も寝ないで日本のメダルラッシュを応援
していた報いが出たような気もします(苦笑)

考えてみればお盆ラッシュに参加された殆どの皆さんも同じ状況でありましたで
しょうから、それにしては日本各地で大事故も起こさずで、日本人も元気だなぁと
感心することしきりであります。

東京に戻ればロンドン五輪の興奮を冷ますようなお隣のキムチ大統領のあの品性・
人格を疑わせるような言動の数々。そして、香港活動家の歩調を合わせたかのような
蛮行と、領土問題はロンドン五輪のようにクリアカットにスカッと解決とはいかない
ようです。

少なくとも、これで普段は「すきで~す」なんて変なイントネーションでなでしこ+
なでしこおば様達をめろめろにさせていたキムチタレントの本音・本質がお分かり
になったんじゃないでしょうか。

政治と文化経済は別物という人もいます。変にナショナリズムを煽る必要はないの
ですが、日本の象徴たる天皇に対してあれだけ失礼な暴言を吐いた大統領を抱く
国のタレントから日本のマスメディアやらCMで媚を見せられては堪りませぬ。
過去の経緯から分かるように今の日本の政権はキムチ国やらお隣の紅い国に
大して毅然とした態度なぞとることはとても期待できません。ボク等としては
せめて笑顔の後ろでぺろりと舌を出しているキムチタレントが出てくる画像は見ない
という意思表示が必要ではないでしょうか。

断っておきますが、政府のあの腰砕け状態やら、今のキムチ・フィーバーを続ける
日本の国民の態度は彼等を増長させるだけです。彼等の要求はもっと過激になり、
いずれ進退窮まる大衝突になる可能性が十分にあるでしょう。過去の歴史を振り
返って、文化だけで紛争が解決されたなんてことはありません。解決の必要条件で
あっても十分条件ではないのです。変な夢は捨てて現実を見据える必要が日本
には必要だと痛感する今日この頃です。

 

 

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