Rolling 55

「転がる石は苔生さず」いつまでも、いつまでも転がり続け・・・
お池にハマって、さぁ大変!  by belage

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横浜散策[19]  パシフィコ横浜

2011年09月13日 12時17分12秒 | 横浜散歩

夕方の横浜港。

あのヨットの帆を模したカタチのパシフィコ横浜のインター・コンチネンタル・ホテル
です。ここで一回泊ってみたいとは思うのですけど、横浜って我家から遠いようで、
近いようで。わざわざ泊りに来るのも何か抵抗があります(苦笑)

陸地側から見たヴューです。実はこちらから見るのは初めて。帆のカタチが裏から
見るとどうなっているのか確かめたくて。意外と当たり前の顔をしていました(苦笑)

インターコンの付属棟(画面左の建物)。このバルコニーのカタチが面白いです。
帽子のつばみたいに上に反ったように見えます。

「みなとみらい駅」。ランドマーク・タワーのアプローチと一体化されて、とてもおしゃれ。
この動線計画は日本の駅の中でもかなり秀逸ではないかしら。自然に駅のプラットホーム
と商業地区の行き来が出来るような気がします。

さて、山下町から始まって長いようで短い横浜散歩でした。また秋になったらお邪魔したい
です。

 

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横浜散策[18]  大観覧車「コスモクロック21」

2011年09月12日 12時29分30秒 | 横浜散歩

はは、これだとなんだか分かりませんよね。

ランドマーク・タワーに隣接する遊園地にある「コスモクロック21」。その名の
通りゴンドラを支える支柱が60本で秒針を表しているんだそうです。真中には
デジタルの時計が。

直径が100Mという巨大観覧車。ヨコハマのデートなら夜、暮れなずむ頃が最高
ですよ。

 

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横浜散策[17]  ランドマーク・タワー

2011年09月11日 12時54分03秒 | 横浜散歩

ご存知ヨコハマのランドマーク・タワー。すっかり横浜の顔に定着しました。
この再開発が始まる前に、こちらにあった会社さんには何回かお仕事でお邪魔したことが。
広大な敷地に大きな工場建屋が連なる姿は、もう記憶の底でぼんやりと。

このビルを見ていつも思うのですが、あのバベルの搭を思い出します。旧約聖書の「創世記」
に登場する(空想の)搭であるそうですが。人間はその頃からより高く建物を建てたいという
欲求があったようです。バベルの塔は煉瓦とアスファルトで出来ていたと言われており、当時
の建築工法等の技術革新があったことを窺わせます。

この横浜のランドマーク・タワーもそういう意味で新しい設計思想の耐震設計が採りいれられ
こういう搭状の高層ビルが可能になったと聞いています。
なんやら世界の建築の万博会場の趣を持つに至った、あの中東のドバイでは、現在高さ1km
の超々高層ビルが建設されるとのこと。地震国日本ではまず考えられませんが。出来たら
行くかなぁ、やっぱりちょっと怖い気がしますねぇ、屋上まで行くのは(苦笑)

1990年着工で1993年竣工。基本設計はヒュー・スタビンス(米)。実施設計は三菱地所。
70階建て、高さ296.33M。
商業コンプレックスビルとしては日本一の高さです。

 

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横浜散策[16]  関内から馬車道③ 「神奈川県立歴史博物館」

2011年09月10日 20時11分59秒 | 横浜散歩

いやぁ、素晴らしい建物です。この姿に思わず立ち止り暫し佇んでおりました。
パリに行かずとも横浜で十分かも(笑)

前回の旧富士銀行横浜支店から目と鼻の先。同じ馬車道にあります。
これも旧横浜正金銀行本店。その後は東京銀行に名前を変えましたが。その
東京銀行も今は名前がありません。海外駐在の時は本当にお世話になり
ました。

本邦銀行は日本企業の多い海外都市のサービスはやってくれるんですけど、
世界の中のローカルな都市では商売にならんのですよね。ボクが海外駐在
の頃は、それこそガラパゴスで内弁慶でありましたから。そういう意味で、横浜
という世界のゲイト・ウエィの立地に発祥したこの銀行は一味違いましたね。

グローバル化と言われて久しいですが、今や長引くデフレ・スパイラルの日本。国民
はグローバル化どころか、ますます埋没しちゃうんじゃないかと心配しますが。頑張れ
ニッポン!若者よ、書を捨てなくていいから海の外に出でよ!

本建物は横浜正金銀行本店として1900年(明治33年)に着工し、1904年に完成。
設計は妻木頼黄。横浜正金銀行はその後東京銀行に改組されたが、東京銀行も
そのまま本店として利用。後に同行横浜支店となる。

尚、この素晴らしいドームは関東大震災で焼失したが、1967年(昭和42年)には
現在のこの姿に復元されている。現在は神奈川県立歴史博物館として利用されて
いる。尚、本建物は国の重要文化財に指定されています。

馬が嘶いてます。今日はホントに歩きました。魅力的な街を歩くと疲れ知らずで。
さて、遠くに霞むランドマークの辺りを徘徊して今日の〆にしましょう(笑)

 

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横浜散策[15]  関内から馬車道② 「旧富士銀行横浜支店」

2011年09月09日 21時37分23秒 | 横浜散歩

馬車道の本町通側入り口に建つこの建物。旧富士銀行横浜支店。もっと前には
旧安田銀行横浜支店でありました。

設計は安田銀行営繕部。竣工は1929年です。

この入口の看板には何となんと「東京芸術大学」の文字が。えっ、上野の芸大の支店が
横浜に出来たんだとびっくり。元銀行の建物に入っているとは!一体どんな経緯で大学
になったのか、そちらにも興味がありますが(笑)

芸大が総合芸術大学として進化する過程で、「映像研究科」を新設。その際にキャンパス
を横浜に求めたようですね。この建物には大学院映像研究科がはいっているそうです。
そう言えばたけしが芸大の映像研究科の教授になっていたんではないかしら。

 

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横浜散策[14] 関内から馬車道① 「三井物産横浜支店」

2011年09月08日 12時31分06秒 | 横浜散歩

綺麗なフォルムを見せているこの建物。日本の建築技術史の重要な文化財
であります。

設計は遠藤於莵(えんどうおと 1866-1943)で、木曽福島の出身。東京大学
(当時は帝大工科大学校)にて建築を学ぶ。卒業後神奈川県技師、横浜正金銀行
技師を経て設計事務所を開設し活動。

当時未だ日本には鉄筋コンクリート技術の萌芽期で、その技術開発に腐心。
1910年この建物に隣接する三井物産横浜支店倉庫で屋根、支柱に日本で初めて
RC(鉄筋コンクリート)構造を採用し、竣工させる。尚、本建築は壁はレンガ、床は
木造。

そして翌年1911年日本で初めてのオールRCの本建物を竣工させた。これが
日本でのRC構造の建物の魁となる。本建物と倉庫は関東大震災の被害も全く
受けずで当時のまま現存している。

 

裏口に掲げられていた看板。相当な年代物ですね。

 

石張りの玄関。かなり重厚な趣が。ガラスブロックはこの当時流行りでありました、

そぞろ歩きでこんな素敵な建物に出会えるのが、横浜散策のいいところです。

 

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横浜散策[13] 横浜港大桟橋

2011年09月06日 11時55分43秒 | 横浜散歩

山下公園から大桟橋へ。

おお、ちょうど郵船の飛鳥IIが帰港していました。凄い船ですね。一時
これに乗って世界一周が夢でありましたが、もうちょっと無理かなぁ。
若い頃の夢は叶う、叶えるもの。年とっての夢は叶わぬもの、なん
ちゃって。でも、カトちゃんがあんな年齢格差婚出来るんだから夢は
捨てちゃいけません(関係ないか 爆)

おお、飛鳥の向こうにランドマークやらパシフィコの姿が。ん~ん、「ヨコハマ」ですねぇ。

この大桟橋のボードウォークは歩くととても気持ちが良いのですが、画面左側はすり鉢
の底ようになっていて。つい数週間前には神助命のおバカキャラタレントがそこでサイン会
だかやって、熱中症で大騒ぎした場所です。

この下にも行きましたが、風が全く通らずでボク等は早々に退散しましたが。炎天下で
こんなところに何時間も待機させる主催者の知恵のなさには驚愕します。

 

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横浜散策[12]  山下公園とか

2011年09月05日 11時50分18秒 | 横浜散歩

歩き疲れたらやはりこちら、元町まで戻り中華街で遅めの昼食。最近は
ランチタイムのサービスランチが3時くらいまで延長してやってくれている
ので有難いです。いつものお店にぎりぎり飛び込んで。一番安いランチ
を頼み、生、生の大合唱。

蒸し暑い中ジョッキの一気飲み、あはは、生き返ります。

それにしても平日の時間を外した頃でもこの込みよう。人気が高いですね。

腹ごなしに再び散策。山下公園に出て、氷川丸を拝んで。

前にも御紹介した「Blue」というお土産屋さんのディスプレイ。結構お気に入りで
ここへ来ると毎回撮影してます(笑)

中華街で結構飲み食いしたので、もう暫く散歩を続けます。でないとまた体重が
(笑)

 

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横浜散策[11]  三渓園⑥ 「旧東慶寺仏殿」他

2011年09月04日 17時27分26秒 | 横浜散歩

こちらの建物は江戸時代初期の作品とされるもので、鎌倉の東慶寺にあったもの。
1907年(昭和40年)に移築されたものだそうです。
檜皮葺(ひわだぶき)の屋根の「むくり」がなんとも美しい。こちらも手前のモミジの
木とのバランスが絶妙です。

こちらは「旧燈明寺本堂」。室町時代の建築と言われています。1988年(昭和62年)に
移築されました。

外人の観光客が熱心に中を覗かれていましたが、驚いたのはJTBのバスツアーで
大勢の外人観光客が来られていたこと。こちらのお二人はフランスから来たとか。日本の
古来の建築物を見学するには格好の場所かも知れませんね。意外と日本人より外国の
方の方がこの場所を知っていたりして。

本堂の中にはご本尊様が。

園内の小高い丘には三重塔が。これも旧燈明寺の三重塔。1457年(康正3年)の建築。
当園には1914年(大正3年)に移築されました。

小雨降る中でありましたため、早足の見学となってしまいました。それにしても個人で
これだけの建築物を収集したというのはなんとも奇跡的。単に金にあかせてではここ
まで出来ません。三渓自身が古美術、古建築に造詣が深かったことで、こうした偉業
が出来たんでしょうね。

更に彼の素晴らしいところは、この造園に長い年月がかかっていますが、なんと明治
39年から一般にも公開していたこと。日本画壇の新鋭を育むだけでなく日本の伝統
美術を庶民にも公開していたというこの行為には頭が下がります。

久々に目の保養をさせて貰いました。原三渓翁に感謝しながら、三渓園を後にして。

 

(因みにご紹介した建物は全て国の重要文化財に指定されています)

(この項おしまい)

 

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横浜散策[10]  三渓園⑤ 「旧矢箆原家住宅」

2011年09月03日 12時16分24秒 | 横浜散歩

妻側から見た建物。正面からですとボクのカメラではとても納まり切らないでっかい
合掌造りの建屋。なんと白川郷にあったものをダム建設により水没する難を逃れる

ために当地に曳き屋されたもの。1960年(昭和35年)移築。

  

この家の持ち主は岩瀬佐助さんと言う方。飛騨三長者の一人であったそうな。                                           

この欄間を見てびっくり。なんてモダンなんでしょう。



右には櫂。左には錨を配して。佐助さんはもしかして海の人だったのか!

なんだかこの家の主のロマンを物語っているようで。

こちらには扇子が。これ欄間ですよ!細かい芸ですね。現代でも十分通じるポップな
意匠ですよ。いやはや温故知新といいますが、参りました。

 

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横浜散策[9]  三渓園④ お茶なぞをたしなんでみる

2011年09月03日 08時13分41秒 | 横浜散歩

三渓記念館で三渓始め明治・大正・昭和の日本画の大家の作品を堪能。
同館にある喫茶部で抹茶の馳走と相成りました。

最近、奥様もお茶を立ててくれることが滅多になく、すっかり作法なぞ忘れて
おりましたが。

  

このお菓子、実はふたつあるんですが、ひとつはさっとバッグにしまって。奥様への
今日のお土産(笑)園内にある三重塔の刻印があるお菓子です。

歩き疲れた喉にとても優しい上手なお手前で満足満足。

さて、引き続き園内散策に参りましょう。

 

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横浜散歩[8]: 三渓園③

2011年09月02日 12時17分21秒 | 横浜散歩

「天授院」。そもそもは鎌倉建長寺そばの心平寺の地蔵堂です。1651年(慶安4年)
の建築物。落ち着いたまさに心休まる佇まいです。この前面に植えられているモミジが
いいですね。秋には又訪れてみたいです。

三渓はこの建物を原家の持仏堂として使っていました。

山間にぽつりと配されたこの建物。窓の白がなんとも素敵。一瞬、銀閣寺かと
見まごうような雰囲気。

「聴秋閣」。1623年(元和9年)の建築。江戸時代の佐久間将監(しょうげん)の作とも
伝えられて。佐久間将監と言えば小堀遠州とも並び称される作庭の巨匠。

まぁ、見事な作品です。ほれぼれとしちゃいます。この三渓園で一番好きな建物かな。

「春草廬」。これがなんと織田有楽斎(うらくさい)の作品だそうです。歴史で戦国史を
辿れば必ずぶつかる人物。日本の文化(特に茶道)で千利休と並び称される巨人。
信長の実弟。建設時期は不明。

東京の有楽町は彼の名前から採ったもの。残念ながら有楽斎が有楽町のあの地に
住んだ形跡はなさそうです。因みに大阪には昔「有楽町(うらくまち)」というのが
実在したんですってね。こちらは実際に有楽斎が住んでいたそうですが、残念ながら
区画整理で元の町名はなくなっているそうです。

「聴秋閣」「春草廬」ともに貸出施設となっているため、外観だけの見学となりました。
中も観てみたいですね。

 

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横浜散歩[7]:三渓園②

2011年09月01日 13時10分29秒 | 横浜散歩

こちらは原三渓が1902年(明治35年)に建てた自宅の門。「鶴翔閣」と呼ばれています。
彼の居宅はこの三渓園の基となった建物です。現在は貸出施設となっているため、見学
は出来ませんでした。

前号でご紹介した通り原三渓は明治の豪商で明治期に生糸の貿易で財を成した人物。
出自は岐阜県。本名は原富太郎。1885年東京専門学校(現早稲田大学)に入学し
経済・政治を学び、卒業後跡見女学校の助教授となり、教え子の原善三郎の孫娘と
結婚して原姓となる。商才があったんでしょうね、個人商店であった原家を合名会社に
改組して、生糸貿易を始めて財をなしました。彼の交友の中には渋沢栄一始め、三井物産
の大番頭の益田孝、山縣有朋、團琢磨等綺羅星の如き人たちが。

原三渓は美術に造詣が深く、所謂パトロンとしてこの鶴翔閣に当時の画壇の俊才、
横山大観、下村観山等その後の巨匠を招き入れ、この地で援助をしていました。

彼は若くして茶人として造詣が深かったこともありますが、一方商才にも秀でて生糸貿易
だけでなく、富岡製糸工場を所有し、横浜興信銀行(後の横浜銀行)の頭取を務めたり
と多才でありました。

特筆すべきはあの関東大震災の後、彼は横浜復興に力を注ぎ、横浜市復興会の会長を
務め私財を投げうってこれを成したと言います。そのため稼業が左前となり、さしもの大財閥
も現在では知る人もなく、この横浜の彼の居宅であった「三渓園」に彼の名を留めるだけと
なっています。

あの頓珍菅と言われた某国の総理には福島原発の視察大旅行に行かれるより、当地に
来られ、明治の英雄の覚悟を知られた方が良かったと思うのですが。千葉の「どぜう」こと、
タヌキのとうさんにも是非早稲田の大先輩、原三渓のこの生涯は見習って欲しいものです。

「臨春閣」。豊臣秀吉の聚楽第の遺構とも伝えられた時代があったようです。
後の調査で紀州徳川の別荘「巌出御殿」の可能性が強いようです。

数寄屋造りの素晴らしい建物ですね。内部には複製ですが狩野派の画が。本物は
この敷地の記念館で見られます。

横浜の山裾に。雨にけぶる姿がなんともこの建物に相応しいような。

門には天女の姿のレリーフが。

尚、紀州家と言えば徳川吉宗。彼も幼年期にはこの建物で育ったようです。

 

 

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横浜散歩[6]: 三渓園① ハスの花

2011年08月30日 07時45分02秒 | 横浜散歩

ちょっと前の話で恐縮です(今ハスは終わっているんじゃないかと思います)。
横浜散策は山下町ー元町から山手に向かい、ここ三渓園に。恥ずかしながらボクは
この名園に来るのは初めて。

公園入り口を入ると季節柄沢山のハスが迎えてくれて。生憎の雨模様の中の撮影
でしたが、この花のお蔭で周りの風景もボクもすっかり明るくなって。

 

 

ここ三渓園は面積約5万坪強に及ぶ大庭園。その中に明治の豪商原三渓の自宅を
はじめ、彼が趣味で京都・奈良から移築した名建築の数々が点在するという、私人
の邸宅として稀に見る傑作です。

次回以降その建物を中心にこの公園のご紹介を。

 

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横浜散歩[5]: 山手西洋館「エリスマン邸」

2011年08月29日 07時44分10秒 | 横浜散歩

既述の「べーリックホール」から元町方面に坂道を暫く降りて行くと、この
瀟洒な木造住宅が緑の木立の中に現れます。

この建物はカメラや時計好きの方はご存知かと思いますが、あのスイスの生糸貿易商社
シーベルヘグナー商会のエリスマン氏の邸宅であります。竣工は大正15年(1926年)で
もともとは山下町にありましたが、1990年に元町公園のこの地に移設されています。

一階は羽目板張り、二階は下見板張りという縦と横という切り返しのある不思議なテイスト
の建物です。

設計はなんとあのフランク・ロイド・ライトの直系の弟子とも言えるアントニン・レーモンド。
彼はライトが設計した帝国ホテルの設計助手として1919年に来日。1922年には独立
してレーモンド設計事務所を創設し、日本の建築史に燦然と輝く歴史を残しています。

一階の喫茶部から見下ろした元町公園の鬱蒼とした木々。

快く撮影を許してくれたお店の方に感謝です。何も注文せずですんません(ぺこりん)

 

 

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