10月7日(ブルームバーグ):日本銀行が「2年で2%」の物価目標を実現するというコミットメント(公約)を掲げていることについて、最高意思決定機関である政策委員会メンバーの大半が近い将来、修正が必要になると考えていることが関係者への取材で明らかになった。
日銀は2013年4月4日、消費者物価の前年比上昇率2%の物価安定の目標を「2年程度の期間を念頭に置いて」できるだけ早期に実現すると表明。マネタリーベース残高や長期国債の保有額を2年で2倍に増やす量的・質的金融緩和を導入した。
関係者によると、政策委員の大半は2年の期限にこだわらない姿勢を示しており、2年の達成期限を先延ばしする方向で修正する可能性が強まっている。原油価格が大きく下げているため、目先の物価上昇ペースが鈍る可能性があることに加え、円安に対する批判が強まる中、追加緩和に踏み切れば円安をさらに加速させかねないことが背景にある。
マネタリーベース残高見通しを今年末までしか示していないことへの批判があるため、早ければこれと合わせて年内に、遅くとも、量的・質的緩和導入から2年が経つ来年春までに修正を行う公算が大きい。
黒田東彦総裁は3日の衆院予算委員会で、「2年で2%」を達成する考えに変わりはないかと問われ、「変わってない」と明言した。日銀は人々や市場の期待に働きかける姿勢を重視してきただけに、2年の期限を延期すれば、金融政策に対する信認に影響を与える可能性がある。
「安定的に持続」も明確化へ
日銀は量的・質的緩和について、2%の物価目標が「安定的に持続するために必要な時点まで継続する」というもう1つのコミットメントを掲げている。関係者によると、「安定的に持続」という条件を明確化し、同政策の継続方針をより強める方向で修正することも検討する。
9人の政策委員会の中には、量的・質的緩和の長期継続に否定的な委員も複数存在するため、より長期の継続を前提とする修正案については票が分かれる可能性が高い。
元日銀副総裁の武藤敏郎大和総研理事長は1日のインタビューで、2年で2%の物価目標の達成は困難だと指摘。その上で、日銀は追加緩和に踏み切るという選択肢のほかに、「少し時間はかかるが、ある程度時間軸を長くとれば2%に向かうと想定されるのであれば、2%の目標は降ろさず、達成期限を少し延ばすことも1つの判断だ」と述べた。
同じく元日銀副総裁の岩田一政日本経済研究センター理事長も先月19日のインタビューで、2%の物価目標を達成するのに「2年という期間は短過ぎる」と指摘。日銀は5年程度の中期的な目標に修正すべきだという見解を示した。
武藤氏は「達成期限を先延ばしすれば、批判的なことを言う人はいるだろうが、現実に対応していくのが政策であり、理想論だけで政策は打てない」と言明。「市場を納得させる努力は必要だが、それをうまくやりながら軟着陸していくということではないか」と言う。
根強い追加緩和観測
日銀は現在、消費者物価指数(生鮮食品を除くコアCPI、消費税の影響除く)前年比上昇率が「15年度を中心とする期間に2%程度に達する可能性が高い」としている。しかし、ブルームバーグ・ニュースが9月26日から10月1日にかけて行った調査で、エコノミスト33人中29人はこうした見通しは実現しないと答えている。
黒田総裁は先月11日、官邸で安倍晋三首相と会談し、「仮に目標達成に困難をきたす状況が出てくれば、躊躇(ちゅうちゅ)なく、追加緩和であろうと何であろうと政策調整を行う用意がある」と述べた。
みずほ証券の上野泰也チーフマーケットエコノミストは「日銀の景気・物価シナリオは現実とのギャップが目立ち始めている」と指摘。「一種のお約束事として、追加緩和が避けられない」と言う。ニッセイ基礎研究所の矢嶋康次チーフエコノミストも「来年1月には日銀の物価見通しと実態が乖離(かいり)し、物価目標が達成困難であること明らかとなり、追加緩和を決定する可能性が高い」とみる。
早めに動く可能性も
一方、JPモルガン証券の菅野雅明チーフエコノミストは、15年度中の2%達成が困難になれば、年明け後、「日銀は何らかの対応が必要になるだろう」とした上で、追加緩和も1つの選択肢だが、「円安・株高が進み、景気の先行き見通しも悪くない場合には、単なる『2%物価達成目標時期の延長』もあり得る」と言う。
農林中金総合研究所の南武志主席研究員は「日銀の想定を下振れる可能性が高まれば、追加緩和か、あるいは『2年で2%』という目標の変更を迫られるだろう」と指摘。タイミングとしては「早めに動く可能性もある」とみる。
関係者によると、日銀が追加緩和に消極的になっている背景には、円安に対する批判が高まっていることも背景にある。野村証券の松沢中チーフストラテジストは「円安に対して国民から待ったがかかり始めており、政府も容易に日銀には緩和要求をしづらくなった」と言う。
強まる量的・質的緩和の弊害
BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは「円安でも実質輸出がほとんど増えない一方で、家計の実質購買力は低迷しており、円安はデメリットの方が大きくなっている」と指摘。「マネタリーベース目標達成のため、日銀がマイナスの実効金利で短期国債を買わざるを得なくなっていることが、ここに来てさらなる円安を助長しており、量的・質的緩和の弊害は日増しに大きくなっている」と語る。
東短リサーチの加藤出チーフエコノミストは「追加緩和策の必要性は、日銀のコミットメントの辻褄(つじつま)をどう合わせるか、という問題に帰着する。弊害が多い追加緩和を行うよりも、コミットメントを微妙にずらしていく方が日本経済にとっては良い」としている。