彩彩日記 作詞家/シンガーソングライター 大塚利恵のブログ

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【イスラエル・パレスチナ旅行記12】難民キャンプツアーへ/分断の壁にアートを描く/バンクシー買っちゃった

2020-05-29 08:00:57 | 
★★★だんなと二人での自由旅行。エルサレム在住の内藤さん宅に数泊させていただきつつ、イスラエル・パレスチナを旅した12日間の記録です。★★★

2019年11月1日(金)-2

旅行記、ものすごく間が空いてしまいました。
もう半年が経ってしまったなんて!
あのタイミングで旅できたことが、夢のようです。

さて、淡々と旅行記を進めていきます。
朝食後、ホテルのチェックアウトを済ませました。
チェックインの時と同じく、部屋にあるアートを全部リストに沿ってチェックされ、無事okをもらってからのチェックアウト(ドキドキ)。

10時〜Walled off hotelの「Local Walking Tour」に参加のため、ロビーで待機です。
このツアーは、一日2回開催。宿泊客のほとんどが参加するという、人気のツアー。
アイーダ難民キャンプの中を、キャンプ出身のガイドさんが案内してくれるんです。一人3000円くらいだったかな。
朝食の時から、日本人かな?と気になっていた方も一緒でした。この旅で初めて出会った日本人観光客。
私たちが日本語でワーワー喋っているのを聞いて、話しかけてくれました。
アラブ各国を中心に、一人で世界中を旅しているということでしたが、なんと、イスラエル入国時に初めてロストバゲージに見舞われたのだそう。
問い合わせてもなかなか荷物が発見されず、小さな手荷物だけで動いているとのことでした。その後、見つかったかなー?
でも、旅慣れている人はすごいですね。スーツケースが無くなってもいいように、最低限のものは手荷物に入れているし、動揺もなくて。
彼女とは、後日たまたまエルサレム旧市街のレストランで食事していた時にも再会しました。(また、私たちがガツガツ食べているところを発見して声をかけてくれたのでした。)
またご縁があれば会えるかな。

関係ないけど、昔イギリスを一人旅したとき、東京から出張で来ていたリーバイスのアメリカ人デザイナーさんと出会い、後日、田園都市線のホームで偶然の再会を果たしたことがありました。
ロンドンで21時頃(まだ明るかった)腹ぺこでフラフラしていたところ、声をかけてもらって、出張費でインドカレーをご馳走になり(笑)、ロンドンの旬のセレクトショップを教わったりして、とてもありがたかった。今も日本に住んでいるのかなあ。
SKYさんという紳士な男性でした。もしどなたかご存知でしたら情報下さい!

旅の出会い、楽しいですよね。
9.11前の話なんで、今はもっともっと警戒が必要でしょうけど。

さて、ツアーのガイドさん(赤いチェックのシャツの方。アイーダではない難民キャンプ出身とのことでした。)は終始、熱弁をふるって案内してくださいました。
キャンプに入る前のトークだけでも、一時間くらいあったかな。
照りつける日差しの元、もう、伝えたいことが溢れ出てくるといった感じでした。

上に描かれているのが、バンクシーの有名な天使。壁をこじ開けようとしてます。


ガイドさんは、「自分たち当事者が伝えるには限度がある。皆さんに、見たもの聞いたことをどんどん発信してほしい、伝えてほしい。」と繰り返しおっしゃっていました。
それから彼が一番繰り返し言っていたのは、「みんな同じ人間だ。」ということ。
理不尽な目にあったことのないパレスチナ人はいない。
でも、イスラエルをただ責めたいわけじゃないんですよね。そこをわかってほしいと。

これはホテル前の分断の壁の、監視塔。

壁に沿って、歩いて行きます。


こちらは、分断の壁に沿って歩きながら、難民キャンプの中へ向かう途中の映像。礼拝の歌がとても美しく響いていました。なんとなく撮っただけだったけど、繰り返し聞いてしまう。
時空を超えてしまうような、、なんていう声!
パレスチナ Local Walking Tour

これは、パレスチナ人の墓地に投げ入れられたゴミ。
イスラエル兵のランチボックスなのだそう。


もちろん、すべてのイスラエル兵がこういうことするとは思わないんですけど、とても残念な気持ちになりました。
相手が同じ人間だと思っていたら、ゴミを投げ入れたり、家や畑を奪ったり、生活要路に分断の壁を建てて困らせたりすることは、どんな理屈があろうともできないんじゃないかな。

墓地の脇には有刺鉄線。イスラエル兵の姿も見られましたが、写真は撮れませんでした。


アイーダ難民キャンプのシンボル、鍵の門が見えてきました。


門のすぐ脇の、学校?
子供達がちょうど出てきたところに遭遇。
「F○ck you!」と元気よく叫んできた子(どこにでも一人はいるんだな笑)に、だんなが「おいおい、あかんでそりゃー」と注意していました。ちゃんと注意するの大事ね。でも関西弁通じたかしら。




まず、難民キャンプって、いわゆるキャンプを想像してしまうのだけど、こちらでは、今は普通に建物にみなさん住んでいらっしゃいます。
ただ、改築や増築はイスラエルによって禁止されていて、狭いところにギュウギュウで住んでいたりするそうです。
家族が増えても、どうしようもないんですものね。
それ以上に、ある日突然ブルドーザーで家が破壊されたり、土地が奪われることもあるって、想像を絶します。
人権が、何よりも先に守られるべきなのでは。


Aida youth center屋上からの眺め。
建物の上の、黒いタンクが目につきますよね。
これは水のタンク。水がいつ止まるかわからないのでこれがあるそう。売買もされているそうで。
生命にとって一番大切な水まで、イスラエルに握られているんですね。
黒いタンクがあればそれはパレスチナ人の建物。
そうでないのはイスラエル人入植者の居住地。と、すぐ見分けられるということ。
また、centerの脇にも、たくさんの銃弾の跡が。
信じられないような、信じたくないような気持ちで、静かな風景を長い時間眺めていました。


centerのすぐ隣の小径には、現地アーティストのお店が。
親子で焼夷弾の残骸を拾い集めて、お父さんがそれを材料にアートを作っているそうです。


この作品と、古いパレスチナ硬貨を1つずつ購入しました。


こっちは、バンクシーホテルのミュージアムショップで買った本物のバンクシー作品。
バンクシーは、無駄に高い値をつけないアーティストなので、私でも手の届くお値段でした。(ちょっと思い切ったけど。)
これもパレスチナ支援の気持ち。2作品、うちに並べて飾っています。


そしてcenterで買ったアート。もう、偽バンクシーでも完成度イマイチでもいいんです。
ここでこれを買うことが大事だ!と。

ステッカーも購入。


こちらはアートショップの隣の、おしゃれなカフェ。



アイーダ難民キャンプで殺害された、子供たちの名前が刻まれています。
あの鍵の門のそばでも、15歳の少年が突然撃ち殺されたと聞きました。(年齢とか詳細は記憶があやふやなのだけど、確かそう言ってた。)
理由も何もなく、です。ただただ悲しい。


また墓地を通って、壁のアートを眺めながら帰ります。


こういう、道に立っている壁は、スナイパーが隠れたりするのにも使うのだとか!




気づけば3時間超のツアーでした。何時に終わるかは、決めていないのだそうです。

バンクシーホテルのピアノバーでランチ。パレスチナでは、ここでしか食べてない。美味しいからいいのだけど。
テラスで、分断の壁を眺めながらのアフタヌーンティーセット。


そしてホテルのミュージアムとギャラリーへ(宿泊者無料)。発表の場が少ないという、パレスチナのアーティストの作品もたくさん見ることができました。
バンクシーは、彼らが作品を発表する場を増やしているんですね。

さらに、併設の「Wall mart」で、分断の壁に自分の描きたいアートを描くWS(70シェケル=2000円くらい)を体験しました。
監視塔の真下に描きましたよ!
Walled off hotel 分断の壁にアートを描くWS

このWSについては事前に全く情報がなくて、現地で知りました。
親切な店員さんがレクチャーしてくれます。
好きなロゴを決めて、紙を切り抜き、スプレーを持って、分断の壁へGo!
あとはご自由にという感じです。
バンクシー本人のアートのところだけ避けるように言われますが、基本的にどこに描いてもokだそう。脚立も貸してもらえるみたい。
私たちは、「Worldshift」のロゴをダウンロードして使用しました。
誰かが空欄に言葉を書き入れられるように空けておいたけど、書き入れてもらえたかな。
WAR→PEACEな世界へ、変わっていきますように。
パレスチナに行って、私たちのアートを見つけた方はぜひ、教えてくださいね。


時間がなくなり、生誕教会などの超メジャーなベツレヘム観光は断念。
一番行きたかった場所の一つではあったのだけど、ツアーが予想以上のボリュームだったのと、だんながどうしてもどうしてもアートWSをしたいというので、涙を飲んで我慢。
また、必ずパレスチナに戻ってくることを心に誓いました。


バンクシーホテルのレセプション。「Rejection」(拒絶)になってるのが強烈な皮肉。
でもホテルのスタッフ(パレスチナ人)はみんなとても親切です。
バンクシーは、このホテルを建てることで世界にメッセージを投げかけると同時に、ここに雇用も生み出したんですね。


夕方、エルサレムへ戻るため、20分ほど歩き、チェックポイント(イスラエルとの間の検問所)へ。暑かった。。
パレスチナに入る時は、タクシーで検問所を避けてもらったので、これが初めての検問所。
しかも歩きで、という貴重な機会。
チェックポイントは、不安になるくらい空いていました。
本当に誰もいないので、どこから入っていいのかわからずキョロキョロしていると、慣れた感じの家族連れがちょうどやってきて、親切に教えてくださいました。
女性のイスラエル兵に、パスポートをチェックされました。


エルサレム側に出たところで、バス停を探しますが、「シャバットだからバスはやってないよ!」とタクシーの客引きがしつこかったので、内藤さんに電話で確認。
「アラブバスは動いてるはずだよ〜」と言われてほっとし、電話を切るとすぐにバスがやってきました。

アラブバスの中。すっごい暗い。なぜかミッキーとミニーがいるのがとてもシュールだった。
次どこで止まるのか全く見当もつかないので、地図とにらめっこでした。


そう、この日は金曜日。
金曜14時くらい〜土曜にかけては、ユダヤ教の安息日(シャバット)で、交通機関もお店もほとんど休みになってしまうんです。
アラブバスなら(宗教が違うので)動いているというわけです。

バスを降りると、正装した超正統派ユダヤの人たちをたくさん見かけました。
シャバットの日は電化製品のスイッチも触らないという彼らですが、みんなで礼拝に行った帰りだったのかな。
最近は、超正統派の人たちの間でコロナのクラスターが頻発して、日本でも結構報道されていましたね。
イタリアなどでも多くの宗教指導者が亡くなったということもありましたが、新型ウイルスにより、宗教の在り方についてもとても考えさせられました。


これは、バンクシーホテルの部屋に置いてあったチョコレートと、帰りにもらったキャンディーです。
もったいなくて食べそびれてしまいました。もう流石に無理かな。美味しそうだったんだけどな。


このあとは、エルサレム旧市街、死海、マサダの要塞、などなど。
まだまだ続きます。よろしければお付き合いください。

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