『DISCOVER the 90's”第9弾アーティストとして、”大塚利恵”のサブスク全曲配信』
を記念して、オリジナルソングの歌詞と解説を、一曲ずつご紹介しています♫
vol.8は、1st.Album「Oh Dear」(98年11月21日リリース)のタイトル曲「Oh Dear」。
INAX「かべ美人」のTVCMソングになったので、99年リリースの4th.Maxi Single「東京」にも、カップリング収録されました。
Oh,Dear
作詞作曲歌ピアノ:大塚利恵
Oh Dear 僕は
真面目すぎて
石の家を砕いてしまった
Oh Dear 僕は
知らなかった
あたたかい石もあるということ
Oh Dear もしも
家の中に
僕の好きな花が咲いてたら
Oh Dear それを
知っていたら
花を摘むことさえしなかったのに
ほら 何もしなくても暮れてゆく
今日も明日も
溶けていく 僕がしたこと
数え切れないほど
Oh Dear もしも
僕があのとき
石の家を壊さなかったら
Oh Dear 君は
そこに 今も
何も変わらず住んでいたのかな
ねぇ 素直になるほど
許せないことが増えるね
ひとつだけ願ってること
愛をなくさないこと
僕たちは 愛のかたちを
探しているから 深く傷つく
忘れたい 忘れ切れない
日々を抱えて歩いている
Oh Dear
君は僕がしたこと
知っていても
笑ってくれるの
Oh Dear
君に知らせないで
あのときの花 飾ってみたよ
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
別曲の回で書いた通り、同じ音楽出版社に伊藤銀次さんがプロデューサーとしていらっしゃって、ある時ご本人の8cmシングル「涙の理由を」をいただきました。
調べてみたら、93年にキューンから、94年にはNewMixがアンティノスから出ている。
私がいただいたのは、アンティノスの方かな。
大学1年か2年の時。池袋の音大生用マンションの部屋で、いい曲だなーと思って聴いていました。
「Oh Dear」は、この銀次さんの曲に影響されています。
曲調も歌詞の内容も全然違いますが、出だしのメロディの雰囲気や間が似てると思うので、もし良かったら聞き比べてみて下さい。
他の音楽にどう触発されるかっていろいろだと思うんですが、私の場合は内容を模倣することはまずなくて、ムードをもらってくる感じです。
「好き」「素敵」などと感じた、その曲の‘音楽の魔法’的な部分が、自分の新しい曲作りのインスピレーションになってくれます。
コード進行や歌詞の表現が参考になることはもちろん沢山あるけれど、単純に「よし、このコード進行で曲を作ろう」みたいなのはあまりないかな。
一度自分の栄養にして、形がなくなるくらい消化してからじゃないと、表面的な真似はつまらない。
テクニックとか理屈からスタートするのも、テンション上がらないんです。
それは作詞家として書く時も同じ。
いつでも‘音楽の魔法’スタート。それは自分のため。
音楽の神様と自分の約束事みたいなものかもしれないです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「Oh Dear」はINAX「かべ美人」のTVCMソングに採用していただきました。
「かべ美人」って、家のリフォーム商品なんですけれど、この歌、家を砕いて後悔しちゃってる歌詞なんですよね。笑
大丈夫なのか?!と思いますよね。笑
この曲をプレゼンしてくださった恩人であり、その後ナレーションのお仕事等でも大変お世話になっている三田さんによると、やはりこの歌詞の表現で結構迷ったとのことでした。
でも最終的には全体的な意味も含め、やはりこの曲の力が強いなと思いプレゼンに出してくださり、決まったということでした。
ありがたや。
CMでは、家の前に集合した家族の写真が次々出てきます。
『いつかは巣立ち、いつかは帰ってくる この子たちのために。』『タイルで、リフォーム かべ美人』。
歌詞は2ブロック目の「Oh Dear もしも 家の中に 僕の好きな花が咲いてたら〜」からの部分が使われていました。
ギリセーフかな。笑
でも、歌もじっくり聞いてもらえるCMだったし、温かい雰囲気がとても良くて、嬉しい限りのタイアップでした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
この曲はピアノ弾き語りで、1st.Albumのタイトル曲です。
自分でアルバムタイトルに決めた記憶はないので、スタッフの会議で決まったのかな。
でも、本当にベストな選択だったと感謝しています。
サウンドプロデュースは、「夏気球」(8cmシングル/アルバム弾き語りver)と同じく、石川鉄男さん。
多分、ピアノと歌を一緒に録ったと思います。
改めて歌詞を見てみると、すごく普遍的なことを歌ってるなーと思います。
整合性とかストーリーとか、感覚でバランスは取っていたけれど、あまり論理的に整理しようとはしていなかったと思います。
そのせいか、「Oh Dear〜」で始まるブロック以外は、いい意味で飛躍しています。
「Oh Dear〜」で始まるブロックがAメロ、「ほら〜」「ねえ〜」のブロックがサビ、「僕たちは〜」が大サビ、と一般的には呼ばれるのかな。
でもいわゆるJ-popの、サビが一番強い構成ではないですね。
Aメロがサビみたいなものというか、Aメロが一番印象に残る曲かと思います。
確かにサビはサビで熱いんですが。
歌詞は、「許し」じゃなくて「赦し」の方の「ゆるし」がキーワードかな。
英語だと、permission(許す)、forgiveness(赦す)の違い。
君は僕を赦した;まるごと受け入れた、責めなかった、という感じでしょうか。
「赦し」というとキリスト教を連想するかもしれないけど、特に宗教的な意味を込めたわけではありません。
良かれと思って取り返しのつかないことをしてしまい、後悔している「僕」。
それを赦してくれた「君」。
赦されたことで、自分が台無しにしてしまった「あのときの花」をそっと飾り、前を向くことができた「僕」。
抽象的なので、自由に捉えてもらえたらと思いますが、
例えばもしその花が「愛」だとしたら、「僕」は「君」に赦されたことで、本当の愛とは何かを知った。
そしてきっと、「僕」からも誰かに愛が連鎖していくことになった。
でももし、家を壊したことを責められたとしたら?
「僕」は、自分を責め続け、他の人や世界に愛を伝えることもなく、ただただ俯いていたかもしれません。
2番サビで、
「ねぇ 素直になるほど
許せないことが増えるね
ひとつだけ願ってること
愛をなくさないこと」
と、permissionの方の「許す」が出てきます。
他人に対して「僕」が‘許せない!っていう気持ちになった時に、君の赦しを思い出す。
そして、愛をなくさないことを自分に誓う。
僕も、君のように、「許せなくても、赦す」努力をしようと思うのは、あの時君が赦してくれたから。
また、ちょっと違う角度からの話になりますが、「僕」は真面目なんだけど、アタマが固くて型にはまって、自分の考えを他人に押し付けるようなことをしてしまった。
でもそれは、‘絶対’ではなかったことを思い知ります。
この、‘型に嵌まる’ ‘自分の考えしか認めない’ ことによる後悔は、大サビの「僕たちは 愛のかたちを 探しているから 深く傷つく」と結びついてゆきます。
今、ネット社会になりSNSで自分の考えを発信しやすくなって、白か黒か、善か悪かと、どちらかに決めつけて攻撃するような姿勢をよく見かけます。
グレーゾーンが許されないような風潮も感じます。
でも、見方を変えれば善が悪、悪が善になることだってある。
常にそういう視点も持っていないと、危ないなと思っています。
この歌のテーマはそういう話とも繋がるかもしれません。
この歌は、何か特定の出来事があって書いたのではありません。
当時、なんでこういうテーマを書いたのかわかりませんが、いつも真実を書きたい、真実しか書きたくないとは漠然と思っていました。
もちろん今も、真実だけを書きたいと思っています。
を記念して、オリジナルソングの歌詞と解説を、一曲ずつご紹介しています♫
vol.8は、1st.Album「Oh Dear」(98年11月21日リリース)のタイトル曲「Oh Dear」。
INAX「かべ美人」のTVCMソングになったので、99年リリースの4th.Maxi Single「東京」にも、カップリング収録されました。
Oh,Dear
作詞作曲歌ピアノ:大塚利恵
Oh Dear 僕は
真面目すぎて
石の家を砕いてしまった
Oh Dear 僕は
知らなかった
あたたかい石もあるということ
Oh Dear もしも
家の中に
僕の好きな花が咲いてたら
Oh Dear それを
知っていたら
花を摘むことさえしなかったのに
ほら 何もしなくても暮れてゆく
今日も明日も
溶けていく 僕がしたこと
数え切れないほど
Oh Dear もしも
僕があのとき
石の家を壊さなかったら
Oh Dear 君は
そこに 今も
何も変わらず住んでいたのかな
ねぇ 素直になるほど
許せないことが増えるね
ひとつだけ願ってること
愛をなくさないこと
僕たちは 愛のかたちを
探しているから 深く傷つく
忘れたい 忘れ切れない
日々を抱えて歩いている
Oh Dear
君は僕がしたこと
知っていても
笑ってくれるの
Oh Dear
君に知らせないで
あのときの花 飾ってみたよ
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
別曲の回で書いた通り、同じ音楽出版社に伊藤銀次さんがプロデューサーとしていらっしゃって、ある時ご本人の8cmシングル「涙の理由を」をいただきました。
調べてみたら、93年にキューンから、94年にはNewMixがアンティノスから出ている。
私がいただいたのは、アンティノスの方かな。
大学1年か2年の時。池袋の音大生用マンションの部屋で、いい曲だなーと思って聴いていました。
「Oh Dear」は、この銀次さんの曲に影響されています。
曲調も歌詞の内容も全然違いますが、出だしのメロディの雰囲気や間が似てると思うので、もし良かったら聞き比べてみて下さい。
他の音楽にどう触発されるかっていろいろだと思うんですが、私の場合は内容を模倣することはまずなくて、ムードをもらってくる感じです。
「好き」「素敵」などと感じた、その曲の‘音楽の魔法’的な部分が、自分の新しい曲作りのインスピレーションになってくれます。
コード進行や歌詞の表現が参考になることはもちろん沢山あるけれど、単純に「よし、このコード進行で曲を作ろう」みたいなのはあまりないかな。
一度自分の栄養にして、形がなくなるくらい消化してからじゃないと、表面的な真似はつまらない。
テクニックとか理屈からスタートするのも、テンション上がらないんです。
それは作詞家として書く時も同じ。
いつでも‘音楽の魔法’スタート。それは自分のため。
音楽の神様と自分の約束事みたいなものかもしれないです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「Oh Dear」はINAX「かべ美人」のTVCMソングに採用していただきました。
「かべ美人」って、家のリフォーム商品なんですけれど、この歌、家を砕いて後悔しちゃってる歌詞なんですよね。笑
大丈夫なのか?!と思いますよね。笑
この曲をプレゼンしてくださった恩人であり、その後ナレーションのお仕事等でも大変お世話になっている三田さんによると、やはりこの歌詞の表現で結構迷ったとのことでした。
でも最終的には全体的な意味も含め、やはりこの曲の力が強いなと思いプレゼンに出してくださり、決まったということでした。
ありがたや。
CMでは、家の前に集合した家族の写真が次々出てきます。
『いつかは巣立ち、いつかは帰ってくる この子たちのために。』『タイルで、リフォーム かべ美人』。
歌詞は2ブロック目の「Oh Dear もしも 家の中に 僕の好きな花が咲いてたら〜」からの部分が使われていました。
ギリセーフかな。笑
でも、歌もじっくり聞いてもらえるCMだったし、温かい雰囲気がとても良くて、嬉しい限りのタイアップでした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
この曲はピアノ弾き語りで、1st.Albumのタイトル曲です。
自分でアルバムタイトルに決めた記憶はないので、スタッフの会議で決まったのかな。
でも、本当にベストな選択だったと感謝しています。
サウンドプロデュースは、「夏気球」(8cmシングル/アルバム弾き語りver)と同じく、石川鉄男さん。
多分、ピアノと歌を一緒に録ったと思います。
改めて歌詞を見てみると、すごく普遍的なことを歌ってるなーと思います。
整合性とかストーリーとか、感覚でバランスは取っていたけれど、あまり論理的に整理しようとはしていなかったと思います。
そのせいか、「Oh Dear〜」で始まるブロック以外は、いい意味で飛躍しています。
「Oh Dear〜」で始まるブロックがAメロ、「ほら〜」「ねえ〜」のブロックがサビ、「僕たちは〜」が大サビ、と一般的には呼ばれるのかな。
でもいわゆるJ-popの、サビが一番強い構成ではないですね。
Aメロがサビみたいなものというか、Aメロが一番印象に残る曲かと思います。
確かにサビはサビで熱いんですが。
歌詞は、「許し」じゃなくて「赦し」の方の「ゆるし」がキーワードかな。
英語だと、permission(許す)、forgiveness(赦す)の違い。
君は僕を赦した;まるごと受け入れた、責めなかった、という感じでしょうか。
「赦し」というとキリスト教を連想するかもしれないけど、特に宗教的な意味を込めたわけではありません。
良かれと思って取り返しのつかないことをしてしまい、後悔している「僕」。
それを赦してくれた「君」。
赦されたことで、自分が台無しにしてしまった「あのときの花」をそっと飾り、前を向くことができた「僕」。
抽象的なので、自由に捉えてもらえたらと思いますが、
例えばもしその花が「愛」だとしたら、「僕」は「君」に赦されたことで、本当の愛とは何かを知った。
そしてきっと、「僕」からも誰かに愛が連鎖していくことになった。
でももし、家を壊したことを責められたとしたら?
「僕」は、自分を責め続け、他の人や世界に愛を伝えることもなく、ただただ俯いていたかもしれません。
2番サビで、
「ねぇ 素直になるほど
許せないことが増えるね
ひとつだけ願ってること
愛をなくさないこと」
と、permissionの方の「許す」が出てきます。
他人に対して「僕」が‘許せない!っていう気持ちになった時に、君の赦しを思い出す。
そして、愛をなくさないことを自分に誓う。
僕も、君のように、「許せなくても、赦す」努力をしようと思うのは、あの時君が赦してくれたから。
また、ちょっと違う角度からの話になりますが、「僕」は真面目なんだけど、アタマが固くて型にはまって、自分の考えを他人に押し付けるようなことをしてしまった。
でもそれは、‘絶対’ではなかったことを思い知ります。
この、‘型に嵌まる’ ‘自分の考えしか認めない’ ことによる後悔は、大サビの「僕たちは 愛のかたちを 探しているから 深く傷つく」と結びついてゆきます。
今、ネット社会になりSNSで自分の考えを発信しやすくなって、白か黒か、善か悪かと、どちらかに決めつけて攻撃するような姿勢をよく見かけます。
グレーゾーンが許されないような風潮も感じます。
でも、見方を変えれば善が悪、悪が善になることだってある。
常にそういう視点も持っていないと、危ないなと思っています。
この歌のテーマはそういう話とも繋がるかもしれません。
この歌は、何か特定の出来事があって書いたのではありません。
当時、なんでこういうテーマを書いたのかわかりませんが、いつも真実を書きたい、真実しか書きたくないとは漠然と思っていました。
もちろん今も、真実だけを書きたいと思っています。