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印刷図書館倶楽部ひろば

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市場から消えた新規格のフィルム(1) 126・インスタマチックフィルム

2015-11-09 11:46:51 | 印刷人のフイルム・フイルムカメラ史探訪
市場から消えた新規格のフィルム(1)
        126・インスタマチックフィルム
 
印刷図書館クラブ
印刷人のフィルム・フィルムカメラ史探訪 VOL-14
印刷コンサルタント 尾崎 章


1925年に発売されたライカは映画用35mmフィルムを短くカットして専用スプールに巻いて使用したが1934年にイーストマン・コダックがパトローネ入りの35mmフィルムを発売、これが現在の35mmパトローネ入りフィルムの標準規格となり今日に至っている。
しかしながら、35mmパトローネ入りフィルムは製品化以来「カメラへのフィルム装填の難しさ」が初心者需要層向けの問題点として指摘され、1970年頃までカメラ店・店頭でのフィルム装填「カメラ持参のフィルム購入」が女性層に定着していた。


コダック・126インスタマチックフィルムのコダパックカートリッジ  

この35mmフィルムのカメラ装填問題をカメラ側の機構改良と新規格フィルムによって解決する展開が活発化、1963年にイーストマン・コダックが「インスタマチック」と称したカートリッジ入り・126フィルムを発売、翌1964年にはアグファ・ゲバルトが「ラピットシステム」を発表、当時の世界写真市場の雄であったコダックとアグファによるフィルム簡易装填競走が繰り広げられる事となった。


コダック・126インスタマチックフィルムとインスタマチックカメラ   


126・インスタマチック方式 

126フィルムは、パトローネ入り35mmフィルムと同一幅の裏紙付きフィルムを使用、フィルム送出し部とフィルム巻取り部が一体となったカートリッジ(コダパックカートリッジ)にフィルムを収納する方式を採用、画面サイズは26×26mm(28×28mm)の正方形で撮影枚数は20枚撮り(後に24枚撮りに変更)であった。


コダパックカートリッジ

コダックでは社内ロールフィルム番号126の当該フィルムを「インスタマチック」とネーミングを行い世界規模の普及を図った。コダックのロールフィルム番号は、当時のコダック社が世界的な指導力を有していた関係よりそのまま国際規格名称として使用されており、パトローネ入り35mmフィルムの「135」、リーダーペーパー(裏紙)付きのブローニーフィルムの「120」、リーダーペーパー無の「220」等々を代表例として挙げる事が出来る。国内JIS規格もコダック・ロールフィルム番号をそのまま利用しており、当然の事ながらコダックが未参入の「ボルタ判フィルム」「ラピッドフィルム」等のロールフィルム製品には番号は無い、
126フィルムの特徴としては、下記5項目がありカメラ機構を省略化・簡易化出来る特徴がカメラ業界より注目を集めた。


1穴パーフォレーションの126インスタマチックフィルム 

①フィルム装填の簡易化、フィルムカートリッジをドロップインするだけの簡単セット。
②裏紙付きフィルムの為にカメラの枚数カウンターが不要となりカメラの簡易化が図れる。
③フィルム巻き戻し不要の為にカメラ巻き戻し機能を省略出来る。
④1穴パーフォレーションを採用、画面とパーフォレーションの位置が固定化される為に現像・プリントの自動化・標準化が容易である。
⑤ISO感度はフィルムカートリッジの切り欠きによるオートセットを採用。カメラ側のフィルム感度設定を省略化出来る。



初期・1966年当時のコダック「インスタマチック」フィルムのラインナップは、コダクロームX/126(20EX,1310円/現像代含),エクタクロームX/126(20EX,840円)、コダカラー64/126(12EX,400円)コダックベリクロームパン/126(12EX,165円)の4種類でカラーリバーサル2種、ネガカラー1種、モノクロフィルム1種で外式カラーフィルムのコダクロームを製品化する本格展開であった。
126フィルムの国内対応は、富士フィルム、小西六写真(コニカミノルタ)が自社ブランドの126フィルムを発売した。富士フィルム製品としては、フジカラーFⅡ126,フジカラースーパーHG100/126等があり、小西六写真はサクラカラー・N100/126、サクラパンSS/126(モノクロ)を発売している。


コニカ サクラパンSS 126フィルム


コダック史上最大のヒットになったインスタマチックカメラシリーズ


コダックは1963年の「インスタマチック」フィルム発売に併せて専用カメラ「コダックインスタマチック50」等 5機種の126フィルムカメラを初年度に発売して販売体制を整えている。
コダックが発売した「コダックインスタマチックカメラ」は1970年までに33機種に及び約5000万台の販売に成功、競合アグファ「ラピッドシステム」を数年で一蹴した。
更に、コダック社製・インスタマチックカメラの販売台数は1977年発売の「コダックインスタマチック76X」迄の14年間に7000万台を販売したとされており、コダックのカメラビジネス史上で最大のヒット製品として輝かしい歴史を残すことになった。


126フィルムカメラの国内対応

126フィルムカメラの国内メーカー対応は、小西六写真、オリンパス、キャノン、ミノルタ、リコー、ヤシカ、マミヤ 等が製品化を行い、初期製品は「フィルム装填の面倒さを嫌う」需要家層をターゲットとした事よりカメラ機能を簡略化した低価格製品となり、大部分がプラスチックボディ、単玉~トリプレットレンズ搭載に止まっていた。
一例として小西六写真が発売した「サクラパック100」(発売当時価格4.000円)はプラスチックボディ、単玉レンズ、固定焦点の簡易仕様であったがカメラデザインが秀逸で上位機種「サクラパック300」と共に1970年度・グッドデザイン賞を受賞している。
「サクラパック100.300」は、126フィルムカメラ、最初で最後のグッドデザイン賞受賞カメラとなった。


グッドデザイン賞受賞・サクラパック100 



サクラパック100X(1972年発売)


ミノルタ、オリンパス等は、インスタマチック市場が急拡大していた米国市場向けの製品に注力、ミノルタは「オートパック」と名付けた米国向け126フィルムカメラのシリーズ6機種の製品展開を実施した。オリンパスも「クイックマチックEES」カメラ3機種を米国市場向けに製品化、国内向けは「クイックマチック600」1機種のみと国内向けと米国向けが逆転する展開が行われた。
1964年に国産カメラ初として126フィルムカメラのEEカメラを製品化したマミヤ光機は、同社米国販売店向けの輸出専用機「アーガス インスタマチック260」1機種のみの対応を行っている。
本格仕様の126フィルムカメラとしては、1970年にキャノンが発売した「キャノマチックM70」(15.000円 1970年)がある。本機は40mm f2.8・3群4枚のレンズとプログラムEE機能、ゾーンフォーカス機能を搭載した35mmフィルム・コンパクトカメラ並みの仕様を搭載、「キャノンが造った126フィルムカメラ」として発売当初は注目を集めたがハイスペック仕様の126フィルムカメラに対する国内需要が無く本格展開には至らず国内向けは1機種のみの市場参入に終わっている。


ツアイス・イコン社 イコマチックF


国産唯一の126フィルム一眼レフ「リコー126Cフレックス」

126フィルム用一眼レフは、1968年にドイツ・コダックが「インスタマチック」カメラの最上位機種として「コダック インスタマチックレフレックス」を発売、ローライはコダックよりも早く「ローライSL-26」「ローライSL-36」をシリーズ展開、ツアイス・イコンは「CONTAFLEX 126」の発売を行っている。


リコー126Cフレックス 国産唯一の126フィルム一眼レフ

126フィルム用一眼レフの国内対応は、数機種の126フィルムカメラを発売したリコーがレンズ交換式の一眼レフ対応を行っている。リコーは1969年に国内初のインスタマチック一眼レフ「リコー126Cフレックス」(発売当時価格 26.800円 標準レンズ付)を発売して注目を集めた。
当該機は、ペンタミラーを使用したTTL一眼レフで35mm広角、100mm中焦点と55mm標準レンズをラインアップしていた。1969年当時の一眼レフは、ガラス製のペンタプリズム搭載が一般的であり1990年以降の普及型AF一眼レフで採用された樹脂成型ペンタミラーをいち早く採用した先進性が注目を集めた経緯があった。
しかしながら、カメラ本体にフィルム圧板が無く更にリーダーペーパー(裏紙)使用によるフィルム面の安定度不足、画面サイズの制約等の126フィルム固有の問題点より126フィルム一眼レフの市場創生は難しく「リコー126Cフレックス」は短命化を余儀なくされている。「CONTAFLEX126」は、本家パンケーキレンズとなったテッサー45mm f2.8の標準レンズを搭載していたが「リコー126Cフレックス」同様に本格展開には至らずに終わっている。


リコー126Cフレックスのコダパックカートリッジ装填状況


2000年前に生産が中止されたコダック126フィルム

126フィルムは、キャノンQLクイックローディング、富士フィルムDLドロップローディング等のカメラ各社による35mmフィルム自動ローディング機構の開発・搭載により需要が減衰、更にコダック自体が1971年に発売した新規格・110フィルム(ポケットインスタマチック)による当該需要交替が加速、コダックは1999年12月31日を以て126フィルムの販売を終了している。
最後まで126フィルムの生産を継続したフェッラーニア(伊)も2007年に同社「ソラリスFG200 126」フィルムの生産を終了している。1963年からコダックが37年間、フェッラーニアが更に7年間健闘したものの126フィルムは市場から消滅となった。


2007年に生産を終了したリラリスFG200 126フィルム


アグファも126フィルムカメラ市場に参入


コダック126インスタマチックフィルムと当該市場で競合したアグファ・ラピッドシステムは、イーストマン・コダックの世界的な販売力を打破出来ずラピットシステム発売8年後の1972年に126フィルムカメラ「アグファマチック50」とアグファブランドの126フィルムを発売、インスチマチック陣営に参加することとなった。


アグファが発売した126フィルムカメラ

アグファが発売した126フィルムには、「アグファカラーCNS/126」「アグファカラーXRG200/126」「アグファカラーHDC24/126」のネガカラーフィルムと「アグファイソパン/126」のモノクロフィルムがあり、126フィルムカメラは11機種の「アグファマチック」カメラを販売している。

コダック126フィルムカメラは、プラスチック製品が大多数を占めた事も有り、カメラ更新時に廃棄処分され現存する製品が少なく中古カメラ店のジャンク箱で見かける機会も少ない。また、フィルムカートリッジに現行フィルムを装填して再利用する方法も裏紙問題、プラスチックカートリッジ分解問題等々で難しい事から126フィルムカメラは飾り物化を余儀なくされている。
金属ボディの126フィルムカメラの市場価値も無く、僅かに「リコー126Cフレックス」等にフィルム、カメラ工業史のメモリアルとしての価値が残る程度である。

 
     
  
  




  

月例会報告 2015年10月度会合

2015-10-21 16:08:07 | 月例会
[印刷]の今とこれからを考える 

        「印刷図書館クラブ」月例会報告(平成27年10月度会合より)



●アメリカの印刷産業は再び上昇に転じている

 アメリカの印刷業界団体PIAから出されている定期レポートの最新号で「印刷会社の収益性は向上している」とする2015年の調査概要が発表された。PIAが“プリンター”としての印刷会社を対象に調査した「2015年の経営指標」によると、印刷業の収益性は2011年以降、穏当な改善をみせ、対象企業全社の平均の売上利益率は2015年に3.0%にまで回復した。リーマンショック後の大幅な景気低迷で2010年にはマイナス1.4%に落ち込んだが、その後は、11年1.4%、12年1.8%、13年2.7%、14年2.6%と、上昇傾向を辿ってきた。2004年以降の売上利益率の平均値は2.1%となっており、これと比べても今年の収益性は1%近く上回る好調さである。この間、3%を超えた収益率は07年3.4%、翌08年3.1%の2回しかない。今年はこれらに次ぐ第3位の好成績ということになる。


●業界を引っ張るのは文字どおりプロフィットリーダー

 収益性で上位25%以内に入るプロフィットリーダーに絞ると、2015年の売上利益率は10.3%に達する。04年からの12年間の平均値は9.5%で、もっとも悪かった10年時点でさえ7.0%を確保していた。今年の数字は06年、14年と並んでもっとも高い水準である。これに対し、下位75%に相当するチャレンジャー企業の2015年次の売上利益率はわずか0.6%に止まる。過去12年間で6回もマイナス (最悪の10年次でマイナス4.2%) を記録していて、平均すればマイナス0.5%で推移してきた。こうした過去と比較すれば、低いとはいえ今年の数字は最高値となる。プロフィットリーダーもチャレンジャーも、2010年には売上高、利益率とも大きな影響を受けたが、その後「劇的に回復し成熟した景況が印刷業に最善をもたらし、景気後退に伴う谷底が最悪だったことを実証した」と、このレポートは記している。 


●景気の悪いときこそリーダー企業の戦略が生きる

問題は、プロフィットリーダーとチャレンジャーの間にみられる収益性の格差にある。12年間における両者の格差は平均10%であり、とてつもなく大きな差となっている。留意すべきは、リーマンショックの影響下でお互いの差が拡がり、2010年に11.2%まで拡大していたことである。興味深いことに、経済が拡大期にあった07年にはこの差は最小であった。「景況がよい時期には、上げ潮がすべての船(企業)を持ち上げるので差が小さくなる。逆に差が拡がる時期は、(厳しい経営環境のもとで)プロフィットリーダーが戦略と戦術の優位性を発揮して、ビジネスに挑戦しているときであるのかも知れない」と分析する。対象企業全社をみた場合、企業規模が大きくなるほど収益性がよくなる傾向があるのに対し、プロフィットリーダーでは、収益性と企業規模の間に強い相関性がみられない。しかし、よくみると規模の比較的小さな企業と大きな企業の収益性がよく、中規模企業で悪いという違いがある。


●プリンターである以上は高い生産性をめざして

こうした傾向は何年も前から存在して、PIAではその現象を「スタック・イン・ザ・ミドル」(虻蜂取らず)だとしている。つまり、コストリーダーシップ戦略か差別化戦略かの方向が定まらず、中途半端な対応で動けなくなっているというのである。それでもプロフィットリーダーは、全企業平均よりコンスタントに高い生産性を保っている。従業員 (もしくは工場従業員) 1人当たりの売上高、同付加価値額とも、10%から18%も高い数値を示している。年商が同じようなレベルの企業同士で比較してみると、プロフィットリーダーはより少ない従業員で売上高、付加価値額をあげている。その分、資本集約的なのだ。労働力を資本に置き替えることで労働装備率を高め、さらに、設備の稼働率に配慮して設備投資効率を高めていることがわかる。
  ※以上、参考資料=「FLASH REPORT」2015.9;PIA


●印刷機は高性能化けれど、同質化は変わっていない

 市場が飽和状態にあるときは、ビジネスを差別化すればよいとされる。差別化には技術的、品質的、サービス的など幾つもの切り口があるが、前二者はコストや時間がかかるうえに当たり外れもある。その点、サービス的な差別化はコストをかけずにすぐ取り組めるというメリットがある。やり方次第で無限に市場開拓できる。印刷業界はかつての1色機の時代から、今や8色機を駆使するまでになった。品質競争はしていたのだが、実は、全社同質化の実態は全く変わっていない。市場シェアを価格で取り合う土俵にデジタル印刷が市場参入してきた結果、同質化の弱点が一気に表面に出てきた感がある。高性能化、高速化により、印刷機としての生産力は高まったものの、市場が拡大していかないなかで、逆に稼働率が落ちるという問題が生じている。印刷機の稼働率を上げないと固定費をカバーできず、利益も稼げない。それにも関わらず、6~7割の時間帯で止まっているという声すら聞かれる。


●サービス面での差別化が抜け出せる道……

 昨今注目を集めている「印刷通販」は、一種の刺激剤となっている。印刷料金を抑えられたとしても受注すれば、その分、印刷機の稼働時間を自然に埋められる。最初は1割程度の範囲だったとしても、営業努力をせずにすぐに4割、5割と拡げることができる。しかし、長い眼でみると「営業力がなくなってしまう」という危惧がある。極度に依存してはいけないという警告だ。企業である以上、絶対に利益を上げる必要があり、高価な印刷機を何としても稼働させなければならない。しかし、どうやって埋め合わせるか。そこには知恵が求められる。設備投資の目的、程度と市場ニーズ、需要規模との間にギャップがあり、印刷業界が苦境に陥る要因となっている。同質化した状態から抜け出せるのはサービス的差別化しかない。社会が流動化し市場が多様化している以上、印刷業界も情報加工やメディアを強みとするコーディネータ的なビジネスに取り組むべきである。自らスキ間産業を生み出す気概がほしい。


●ITやマーケティングを駆使したフロントヤードを

 印刷の機能は2つに分けられるのではないか? 一つは生産設備を柱とするバックヤード、もう一つはITやマーケティングを駆使したフロントヤードである。とくに後者の場合、稼働率に囚われずに時間を有効活用できるし、変動費的な感覚で取り組めるというメリットがある。ITを駆使できれば、受注から印刷までの時間を圧倒的に短縮でき、生産効率も向上できる。設備の稼働率をコントロールしやすい。経営の機動力も高まり、「とにかく印刷機を回そう」という呪縛から脱出できる。バック、フロントの両ヤードの連携も円滑になるだろう。それにはフロントヤードの「5S」が重要になる。取り扱う情報、手掛けるメディアの“整理・整頓”である。これがうまくできれば、マーケティング戦略やコストダウンが可能になる。知恵の出せるフロントヤードを確立し、顧客を巻き込んだビジネスのプラットフォームを握らなければいけない。印刷産業全体で二つのヤードを築き、各社で棲み分けする必要がある。


●「メディア」の世界で、どのような役割を担っていくか?

 印刷会社の機能、印刷産業の構造を変えるべきときである。印刷業界が中小企業の集まりというなら、顧客業界も同じように中小企業が圧倒的に多い。ビッグデータ云々という話ではない。もっと身近なスモールデータの活用とそれに基づく情報の加工を重視した方がよい。印刷機に頼って大量生産をおこなってきた旧来型のビジネスモデルでは通用しない。ITと融合させて業態を変革させる必要がある。モノとしての印刷製品ではコスト負担が大きすぎる。広義の「メディア」の世界で、情報伝達の効能を提供しながら生きる道を探したい。「メディア」は存在し続ける。このとき、自社特有の役割をどう担っていくか、である。

(終)

世界標準のフィルム現像液・コダックD76

2015-10-01 11:37:16 | 印刷人のフイルム・フイルムカメラ史探訪
世界標準のフィルム現像液・コダックD76
 
印刷図書館クラブ
印刷人のフィルム・フィルムカメラ史探訪 VOL-13
印刷コンサルタント 尾崎 章


デジタルカメラがカメラの代名詞的存在となり、フィルム及びフィルムカメラはフジフィルムのインスタント写真:チェキを除きプロビジネスの一部領域とマニアックな写真愛好家向け存在となって久しい。
モノクロフィルムを自宅で現像・プリントする写真愛好家も僅かとなり日本写真映像用品工業会のデータによると2014年度の写真引伸機の年間生産総数が200台レベル迄に減少した事が報じられている。
こうした状況よりモノクロフィルム現像液の商品構成に至っては「知る人ぞ知る」的な状況に至っている。先日、コダックの代表的なモノクロフィルム現像液・D76の話題に触れた時、居合わせた若手編集者に「D51」蒸気機関車の同類と間違えられて大笑いした事がある。



コダック D76モノクロフィルム現像液 


コダックD76は、1927年にイーストマン・コダックが発表したモノクロフィルム用現像液で急性現像主薬・メトールと緩性現像主薬・ハイドロキノンを組み合わせたMQ現像液の代表的存在として世界で最も多く使用された現像液とされている。
「2.100.5.2」はD76現像液の薬品組成で、750ccの水にメトール2g,無水亜硫酸ナトリウム100g,ハイドロキノン5g,臭化カリウム2gを順次溶解して水を加えて1000ccとする処方である。筆者が研究所勤務当時はモノクロフィルムを現像する機会が多くメーカー既製品をあえて使用せずに上皿天秤で前述薬品を秤って調合、微妙にメトール、ハイドロキノンのバランスを変えたオリジナル「マイブレンド現像液」を楽しんだ経験が有る。



現像は還元反応、現像主薬は還元剤 

デジタルカメラが業界標準となった今日、「現像とは?」の質問に「RAW現像の事ですか?」と聞き返されるケースが当たり前となり銀塩感光材料の現像反応について的確に答えられる人は激減している。
写真現像について簡単に記述すると「写真感光材料の感光材・ハロゲン化銀塩(塩化銀、臭化銀、ヨウ化銀)は感光すると光のエネルギーによって結晶核の一部が銀に還元されて潜像を形成する。現像液は潜像が形成されたハロゲン化銀に選択的に作用して金属銀に還元する還元剤で現像液は現像反応後に酸化して酸化物を形成する」となる。中学校の化学授業で習う「酸化還元反応」の好事例である。



メトールは商標、正式薬品名はモノメチル・パラ-アミノフェノール硫酸塩

最古の写真現像主薬としてピロガロール(焦性没食子酸)が湿板時代に使用されていたが、1880年に英国 William Abneyによってハイドロキノンの利用が提案され、1891年にはメトールが登場して写真現像プロセスが大きな進歩を遂げている。


写真用品店で市販されているメトール、ハイドロキノン 

ドイツ南部・シュトットガルド市近郊にある化学会社HAUF化学のエンジニァ・Bogishが現像主薬としてモノメチル・パラ-アミノフェノール硫酸塩を開発、同社はメトール名で商標登録を実施した。
HAUF化学は、ドイツ・アグファ及びイギリス・ジョンソン社の2社のみに対してメトール名称の使用許諾を行った為にフィルム・写真関連各社は其々別の名称を付ける必要に迫られる事になった。
商標抵触を回避した関連各社のモノメチル・パラ-アミノフェノール硫酸塩のネーミングの一例としては下記の通りで有るが、20を超える各社商品名が存在した経緯が有る。


[モノメチル・パラ-アミノフェノール硫酸塩の名称例]

 ●イーストマン・コダック      「エロン」
 ●富士写真フィルム(フジフィルム) 「モノール」
 ●小西六写真工業(コニカミノルタ) 「モノパトール」
 ●メルク社(ドイツ)        「フォトレップ」
 ●中外写真薬品           「メトールミン」
 ●ナニワ薬品            「メトールサン」 


アグファは、HAUF社よりメトール商標の許諾権を得ていた事より「アグファ・メトール」として積極的な展開を行った経緯があるが、結果的にはコダック、富士フィルムの呼称も定着せず「メトール」が業界標準・代名詞として認知・使用され今日に至っている。


 
コダックD76は世界標準、国内標準を目指した日本写真学会・NSG現像液

標準的な汎用微粒子現像液として世界的に認知されたコダックD76は、競合各社からも互換製品が発売されD76の優秀性が改めて実証される事になった。
D76完全互換品としてはイルフォード「ID-11」、富士フィルム「フジドール」(2007年販売終了)等があり、イルフォード製品は現在も販売が継続されている。


イルフォード ID-11現像液 


コダックD76は、現在も1リットル用及び1ガロン用の製品が2013年9月にイーストマン・コダックより分離独立したコダック・アラリス社(Kodak Alaris)より供給・販売継続が行われ、1927年以来「モノクロ現像液・世界標準/業界標準」の座を保っている。
業界標準と云えば、日本写真学会(NSG)が以前に業界標準を目指してNSG-Developer処方を発表していた時期がある。当時の日本写真学会はNSG感度を定める等の展開も行っており、懐かしい写真工業史の一コマである。フジFD-3,さくらSD-1と併せてのNSG現像液の処方を参考までに記載する。


             フジFD3      さくらSD-1   NSGDeveloper
(富士写真フィルム)   (小西六写真)  (日本写真学会)
___________________________________________
  水          750cc     750cc      750cc
メトール           2g        2g         3g
無水亜硫酸ナトリウム    40g       30g        50g
ハイドロキノン        4g        5g         6g
臭化カリウム         1g        1g         1g
炭酸ナトリウム       24g       20g        25g
水を加えて       1000cc    1000cc     1000cc  



印刷業界に懐かしのコダックDK50

コダックの現像液にシートフィルムの皿現像(バット現像)を主用途とするDK50と云う現像液があった。コダックDK50はメトールとハイドロキノンを1:1の等量配合したMQ現像液で階調再現性と保存安定性を特長としていた。
印刷業界で写真製版が全盛期を迎えた1960年代にDK50は色分解ネガフィルム(Separation Negative Film)の現像液として、また1:1の希釈液はマスキングフィルムの現像液として多用された経緯が有る。


コダック セパレーションネガフィルム 

カラースキャナーが普及する前の写真製版の「2工程色分解」では、Kodak Pan Masking Filmを使用してカラー原稿の色補正とコントラストを修正する複数のマスクを作成。


コダック パンマスキングフィルムを使用したコントラスト修正マスク 


これらのマスクとカラー原稿を重ねた状態でR,G,BのKodak Wratten Filterを使用して色分解ネカを作成する製版手法が当時の業界標準で、これらのフィルム用指定現像液がコダックDK50であった。塾年の写真製版経験者には懐かしの製版手法であり、懐かしの現像液である。DK50は、既に販売を終了しているが処方が公開されており、簡単に調合する事が出来る。


[コダックDK-50]
          水          750cc
         メトール         2.5g
         無水亜硫酸ナトリウム   30g 
         ハイドロキノン      2.5g
         メタホウ酸ナトリウム   10g
         臭化カリウム       0,5g
         水を加えて       1000cc


D76を現在も供給するコダック・アラリス社では、デジタル環境の発達により「撮影→現像→プリント」の基本構造は崩れ去ったが「人生の想い出、瞬間のシェア、可視化の簡便化」を企業理念とする主旨のコメントを行っている。
フジフィルムでは更に「デジタル映像の時代になっても、19世紀に誕生した銀塩写真の表現力が放つ魅力に変化は無く、これからもフジフィルムはかけがえの無い文化として銀塩写真の魅力を伝え続ける」とのアピールを日本写真学会誌等々で実施しており銀塩写真愛好家にとっては心強い限りである。
フジフィルムは、1952年4月に代表的国産モノクロフィルムとなった「ネオパンSS」を発売、その発売二カ月後に製品化した微粒子現像液「ミクロファイン」は発売60年を超えるロングセラー製品になっており同社の基本方針が現像処理薬品まで反映されている事を実証している。



フジフィルム ミクロファイン現像液



フジフィルムの企業コンセプト広告(日本写真学会誌 表4 2015 Vol-78) 


以上


月例報告会 (平成27年9月度会合まとめ)

2015-09-25 14:18:22 | 月例会
[印刷]の今とこれからを考える 

        「印刷図書館クラブ」月例会報告(平成27年9月度会合より)

●印刷メディアへの広告量はインターネットにも抜かれた

 各種メディアへの広告出稿量をみると、インターネットに向かってどんどんシフトしていることがわかる。印刷メディアはグーテンベルクが近代的な活字印刷方式を発明して以来、600年間“王様”の地位を保ってきたが、100年前にラジオ、テレビといった放送メディアが入り、さらに20年前にはインターネットが加わってきた。メディア全体は引き続き拡大しているのにもかかわらず、内訳が急激に変化して、印刷メディアはとうとうインターネットにも抜かれてしまった。これはアメリカに次いで日本でも起こった現象で、最下位への転落である。しかし、次は再び印刷メディアに回帰するに違いないとする心強い見方がある。何を意味しているのか。「恐竜が滅びた理由」を当てはめることができるからだというのである。


●価値ある情報を提供できるメディアが生き残れる

 巨大な隕石が落下して恐竜が滅びた後も、小動物や微生物は生き残った。これと同様に、圧倒的に規模の大きいインターネットで情報市場が“食いつぶされた”としても、生き残れるメディア、存在し続けるメディアがあるという。それこそ印刷メディアだという。WebやSNSには役立ちそうもないゴミ情報?が溢れかえっている。情報流通が過多の状態のなかで、読み手の価値(顧客価値)に耐え得る高次元の情報を提供できるのは印刷メディアしかないというのが、生き残っていけるとする理由である。われわれの身辺には数多くの雑文が降りかかってくるが、短歌や俳句のように本物の価値をもった文章も少なからずある。印刷メディアは、こうした本物指向をめざせるメディアであり、そこに存在意義を見出す余地があるとしている。


●視点を「コンテンツ情報」から「コンテクスト情報」へ

 企業を対象としたB to Bのマーケティング分野でも、コンテンツの役割がますます高まっている。その根底にあるのが顧客価値ということになるが、その「顧客」は「個客」に変化している。そこで大切になるのがコンテクスト情報という概念である。コンテンツが記号としての言葉を直接表現したものなのに対し、コンテクストはその背景や意味を文脈としてまとめたものといえる。人びとの心に響かせ、納得してもらえる正確なコミュニケーションは、いまやコンテクスト情報なくして成り立たない時代になっている。電子メールが前者に当たるなら、印刷メディアはまさに後者に相当する。コンテクスト情報は、今後ますます重要度を増していくと考えられる。コンテンツを高度に加工して「個客」に役立つコンテクスト情報に高めることのできる印刷会社の出番なのである。


●役立つ情報をつくれる強みをもっと発揮すべきだ

 記号としての「データ」は役立つ「情報」へ、さらに使える「知識」へ、そして身につく「知恵」へと昇華していく。その過程には、溢れるデータを高度に集約していくという作業がある。例えば、市場に出回る商品の仕様データを販売促進や生活向上に結びつける情報に仕上げる機能を、印刷会社はもっている。印刷技術は素人でも取り組めるようにコモディティー化(日用品化)してしまったが、こうした情報加工をサービスに組み込んで前面に押し出していけば、競争の厳しい情報市場を突破していける。新しい市場ニーズに相応しい情報サービス産業になるべきである。これまで印刷メディア用に使われてきたコンテンツは、すでにインターネットで使われるようになっている。通販情報がカタログ紙上よりインターネット上により多く掲載されている事実をみれば、このことがよくわかる。インターネットを敵ととらえず、むしろ味方と考える必要がある。2階建ての構造にして、印刷メディアは上に登ればよいのである。


●印刷会社こそ高度なサービスを提供できる

 印刷メディアとインターネットとのチャンネル組み合わせに、印刷会社のビジネスチャンスがある。ネットを駆使した双方向のコミュニケーションをデザインすることは、印刷会社の得意分野のはず。印刷設備を有効活用するためにも、サービスをコモディティー化してはいけない。サービスに慣れ過ぎると、必然的に陳腐化してしまう。より高度な複合的な、有益なサービス内容にしなければならない。印刷会社が従来おこなってきた企画・デザインはサービスとはいえない。コンテンツを情報に高めていく高次元のサービスに取り組む必要がある。顧客が負担に感じる時間、距離、場所、エネルギーを軽減してあげることがサービスの基本となるが、消費者や企業が何より求めているのは手間の省略だ。代行業とか支援業があらゆる分野で成り立っている理由もそこにある。印刷業界で指導されていた“お手伝い業”への転換を再び考えてみたい。


●マーケティング3.0の考え方に学ぶ価値がある

マーケティングの世界では、製品主体の「1.0」から消費者志向の「2.0」、人間重視の「3.0」へと、発想のバージョンアップが進んでいる。顧客を基点に、しかも顧客自身もマーケティング活動に参加してもらって、企業の立場では目に見えなかった顧客価値を共に創造していこうというのが「3.0」の考え方である。これまで、印刷メディアは大量に生産して大量に配布するというやり方が常識だった。しかし今後は、個客あるいは特定の顧客グループに対し、区分けしたサービスをワントゥワンで提供しなければならない。顧客は一人ひとり価値観が異なっている。個人ごとのニーズを把握しないで、一律的なダイレクトメールを送り付けても通用しない。そこで、個客向けにコンテンツ加工をしようと試みるのだが、それにはコストがかかり過ぎる。関心を高めてくれる印刷メディアが求められているにも関わらず、「印刷は可能だが、コンテンツは加工できない」という事態に陥る。ここはやはり、顧客企業に消費者との対話を深めてもらい、真のニーズ情報を寄せてもらうしかない。印刷会社はそれを後押ししていくことである。


●正当な対価を得られるようなソフト産業になろう

 印刷会社にとって重要なのはソフト分野への取り組みである。ソフト化してメディアを扱える「頭脳産業」になれといいたい。脱ハードではあるが、印刷設備との連携は欠かせない。しかし、全ての印刷会社が強みと思っていた生産設備に拠りかかり過ぎると、逆に弱みを抱えることになりかねない。加工したコンテンツを有効な情報に仕上げ、顧客に提供するための仕組みづくりと仕掛け方を知る必要がある。投入した努力に対する対価の意味を理解していないと、満足のいく正当な利益は得られない。印刷料金は本来、顧客が認めてくれた価値である。提供するサービスが無料の付随的なものである間は、真の価値を得たことにはならない。ソフト産業では、ホスピタリティーとサービスとの混同は許されない。


●自社のビジネスモデルを明確にして差別化を

 印刷技術は確かに印刷産業をつくり引っ張ってきたが、その間に早々と印刷と出版が分かれた。ビジネスの複合化、業際化のなかで両者を複合的に捉えたらという見方もあるが、この辺をどう考えるか。情報サービス産業、ソフト産業をめざそうという動きは時代の趨勢といえるが、だからといって、全ての印刷会社がそのようなビジネスモデルを構築することは不可能だ。オフ輪印刷、シール印刷、印刷通販など、生産主体の印刷会社の存在は揺るぎない。そこで出てくるのが「ポジショング」というキーワードだろう。例えば、縦軸の指標として情報処理とメディア製作、横軸として生産志向とマーケティング指向を置き、交差した象限のどこに自社を位置づけるか。このほか地域、品目、工程、顧客市場などさまざまな指標が考えられるが、いずれにしても、自社の位置を明確にして特化、差別化をはかる必要がある。いろいろなビジネスモデルの印刷会社を包含する印刷産業が「プラットフォーム産業」となり、そのなかで相互にネットワークを組んで、全体で印刷ビジネスを展開していく姿が望ましい。

ズームコンパクトカメラ時代までの隙間製品・2焦点カメラ

2015-09-03 10:53:58 | 印刷人のフイルム・フイルムカメラ史探訪
ズームコンパクトカメラ時代までの隙間製品・2焦点カメラ
 
印刷図書館クラブ
印刷人のフィルム・フィルムカメラ史探訪 VOL-12
印刷コンサルタント 尾崎 章


小西六写真工業(現:コニカミノルタ)が1968年に発売した35mmフィルム使用のコンパクトカメラ:コニカC35は、優れたコストパフォーマンスに当時の国鉄旅行キャンペーン「ディスカバー・ジャパン」による女性の旅行ブーム拡大と当時の人気グループサウンズ・ボーカル歌手・井上順さんの「じゃ~に~コニカ」のCM効果が加わり短期間に60万台を超える大ヒットとなった。


コニカC35EF「ピッカリ コニカ」


更に、コニカは1975年にストロボ内蔵のコニカC35EF「ピッカリ・コニカ」、1977年にはオートフォーカス対応のコニカC35AF「ジャスピン・コニカ」を連続ヒットさせ、一時期はレンズシャッターカメラの国内シェア40%を超えるカメラ史に残る大きな成果を挙げている。
このコニカC35シリーズはもとより当時の各社35mmコンパクトカメラは焦点距離38~40mmの準広角レンズを搭載しており、ユーザーからは広角・望遠のバリエーションに対する要望が増加していた。しかしながら、ズームレンズのコンパクトカメラ搭載はコストパフォーマンスを含めた問題が多く、1987年に旭光学工業(現:リコーイメージング)が発売したペンタックス ズーム70 DATE迄の時間を要する事になった。
この間の市場ニーズに答えた製品が、広角・望遠レンズを切り替えて使用する2焦点切換えコンパクトカメラで1980年にミノルタカメラ(現:コニカミノルタ)がミノルタAF-TELE QD(クオーツデート)を発売、カメラ各社が競ってこれに追随する展開に至った。


ミノルタAF-TELE QD  


2焦点切換え機能搭載、ミノルタAF-TELE QDカメラ 

ミノルタカメラが1980年に発売したミノルタAF-TELE QD(クオーツデート)は、38mm準広角レンズの光学系にコンバーターレンズを切換え機構によって挿入、焦点距離を60mmに拡大する単純機構であった。
画質面では多少の制約は有るものの手軽に焦点距離を切換えて撮影できるとして人気機能となり、各社がこれに追随した。



ミノルタAF-TELE QD焦点距離切換えレバー



38mmと60mmの画角変化(ミノルタAF-TELE 富士川橋梁)



コンバーターレンズ未挿入時



コンバーターレンズ挿入による焦点距離拡大 



●1985年に小西六写真が発売したコニカ望遠王MR-70は、38mm準広角レンズの焦点距離を70mm迄拡大して他社製品との差別化を行っている。70mmの焦点距離に「望遠王」と名付けた「コニカの大胆さ」が話題になり、初心者向けデジタル一眼レフに付属するズームレンズが100~110mm程度迄対応している今日では想定できないエピソードである。


2光軸切換え機能搭載カメラ

前述のコンバーターレンズ挿入による焦点距離拡大に対して2種類のレンズをターレット式に回転させる2焦点カメラと電動ミラーによって2種類レンズの光軸を切り替えるコンパクトカメラが登場して注目を集めた時期が有る。
前者には、1985年に富士フィルムが発売したフジ・TWING TW-3があり、後者方式には1988年にオリンパス光学が発売したオリンパスAF-1 TWINが有る。


フジ・TWING TW-3



手動ターレットによるレンズ切換え(TWING TW-3)


●フジ・TWING TW-3は、ハーフサイズの画面サイズで23mmと69mmのレンズが回転式ターレットに装着されていた。この2種類のレンズは35mmフルサイズ換算で32mmの広角レンズと96mmの望遠レンズに匹敵していた。
38mmと70mm前後の焦点距離対応を行っていた標準的な2焦点方式と比較して広角側・望遠側のカバー領域が広く、更にポケットに入るコンパクト性も注目を集めた。

●オリンパスAF-1 TWINは、35mm広角レンズと70mmレンズをカメラボディに上下に装着、カメラ内部の電動ミラーによって光学系を切り替えて使用する光軸切換え方式であった。レンズ構成も5群5枚の望遠レンズを搭載した事よりコンバーターレンズを使用する前述2焦点カメラとは異なり高画質の画像を得る事が出来た。



オリンパスAF-1 TWIN 


オリンパスAF-1 TWINの撮影例(35mm,70mm 伊豆下田)


発売価格は43.800円、当時のマニアルフォーカス普及型1眼レフ並みの価格で有ったがマニアックな機能が支持・評価され人気カメラとして注目を集めた。
また、オリンパスAF-1 TWINはJIS4等級の生活防水機能を有しており、使い勝手の良さも評価を高める要因となった。

海外旅行用途をターゲットとした2焦点カメラ

1989年にズームコンパクトカメラが登場した以降、2焦点切換えカメラ及び2光軸切換えカメラ市場は一気に終息へと向かったが当時のズームコンパクトカメラが未対応の28mm広角レンズを搭載した2焦点カメラが海外旅行向けカメラとして新たな需要創生を試みている。
1990年にフジフィルムとキャノンが相次いで28mm広角レンズを搭載した2焦点切換えカメラを相次いで発売している。フジフィルム製品はフジ・カルディア・トラベルミニ、キャノン製品は、キャノン・オートボーイWT28(ワールドトラベラー)である。


キャノン オートボーイ WT28


フジフィルム及びキャノンは、製品名に「トラベル」を明記して旅行向けカメラである事をアピールしている。
両機種共に海外旅行で歴史建物を撮影する場合等で必要度の高い28mm広角レンズを搭載、28mm広角レンズをコンバーターレンズによって人物スナップ撮影に適した45mm標準レンズに焦点距離を拡大する機能を有していた。
特に、キャノン・オートボーイWT28は、世界24都市の日付け・時差・サマータイムに対応したデート写し込み機能を搭載、当該機能は2022年まで対応する為に現在でも便利に使用出来る「現役・旅行用フィルムコンパクトカメラ」である。


キャノン オートボーイ WORLD TIME機能


2焦点切換えカメラ及び2光軸切換えカメラは、フィルムカメラ工業史にも登場する事の少なく忘れられた存在の隙間領域カメラでは有るが、電動ミラーによって光軸を切換える機能等を始めとするユニーク機能を搭載した機種も多く、趣味性の高いフィルムカメラとして今日でも楽しむ事が出来る。