津市に、中河原というところがあって、その地名が好きで、毎晩子供たちを寝かせるときに創作したお話しです。
もちろん創作ですから、この地にそういう伝説はありません。
また、阿漕平治の伝説(※1)、津観音の伝説(※2)が、影響しているかもしれません。
※1…阿漕平治・・・今の阿漕浦海岸にすむ平治は、母親の病気に効くという「ヤガラ」を、禁漁であるにもかかわらず、夜中に捕りに行き、笠を忘れて捕まり、処刑された。
※2…津観音・・・日本三大観音の一つ、津観音の御神体は、阿漕浦に隣する贄崎(にえざき)沖で漁師の網にかかった観音像だとされる。
昔々、中の河原というところに、つるという子供がおった。
父親は、早くに亡くなり、母親と二人暮らしじゃった。
母親は生活のために、男たちに混じって石切り場で働いておった。
つるはそこで一日中、母親の仕事を見ておった。
「あぶない!!」その声がする間もなく、積み上げてあった石が、つるの上に転がり落ちてきた。
つるは岩の下敷きになって死んでしまった。
母親は嘆き悲しみ、3日3晩泣き続けた。そのまま一緒に死んでしまうかとも思われた。
3日目に、つるが死んだところを掘り返すと、中から小さな小さなお地蔵様が出てきた。
村人は、きっとつるの生まれ変わりに違いないと、粗末な祠を建てて祀ってやった。
それからというもの、石切り場で怪我をするものは出なかったという。
ところが庄屋がやってきて、こんな汚い地蔵は邪魔だと言って壊すように命令した。
村人は誰もが、反対した。
それならわしが壊すと言って、庄屋は相撲取りに命じて、壊させた。
ところがこの小さな地蔵様が、動かない。
馬で引いても動かない。
動かないなら、壊してしまえ!と庄屋は自ら槌を持って、地蔵に振り下ろした。
地蔵は壊れるどころか、槌が折れて庄屋の頭にゴーんッと跳ねかえった。
その時伏していた母親が飛んできた。
「これは、つるの生まれ変わりじゃ。ひどいことをしないでください!」
すると地蔵は、難なく母親に抱かれた。
あの重くてびくともしなかった地蔵が、今、母親にしっかり抱かれた。
不思議な現象に、庄屋は土下座して謝った。
済まなかった。これから先はわしが立派な祠を立てて、祀りましょう。
庄屋のおかげで、地蔵は、毎日お供え物が途切れることなく、それから先も村人の平穏を眺め続けたそうな。
でも、夜になると、地蔵はどこかへ行ってしまうそうな。
そして、母親の元にやってきた、抱いてくれとせがむそうな…。
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