『今日の一冊』by 大人のための児童文学案内人☆詩乃

大人だって児童文学を楽しみたい、いや、大人こそ読みたい。
ハッとする気づきのある絵本や児童文学をご紹介♪

翻訳者で選ぶ海外児童文学

2017-03-19 17:24:38 | テーマ別


誰も見ていないであろう(笑)連休中には、ひたすら私の好きな翻訳者をアップしてみます
これ見るといかに私が正統派&王道好きかが分かる。ま、好みの問題なのでしょうけれど

この翻訳者さんが訳したものだったら、私的にハズレはないだろうな~、って方たち(敬称略)。
じゃんっ↓

 ◆ 村岡花子

 ◆ 石井桃子

 ◆ 瀬田貞二

 ◆ 渡辺茂雄

 ◆ 神宮輝夫

 ◆ 猪熊葉子

 ◆ 松岡享子

 ◆ 大塚勇三

 ◆ 中村妙子

 ◆ 脇明子

 ◆ 清水真砂子

 ◆ こだまともこ

 ◆ さくまゆみこ

 ◆ 千葉茂樹

 ◆ 上田 真而子(ドイツ文学)

 ◆ 菱木晃子(北欧文学)


清水真砂子さんは、ご本人の著作を読むとなんだか気が強そうで、あまりお友だちにはなりたくないタイプですが(小声・・・)。
さらに小声でいうと、児童文学といえば、最近は金原瑞人さんですが、『のっぽのサラ』以外はどうも合わない・・・

だから、なんだって話ですが。たまに聞かれるんです、おすすめの翻訳者さん。

私が翻訳者を意識しはじめたのは、子どもの頃、村岡花子さんの大大大ファンだった母が、

「やっぱりアンシリーズは村岡花子訳でないと!」

と言ってたのを聞いて、訳者によって違うんだあ、とおぼろげながら思ったのがきっかけ。
それから、あれ?いつも面白いと思う本は同じ人が訳してるなあ、って小学生ながらに気付いたんです。

本選びのご参考までに

号泣・・・できず『ミアの選択』

2017-03-18 14:12:00 | YA:アメリカ

『ミアの選択』 ゲイル・フォアマン作 三辺律子訳 小学館(SuperYA) 2009年

≪『ミアの選択』あらすじ≫
主人公のミアは、パンクロック好きの家族の中で唯一クラシック音楽のチェロの道を歩んでいる女の子。恋人のアダムもロッカー。アダムと遠く離れてしまうジュリアード音楽院への入学が現実にありそうなある雪の日、家族でのドライブでなんと交通事故に!!!両親は即死、自分も重傷を負い一瞬にして人生が変わってしまいます。幽体離脱したミアは、自分の人生を考え始めます。家族と一緒の場所へ行きたい、生き返っても孤児・・・生きるのか死ぬのか選択を迫られるミア。
世界18か国で翻訳出版された全世界注目のラブストーリー。


あ~、感動した方たち、ゴメンナサイ!!!

心の琴線に触れるストーリー 「カーカス誌」より
読者に生きる価値と意味を教えてくれる。 「パブリッシャーズ・ウィークリー」誌より
魅力的なこの小説に誰もが濃いしてしまう。書評サイト「VOYA」より


などなど各誌の大絶賛が背表紙に掲載されていて期待値があがってしまったからでしょうか・・・

私は号泣できず、でした。
『ワンダー Wonder』のとき(ドキドキしながら書いた批判的な記事はコチラ)もそうでしたが、どうもベストセラー本と私は相性が悪いらしい
好みの問題なんでしょうけれどね

でも、こういう分かりやすいストーリを読みたくなるときもある。疲れているときとか。
深い単館上映系の映画よりも、浅くて手軽に感動できるハリウッド系の映画を見たくなる感覚?
ちなみにこの物語、映画化もされています。こちら↓



う~ん、これは映画のほうがよさそう!見てないけど(笑)。
主役の女の子がいいんですよね

これは、あくまでも個人的な感想なので聞き流していただきたいのですが・・・(じゃあ、書くなよって感じ?)。
分かりやすく感情を揺さぶる物語って、それだけ浅くもある気がするのです、私の場合。
物語というより小説かな。
今回の読んだ感覚は、百田尚樹の『永遠のゼロ』読んだときに似てるかな。確かに分かりやすく感動路線が敷かれているのだけれど、どこかで冷めた自分がいて、それにうまく乗っかれない。設定がうまく行きすぎていることが気になっちゃう

ただ、幽体離脱が特異なこととしてではなく、当たり前のこととして描かれているのは新しいかも。ああ、意識を失っている人に、私たちはかける声を間違えないよういしないと、って思わされました。


特別な時間『もりのかくれんぼう』

2017-03-15 21:40:19 | 絵本


『もりのかくれんぼう』末吉暁子作 林明子絵 偕成社 1978年

“もういいかーい”
“まあだだよ”

かくれんぼって、どうしてあんなにワクワクしたんだろう。
見つけてほしくないけれど、見つけてほしいようなドキドキ
一人でじっと息ひそめ、周囲に耳をすませているときの緊張感。
そこには特別な時間が流れていた気がします。景色に自分も溶け込んでいく・・・。
あ、だからかくれんぼって異世界や時空を超えた空間とつながりやすいのかな?

この絵本(わ、1978年からのロングセラー!)の主人公のけいこはお兄ちゃんとかくれんぼをしていたとき、近道をしようと生垣をくぐったら、見知らぬ大きな森に入っていくんですね。
そこで、木の精のような不思議な男の子に出会い、動物たちも一緒にかくれんぼをします。
黄金色の秋の森の美しいこと。隠し絵的にどこに誰がいるのか探すのも楽しい♪

でも、あとでお兄ちゃんを連れて行こうと何度試してもその森にはもう出会えないんです。昔森があった場所は今は団地。
子どもの頃って、ふっと時空を超えて、かつてあった場所、かつてそこにあったものたちへの思いの場に行けた気がします。
大人もそんな頃を思い出したい。

で、今日もうちの小5長男とその友だちが大興奮で繰り広げていたのが、The☆かくれんぼです。幼稚園時代から変わってない
ただ、高学年らしく、もうちょっとダイナミックに、リアル山の中かくれんぼ
家の前の山の中にかくれるのが、ものすごーーーーーーーーーーーく楽しいんですって

 

あまりにもその楽しさを長男が力説するから、今日は普段塾で忙しい中学受験組までやってきた(笑)。
全然本読まないけど、こういう遊びしてるなら、この子たちは大丈夫


センス抜群!大人なカフェで「山の欠片」展

2017-03-14 20:25:13 | Shop & Caf


週末は相棒のMMちゃんと、長谷にある素敵なカフェVuori(ブオリ)で作戦会議(まだ秘密だけれど、ちょっとワクワクすることを計画しています♪)。
海産物の卸問屋を改装してできた、センス抜群の大人な店でした~。
10歳以下は入店できないし、10歳以上でも騒ぐ人はご遠慮ください、とちょいと敷居が高いけれど

4月2日まで山の本と写真展というのを開催していて、本棚はこんな感じで、年季の入った本がズラリ↓



古書店books mobloさんのセレクトだそう
写真もね、実に無造作に飾られてるのですが、センスがいいの
プリントアウトされたものがピラリと板切れに張り付けてあるだけ。
これ、同じこと私がやったら、ただの大ざっぱな人による、ただのボロい家&ボロい本(笑)。

ただ・・・小声で言うと個人的には、先日紹介した福日和カフェのほうがよかったな。
窓から見える景色がね、ブオリは道路に面しているので車、福日和カフェは小さなお庭なんです
愛想のないスタッフの人の雇われ感とか、10歳以下お断りの書き方とか、色々気になっちゃった
飲み物の満足度も、居心地の良さも、断然福日和カフェのほうが好みだったな。
ケーキは美味しゅうございました




家族写真の絶大な効果!『おじいちゃんのカメラ』

2017-03-13 16:37:26 | アメリカ文学


いま次男は学校で自分史を作っているらしく、1,2歳のころの写真を現像してくれーって毎日せっつかれています
ところが、あれ?データどこにあるんだっけ・・・???途中でカメラを変えたりだなんだで、どこかにあるハズなんだけど~、と時間がかかっているダメ親です

そんなところに、とっても興味深いお話が(こどもの予防医学より)。
ある小児科医さんの体験談で、家族写真が飾っているうちの子はのびのびと育っているというもの。逆にないうちの子は内気でひねくれてる子が多いんですって(ひょえ!うち!?)。
以下その小児科医さんのお話です。

「子どもって無意識のうちにとってもたくさんの事を見ているんですよ。部屋にある家族写真なんか特に。意識して見てないかもしれないけど、毎日その空間で生活していると自然と家族写真が視界に入っていますよ。そんなお父さん、お母さんが自分を抱っこして笑顔でいる家族の写真をみて、子どもは“自分は愛されているんだ”、“大事にされているんだ”と感じるんだと思いますよ。
 
しかも、この家族写真の効果ってすごくて、子どもが成長して思春期になっても絶大な効果を発揮するんですよ。思春期の子って親の言う事を聞かないでしょ?でもね、家族写真の言う事はちゃんと聞くんですよ(笑)。
 
子どもが何か悪いことをした時、ふと子どもは家族写真に目がいくんです。そこで子どもは自分のやった悪いことに罪悪感を感じるんですよ。それは、自分のやったことで“親に悪いことをした”、“親を裏切ってしまった”ってね。だから親は子どもに何も言わなくても勝手に反省してくれます。私がまさにそうでしたしね。親が直接子どもを叱るより、家族写真の方がよっぽど効果があるんです。」


!!!
思い当たる節あり!私はシンプルライフが好きなので、壁に何かを飾ったりとかあまりしないんですよね(ただ単にセンスがないからしない、という説もありますが)。
ところが、実家に帰ると亡き母がコラージュした孫や家族の写真だらけ。実家では子どもたちがのびのびしているし、確かによく写真眺めてる。写真の表情が幸せそうだったら、その情報受け取りますもんね。そりゃ、そうだ。

そんなわけで、今日の一冊は『おじいちゃんのカメラ』



『おじいちゃんのカメラ』パトリシア・マクラクラン作 掛川恭子訳
偕成社 142頁 1993年(原書初版)1994年(翻訳初版)小学高学年から


『ふたつめのほんと』のパトリシア・マクラクランによるもので、主人公のジャーニーは多感な11歳。このジャーニーの母親というのがちょっと飛んでてですね、子どもを祖父の家に置いていってしまって、自分を生きるためにどっかに行っちゃうんです。たまに電話はかかってくるけれど、あまり子どもに興味があるとは思えない。ジャーニーは愛情を求めているのに。

そんなジャーニーとおじいちゃんは、おじいちゃんもジャーニーもよく写真を撮ります。おじいちゃんは無骨だし、似た者同士の二人はぶつかることも多いのですが、あるとき姉のキャットがたずねます。

「おじいちゃんは、なぜ家族の記念写真をとるんだと思う?」
「・・・・おじいちゃんはね、ママがとりあげてしまったものを、おまえにかえしてあげたいと思ってる。家族をあげたいって。」

あとになってジャーニーが写真を見返して懐かしいと思えるように、おじいちゃんは写真を撮り続ける。そして、自分の中の記憶違いの思い出(自分の希望を投影した思い出)にすがることから、ジャーニーは一歩成長していくのです。

これ、子どもがいない夫婦でも同じかもしれませんね。仲良かったときの写真を眺めれば、ケンカのあとにも「でも優しいところもあったじゃない」って思い出せるのかも
さ、写真現像するために、まずはデータ探そう(笑)。