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お百度詣り  ( その7 )

2009-08-06 08:09:45 | ある被爆者の 記憶
 その何日目かの夜。
 珍しく雪明りして、いつもの暗さはないが、却って風がびゅうとなる、そのうなりに気もそぞろなお百度詣りだった。
 風がどう廻るものやら、境内の老杉の梢の雪が、思わぬところでどどおっと落ちる。
 「 兄ちゃん、杉が身震いしとる。」
 「 うん。」
とは言ったものの、みずほは勝手なことを言うと思う。
 頭上が怖ろしいと思っていると、地面に、引っぱたくような音がして、雪饅頭が砕ける。昨夜の雪は水っぽいのだと、無理にでも思おうとした。
 怖い、怖いと思いながらも、どこかで、留置所とやらで、骨の髄まで沁みとおる寒さに震える父のことを考えねばいけないと思った。
 いつものように、桜門の木像に懐中電灯をみずほが当てようとした時、私はどうしたのか、まるで喧嘩ごしのようにみずほを怒鳴っていた。
 「 止めンか!」
 懐中電灯は、雪の上に叩き落とされて、鈍く泥雪を照らしていた。
 「 怖いょ!」
 みずほは母にしがみついた。
 母はみずほを抱えて、私を見張った。
 私は、神前に駆け出していくと、いつものおみくじをわしづかみにして、そのまま、岩山の真下まで、まるで気が狂ったように一息で駆け抜けた。
 そして、祖母の話にあったように、祖父がそうしたように、手にしたおみくじを岩肌めがけて力一杯投げつけた。
 どういうのか、この場合、私が見た賊は、いつか軽便鉄道に乗り合わせた老山伏であった。私は祖父であり、私は老山伏に向って、おみくじの手裏剣を放っていたのである。
 山伏の右足に手裏剣はみごとに突き立った。
 そして、その時、軽便鉄道の中の山伏が跛を引いていた理由が、ああ、そうだったのかと思った。闇の中から、跛の老山伏が顔をつき出し、振りかえってにっこと笑った。
 私はがく ゝと震えながら、わあっと声を上げて泣いた。なぜ、そんなことをしたのか、私には分からない。ただ分かっていたことは、自分の泣き声が自分の耳に入ってきたが、構うものかと思ったことだけである。 
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