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黒の水引とんぼ   その3

2007-08-06 08:13:40 | ある被爆者の 記憶
 母親の顔つきは一段と険しくなった。
「誰にも言うたらあかんで。永松の家のぐるりは、憲兵さんが見張ってはるんや。」弟のみずほが、ぶるるっと大きく震えたが、それを見て、母も姉も、そして私も笑わなかった。本人も照れ笑い一つしなかった。
 憲兵さんが永松の家のぐるりを、どうして見張っているのか、弟がなぜそのことを尋ねないのか、私は不思議だった。かといって、私に全てがのみ込めているわけではない。おそらく、弟と私とは同じ程度の理解でしかなかったろう。それだけに私はなおのこと、弟に、もっと深く質問させてみたかったのにちがいない。自分ではとても尋ねられなかった。
 ー今にして思えば、詳しく四郎さんのことを知りたいと思う者ほど、尋ねられなかったのであろう。すみ子姉がその折、発言した記憶が私にはない。もっとも子どもたちの誰かが質問していたとしたら、母は何と答えるつもりだったのだろうか。母さえ、永松の家族や憲兵の誰かに会って、四郎脱走の情報を掴んでいたわけではあるまい。直感で、そう思ったのにちがいない。最悪の事態の到来として、永松の家の周辺を見張る憲兵の物々しさから、そう判断したのに決まっている。
私たちは、夜が深まるにつれて、外界の全てを音だけを頼りに知り尽そうとした。緊張に耐えられなくなっては、かわるがわる太い息を吐いた。そしてまた時々刻々緊張に身をこわばらせた。
 突如、水鳥の羽ばたきよりもあわてた、浅瀬を突っ走る音がした。
 「待て!」
と言ったかと思うと、銃声一発、異様な轟音を永々と残して消えた。黒岡川の両岸の石垣が、音響板代わりになったのである。
足音が、ぴたっと止んだ。
四郎さんが撃たれた。ー 見もしていないのに、疑いもなくそう思った。

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