丸森町から! 一條己(おさむ)のほっとする丸森

15頭の乳牛と田に30羽の合鴨。畑に特産ヤーコンを作っています。訪れるだけで「ほっとする町」丸森町の様子をつづります。

父富男の生活は農業と子育てでした。トヨタの赤いコロナバンで家族サービス。

2020-12-12 21:18:20 | 日記

我が家は曽祖父の時に分家して小さな農家を営んで今日まで来ました。父は三代目で私が四代目です。

家族みんなで、山に入って木を伐り炭木やホダギ、薪を運びだす。蚕、乳牛、鶏を飼ったり、コメ、菜種、シイタケ、キュウリ、干し柿、イチゴ、梅、いちじく、大根、白菜、大豆など

数えきれないくらいの種類を作ってきました。

農協や商店にも出荷しましたが、舘矢間にあった市場にも出荷していました。

それで、私は小学三年生から、小さな子供用自転車に🍓、大根、干し柿、シイタケを積んでもらって、

毎日市場に野菜を運びました。

小学校から特別に自転車通学の許可をもらえました。先生方は🍓や野菜を注文して下さったので、

お昼休みは品物を取りに家に帰る日もありました。中学校をそつぎょうするまで続きました。

父は私たちがおおきくなり小学生になったころから自動車の免許を取り日雇いに行くようになりました。

トヨタの赤いコロナバンで家族サービス。

養蚕の仕事の合間に子供たちを車に寝かせながら東北の観光地を回るのですが、

移動はほとんど夜なので父はいつ寝ていたのか子供達にはわかりませんでしたが、

とちゅうで休憩をとってたのでしょうね。昔の自宅の前でポーズ。

 

 

 

出羽三山の五重塔で

二人の姉夫婦と

初孫の真衣ちゃんと

 

親戚集合

カラオケが好きでした

大河原の桜並木で次男の吉男さんの家族と

とても楽しい子供時代でした。

堀上

長谷家と

 

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