若い女性が、「いつか白馬にまたがった素敵な王子様が自分を救い出してくれる。」と考えて自立の気持ちを持たないことを、シンデレラ・コンプレックスといいます。
一方で、依存性パーソナリティ障害の人は、いつも、手厚い保護と過剰ともいえる制限を受けて、自分のことは自分でするようにと親から進められることがあまりありません。行儀良く、おとなしく良い子でいると、十分に保護され、手助けしてもらえました。もし、自分だけで片づけようとすれば、親はむしろその行動をけなしたりします。親に救いを求めればよろこんで助けてくれます。子どもに頼られることで、親としての自負心を持とうとしたからです。
その結果、シンデレラ・コンプレックスに陥った若い女性も、依存性パーソナリティ障害の人も、いつも自分を守ってくれる人を探し、他人任せの人生を送るようになってしまうのです。困難に立ち向かったり、敵と戦ったりはしません。それよりも、自分を支えたり守ってくれる人を探すことがなにより優先します。すばらしい人があらわれて、自分の人生を変えてくれると考えて待ち続けます。自分の生き方に自分で責任をとらなければならない場面に出会うと恐怖してしまうので、自分を助けてくれそうな人に追従したり、迎合したりします。保護してくれる人がいないと絶望感を抱いてしまうのです。
一方で、依存性パーソナリティ障害の人は、いつも、手厚い保護と過剰ともいえる制限を受けて、自分のことは自分でするようにと親から進められることがあまりありません。行儀良く、おとなしく良い子でいると、十分に保護され、手助けしてもらえました。もし、自分だけで片づけようとすれば、親はむしろその行動をけなしたりします。親に救いを求めればよろこんで助けてくれます。子どもに頼られることで、親としての自負心を持とうとしたからです。
その結果、シンデレラ・コンプレックスに陥った若い女性も、依存性パーソナリティ障害の人も、いつも自分を守ってくれる人を探し、他人任せの人生を送るようになってしまうのです。困難に立ち向かったり、敵と戦ったりはしません。それよりも、自分を支えたり守ってくれる人を探すことがなにより優先します。すばらしい人があらわれて、自分の人生を変えてくれると考えて待ち続けます。自分の生き方に自分で責任をとらなければならない場面に出会うと恐怖してしまうので、自分を助けてくれそうな人に追従したり、迎合したりします。保護してくれる人がいないと絶望感を抱いてしまうのです。