荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『ジャングル・ブック』 ジョン・ファヴロー

2016-08-23 02:12:32 | 映画
 前作『シェフ 三つ星フードトラック始めました』(2014)ではみずから主人公を演じつつ、フロリダからニューオーリンズ、テキサスへと遡行し、アメリカ南部への深い愛を吐露したジョン・ファヴロー監督だが、こんどはディズニー映画を無難に乗りきることによって、次回のわがままを通すための後ろ盾と資金を確保しようとしているのだろうか? であるにしても、マーベルコミックという彼のホームグラウンドにおける『アイアンマン』1&2同様、この人の刻印がはっきりと認められる。
 ディズニー映画というと、すぐに歌い上げ調の感動ミュージカルバラードで飾り立ててしまう傾向が近年ますます強まっているが、ジョン・ファヴローはそっちに逃げない。新作『ジャングルブック』は、ディキシーランドジャズをはじめとする南部の音に、涙ぐましい愛情表明を図っている。この表明のためにこそ彼は、本作の監督を引き受けたのではないか。
 たとえばクリント・イーストウッド監督『ジャージー・ボーイズ』(2014)でミュージカルダンスを披露したクリストファー・ウォーケンにディキシーランドをシャウトさせてみせる。彼が声を担当した巨大マントヒヒがディキシーランドジャズに乗せて「俺様はおまえのようになりたいのさ」と主人公少年をいやらしく勧誘する。
 また、巨大ニシキヘビの声を担当したスカーレット・ヨハンソンも「トラスト・ミー」なんて歌詞を気だるく歌うのがエンドクレジットで流れ、挙げ句の果てにはドクター・ジョンの渋いサザンロックが最後に全部持っていくのだ。しょせんはディズニーの特撮効果の品評会だと侮るなかれ。『マレフィセント』で主人を失って何年も経過した羽がバサバサと激しくうねり始める瞬間の映画的興奮を、時にディズニーは現出させうるのだから——

 『ジャングル・ブック』は、古典的名作アニメの実写化という課題を軽やかにクリアする快作だ。〈野性の少年〉を主人公とするという点では、同時期に公開中のデヴィッド・イェーツ監督『ターザン:REBORN』と重複するわけだが、その精神性は180°異なる。同作についての拙ブログ記事にも書いたことだが、主人公の野性性は『ターザン:REBORN』においては、植民地主義者による植民地主義批判という、「盗っ人猛々しい」説教臭さによって塗り込まれてしまった。大英帝国の貴族の子弟でありながらゴリラの集落で育ったターザンが、ベルギーのコンゴ植民地経営の圧政ぶりに対してノーを言ったりする。この政治的バイアスを耐えがたく考える映画ファンも多いことだろう。
 『ジャングルブック』の素晴らしさは、映画の全編があくまでもジャングルの掟に留まるという点である。掟の墨守/逸脱のあいだをつねに揺れながら、旅に出ては引き返し、また離反しつつ、放蕩息子は帰還するのである。オオカミの子として育てられた主人公のモーグリ少年は、ジャングル共同体を愛し、と同時に他者でもある。彼は愛する故郷であるオオカミの里を発たねばならない。彼は離反することによって一体化するのである。


丸の内ピカデリー(東京・有楽町)ほか全国で公開中
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