さじかげんだと思うわけッ!

日々思うことあれこれ。
風のようにそよそよと。
雲のようにのんびりと。

笛吹権三郎(3)

2007-10-26 21:53:22 | 民話ものがたり
子酉川は、ごうごうと渦を巻き濁流が恐ろしい叫び声を上げて、堤にぶつかります。ぶつかるたびに土は削られ、村人たちが積んだ土を詰めた俵にも浸水し始めた。
「だめだぁ、このままだとみんなおっちんじまぅわ」
と指揮を執っていた庄屋がいいました。
確かに、堤が破れるのは時間の問題であることは、誰の目から見ても明らかでした。
「しょうがねぇ。皆の衆、撤収すべ。丘の上まで急げ」
と指示を出しました。村人は手に手に道具を持って、死にものぐるいで高台へと駆けあがっていきます。
その時でした。
堤の補強に参加していた村人の内、一番年若のものが泥沼と化した田に足を取られ転んでしまったのです。
堤は、精一杯に濁流を押し返しており、いつ破れてもおかしくない状況です。土の俵を支える丸太も、がくがくと震えています。
若者は洪水の恐怖に駆られ、まとわりつく泥に手足をとられ、沼から出ることはできません。
雨、泥、川の水、汗、涙、鼻水で顔はぐちゃぐちゃ。頭の中は何が何だか分からぬ状態。右手で右足の泥を払おうとするものだから、体勢を崩してまた泥につかる。そんな繰り返しでした。
村人はみんな逃げることで精一杯だったので、若者のことに気が付くものはいません。
ただ一人、権三郎だけがふとふり返った拍子に、泥の中であがく若者を見つけました。
見つけると無意識に、権三郎は若者を助けに走り出します。
一足早く丘にたどり着いた庄屋が、その様子を見て、何かを叫んでいますが、権三郎には聞こえていません。
「大丈夫か。ほれぇ、手ぇ貸せ」
若者のところにたどり着くと、手を貸し肩を貸し、とうとう若者を助け出します。
堤の方に目をやると、支えていた丸太にひびが入ります。俵の間からちょろちょろと水が漏れていたかと思うと、どどーっと水があふれ出しました。
「いかん、走れぇ」
と権三郎は叫びました。
村人の大半は安全な丘までたどり着き、口々に「急げ」とか「走れ」とか叫んでいます。
若者の手を引いて走る権三郎は、背後から迫る恐怖に心臓がばくばくと大きく鳴り、張り裂けんばかりです。
いつの間にか、権三郎は「うぉぉ」と獣のような声を上げながら、駆けていました。
そして、二人が丘にたどり着くと同時に、その瞬間に二人がいた場所は、ざぶんと水に浸かってしまいました。
「あ、あぶないところじゃったのぅ…」
庄屋が呟きました。
若者は、何も言わずに、そこにへたり込みました。
権三郎は、何ものも飲み込みながら押し流れる水の行き先を見つめていました。その方向には、権三郎と母が住んでいる小屋があったのです。

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