街全体が明るい。
日が沈んで大分経ち、空気はコートの上からでも刺すようにピリピリしているのに、この日の喧騒は 世界中が幸せであるかのような錯覚をさせる。道行く恋人達もその気にさせられて、 世界中で自分たち程幸せな者はいないという笑顔で。
クリスマスイヴ。今まで恋人と二人キリで過ごしたことなんか無かったから気がつかなかったけど、 この日は世界中の人にやってくるんだね。ひとりでに、にやけちゃう。 それにしても・・・ ・・・遅いなぁ。
7時40分。約束の時間からもう40分過ぎてる。待ち合わせ場所を外にしたのは間違いだったな。 彼が仕事から直ぐに抜け出せないかもしれないこと、分からなくもないのに。でも、クリスマスイブの待ち合わせ。 女の子がひとりポツンっと待ってるってイメージがあって、なんとなく憧れちゃったんだもん。男の人が待ってるっていうのは ちょっとカッコ悪いし、待たせる女もどうかと思うよ。そう言えば 気を使わせたくないからワザと少しだけ遅れていくなんて話もあったっけ? そんな気をまわさなくたって、普通の女の子は早めに来てるもんです。 だからってこの寒さは・・・ ・・・
「ごめん、遅くなった」
「あっ! ・・・ ・・・言わなくても分かる」
「ごめん。余裕持ってたつもりなんだけど・・・ ・・・寒かったろ?」
「仕事でしょ? しょうがないよ。それより行こ。お腹空いちゃった」
「そうだね。走ったから喉乾いちゃった」
「あっ、予約してたお店、7時から7時半くらいって言ってたんでしょ? もう20分も過ぎてるよ」
「大丈夫。さっき連絡入れといた。8時には行きますって言っといたから、直ぐに出来たてが食べられるよ 多分」
「それは用意がいいけど、普通私に連絡くれない? 職場だったらと思うから こっちから 連絡入れるの控えてるんだから」
「ごめん、ごめん。でも今日は予約とるのだって大変な日じゃない。そのお店に穴をあけちゃいけないというか、 お店の人にヘソ曲げられちゃったら他の人通されちゃうかもしれないし・・・ ・・・」
「良いけど。 でも本当、ちょっと知られたお店だと予約で一杯になっちゃうんだよね」
「だから、折角時間取れたんだし もうちょっとお洒落な処にすれば良かったのに・・・ ・・・」
「いいの。行こう!」
私はちょっとはしゃいで。その気持ちを素直に表す様に、彼のコートの腕に巻きついてみた。 彼にお願いしたのは新横浜の駅ビルにあるお店。待ち合わせ場所に、ターミナルの時計が見える所 なんて指定したから当然外になっちゃったわけだけど、それでもここから歩いて5分とかからない。 絡めた腕に、まだ伝わるはずの無い温もりを感じて歩き出した。
「今、食事の時間だろうに 結構みんな歩いてるね。賑やかだ」
「クリスマスだもん。相手がいなくたって、取りあえず外に出ちゃうんだよ」
「君もそうなの?」
「そういう女だったら、今こうしてあなたといない」
「確かに」
「納得されてもなんか虚しいなぁ。あ、さっきね、あのお店でアイスクリーム食べたの」
「アイスクリーム? この寒いのに?」
「あ~、美味しいのよ。って、前に一緒に食べたじゃない。第一ほら、みんな食べてるでしょ、 だから売ってるんだし」
「まあね」
「久しぶりに来たから懐かしくって、ていうか来る前から食べるつもりでいたんだけどね。私が並んだ時 誰もいなくてすぐ買えたの。で、店先で食べてたら後からどんどんお客さんが来て、それがみんなカップルなのよ。 クリスマスのカップルってさ、自分たちが世界で一番幸せなんだって思ってるなんて話、あるじゃない? でもあれは嘘だね。 うううん、そう思えるのは本当の愛で結ばれたカップルだけで、 クリスマスに駆け込みセーフなカップルも結構いるんだよね。 だってみんな私の事見るんだよ。 みんな女の子なんだけどさ、ひとりと目があって視線を逸らすと 別の誰かと視線が合うの。 で、離すとまた誰かと。みんなで私を見るんだよ。 多分まだまだ自分たちの愛に不安な急造カップルなんだよね。 だから他の女の子の事が気になっちゃう。で、取りあえず自分は恋人いるからちょっとリードしてるぞって、 一人でいる私を見るのよ。 ほんとクリスマスって、相手がいるかいないかで天国と地獄だよね」
「もうお店に入ってもいいかな?」
「あ!」
思わず話込んじゃった。ここのアイスクリームスタンドは春頃デートで利用した場所。テイクアウト専門で食べるところは無いんだけど みんな立って食べてる。私はダージリンのコーンで彼はラムレーズンのカップを食べた。その後楽しみにしていたコンサートに行って、 帰りに遅い夕食を取ったのが向かいのこのドイツ料理のレストラン。
「いらっしゃいませ」
ドアを開けるとBGMはホワイトクリスマス。店内はさすがにクリスマス一色。もっとも表は駅に続くアーケードだから そこのディスプレイもクリスマス一色なんだけど。
「すいません、遅くなりました。二人で予約をしていた者ですが・・・ ・・・」
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
店内のテーブルは殆ど二人がけ。そして空いたテーブルはひとつだけという賑わい。やっぱり今日は予約だけで一杯なのね。
「お食事はすぐにお持ちします。お飲物の方は如何なさいますか?」
「あ、飲み物も一緒に頼んであると思うんですけど・・・ ・・・」
「失礼いたしました。すぐお持ち致します」
ウエイターさんはそう言うと足早にテーブルを後にした。
「ね? 飲み物って、何を頼んだの?」
「それは出てきてからのお楽しみ」
「はい。大人しくお待ちします」
彼が笑って言うから、私も笑って応える。 周りは全部カップルで、みんな私たち程幸せ者はいないって顔してる。 その中に私も、私たちもいるんだなって思う。
「お待たせいたしました」
背の高いスマートなボトルから、見慣れた形の2つのグラスに、ウエイターさんがその液体を静かに注ぐ。 周りのイルミネーションが作り出す光が、金色のグラスの中で輝いている
「メリークリスマス!」
彼の言葉に合わせ、私もグラスを持ち上げた。 ~つづく~
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