初めてコメントが付いてメチャクチャ嬉しい今日この頃です。
オーディオ趣味って定義は難しいですが、
出来る限り再生音を良くするために試行を凝らすって趣味なんだと思います。
音楽を聴くのは音楽鑑賞という趣味なので、
音楽聴くことが好きで、その音の質を良くすることにも多大な費用と手間を費やす人は
趣味が音楽鑑賞とオーディオなんだと思います。
でもオーディオってある程度のところまで行くと
趣味として続けていくのは非常に難しくなります。
学生時代にちょっと無理してコンポーネント一式揃えた後、
セッティングを自分好みに詰めて、その後は趣味としての行動は殆ど休止状態でした。
音を良くするために機器をグレードアップするには
上位機の価格があまりに高過ぎるし、
無理して買った機器を使い込まずに替えるのも納得出来なかったからです。
なのでコンポーネントを使って毎日のように音楽は聴いていましたが
これ以上音を良くする努力はしたくてもなかなか出来ず
CDを買うことに注力せざるを得ませんでした。
今回はそこそこ貯金を作って、またオーディオ趣味に再挑戦することができましたが、
スピーカーを新調して、セッティングを調整して
電源やケーブルをそれに見合うモノをあつらえた後
それ以上趣味としてやっていけるのか疑問です。
そういう状態に陥った人が、それでもオーディオ趣味として続けていくと
どうしてもアクセサリー類に手を出して、
効果あるのかわからないものを買い替え続けてしまうのではないかと思うのです。
もちろん有意に音質的向上をもたらすアクセサリーもあるのかもしれませんが、
「オーディオを趣味として続けていくために、まだ手を加えていない部分に
オーディオグレードのモノをあつらえる」ということをしている人にとって
そのアクセサリーが例えプラシーボでも購入対象として十分存在価値はあるわけです。
私としては製品を買う際には、その製品に音質を向上できる理論があり、
その理論が自分で納得出来るモノでなければ買おうとは思いません。
聞き比べてして変わったから買うという行動もいいのですが、
正直自分の聴感の正確さや嗜好というものに絶対的な自信はなく、
日々の体調や気分によって変わりうるものだと思うからです。
話が逸れてしまいましたが、私が言いたいのはアクセサリーへの批判ではなく、
今思えば、1万~3万前後のヘッドホンを買いあさって、
その音質や鳴り方を聴き比べて楽しんでいた時代が、
気軽にシステムを改変でき、改変した分だけ音が激変し、
その変化を試行錯誤して楽しめるという意味では
最もオーディオを趣味として楽しめていた時代ではなかったか、と最近思うわけです。
もちろんオーディオ趣味としては紛れもなくプアオーディオだったわけですが、
比較的安価なシステムに夢中になっていることを井の中の蛙とあざ笑っていいのか
(私の今のシステムもこれから目指すシステムも十分井の中の蛙ですが、)
金を沢山持っている人が、最初から金にモノを言わせた高額コンポーネントを組むのが
果たしてオーディオ趣味として最高に楽しいのか
そういう事を考えてしまいます。
金満主義の蔓延るオーディオ業界で、
高額な機器ほど音がいいという風潮が少し疑問視され始めている風潮がありますが
趣味としての楽しさにもスポットライトが当たってくれるといいなあと思ったりします。
オーディオ趣味って定義は難しいですが、
出来る限り再生音を良くするために試行を凝らすって趣味なんだと思います。
音楽を聴くのは音楽鑑賞という趣味なので、
音楽聴くことが好きで、その音の質を良くすることにも多大な費用と手間を費やす人は
趣味が音楽鑑賞とオーディオなんだと思います。
でもオーディオってある程度のところまで行くと
趣味として続けていくのは非常に難しくなります。
学生時代にちょっと無理してコンポーネント一式揃えた後、
セッティングを自分好みに詰めて、その後は趣味としての行動は殆ど休止状態でした。
音を良くするために機器をグレードアップするには
上位機の価格があまりに高過ぎるし、
無理して買った機器を使い込まずに替えるのも納得出来なかったからです。
なのでコンポーネントを使って毎日のように音楽は聴いていましたが
これ以上音を良くする努力はしたくてもなかなか出来ず
CDを買うことに注力せざるを得ませんでした。
今回はそこそこ貯金を作って、またオーディオ趣味に再挑戦することができましたが、
スピーカーを新調して、セッティングを調整して
電源やケーブルをそれに見合うモノをあつらえた後
それ以上趣味としてやっていけるのか疑問です。
そういう状態に陥った人が、それでもオーディオ趣味として続けていくと
どうしてもアクセサリー類に手を出して、
効果あるのかわからないものを買い替え続けてしまうのではないかと思うのです。
もちろん有意に音質的向上をもたらすアクセサリーもあるのかもしれませんが、
「オーディオを趣味として続けていくために、まだ手を加えていない部分に
オーディオグレードのモノをあつらえる」ということをしている人にとって
そのアクセサリーが例えプラシーボでも購入対象として十分存在価値はあるわけです。
私としては製品を買う際には、その製品に音質を向上できる理論があり、
その理論が自分で納得出来るモノでなければ買おうとは思いません。
聞き比べてして変わったから買うという行動もいいのですが、
正直自分の聴感の正確さや嗜好というものに絶対的な自信はなく、
日々の体調や気分によって変わりうるものだと思うからです。
話が逸れてしまいましたが、私が言いたいのはアクセサリーへの批判ではなく、
今思えば、1万~3万前後のヘッドホンを買いあさって、
その音質や鳴り方を聴き比べて楽しんでいた時代が、
気軽にシステムを改変でき、改変した分だけ音が激変し、
その変化を試行錯誤して楽しめるという意味では
最もオーディオを趣味として楽しめていた時代ではなかったか、と最近思うわけです。
もちろんオーディオ趣味としては紛れもなくプアオーディオだったわけですが、
比較的安価なシステムに夢中になっていることを井の中の蛙とあざ笑っていいのか
(私の今のシステムもこれから目指すシステムも十分井の中の蛙ですが、)
金を沢山持っている人が、最初から金にモノを言わせた高額コンポーネントを組むのが
果たしてオーディオ趣味として最高に楽しいのか
そういう事を考えてしまいます。
金満主義の蔓延るオーディオ業界で、
高額な機器ほど音がいいという風潮が少し疑問視され始めている風潮がありますが
趣味としての楽しさにもスポットライトが当たってくれるといいなあと思ったりします。