ガンジス・河の流れ

インド・ネパール。心の旅・追想

ジャンキーの旅         マリー

2011-06-01 | 2部1章 マリー


「大変よ、トミー」
廊下をパタパタと駆けるサンダルの音。朝、マリーが新聞を持ってぼくの部屋に飛び込んで来た。
「刑務所内で大事件だわ」
『デリー中央第一刑務所内で集団肝炎発生、多数の死傷者が出たもよう。原因は調査中だが刑務所内の水源汚染によるものと思われる』新聞記事。
「クリス、死亡。モハンマド、これはパラの本名なんだけど重体・・・」
彼女は記事を読み続ける。皆、ぼくが知っている奴らだ。一週間前の夕方、ぼくの釈放を監房内から手を振り声を掛け見送ってくれた。
「トミー元気でやれよ」
「外でまた会おう」
クリスはピーターと同じ四房、パラは九房、六房のムサカそれに七房のチョコマ。其々の房は異なっているが全員スタッフの常習者だ。ヘロインは体力を低下させると同時に痛みを感じさせない。末期癌患者の激痛はヘロインから作られたモルヒネで緩和させる。スタッフの中毒者である彼らは身体の異常に気付かなかった。第五監房区には三ヵ所の水場がある、飲んではならない水場はぼくも知っている。
 今年のデリーは異常気象で乾季は連日四十七度の熱波が襲った。五十度を超える照り返しの熱風から逃れる術はない。唯一の方法は房の鉄格子のドアを厚い毛布で覆って閉め熱風の侵入を防ぐ、それしかなかった。朝、起きて首筋や腕を触るとざら々するのは毛穴から汗が蒸発し肌に残った微細な白い塩の結晶だ。多くの収監者は体力を消耗し疲れきっていた。
クリス、三十七才死亡、小柄で人の良いフランス人だった。もしぼくの釈放が一週間遅れていたら・・・
コメント
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