2023年に山陰道を旅してから今回は東海道53次を旅することとなった。この旅行社はかって奥州・中山道などいくつかの「街道をゆく」をやっていた。山陰道の印象がすこぶるよろしかったためでもあるのですが、今回の東海道は出発当初からあまり期待はしていなかったのです。何故かって、日本の大動脈、もう発展し過ぎちゃってて古は遙か昔にあっちに行ってしまっているだろうと思えるからなのです。
東京駅集合でした。何とも人影まばらな高層ビルに囲まれた東京駅。
中学生か高校生かな旗を持って先導するガイドさんのあとを東京駅に向かって歩く、多分修学旅行生。外国の方たちのグループも何組か歩いていた。
駅南口のドーム型の八角形天井、白い鳩らしきと思ってみていたらワシですって、が8羽。太平洋戦争で焼損した駅舎を大正時代創建当時の姿にと2012年に取り戻したという駅舎。この八角天井も当時のままなんだろうと、勝手に見上げてみました。
伊豆箱根バスに乗っけてもらって日本橋にやって来た。駐車場はありません。少しの時間すみませんと路上駐車。
東海道53次といえば、なんといっても広重の浮世絵。53の宿場に併せて、日本橋と京都3条大橋を加えれば55枚の浮世絵となるのでしょうか。
旅は53の宿場に沿って歩くだろうと思いきや、江戸時代は遠い昔の彼方、発展し続けてきた現代の世には何も残っていない宿場が幾つもあるのは当たり前のこと、どんどん飛ばしてバスは走るのでした。
ここ日本橋を起点とする江戸五街道は、東海道・中山・甲州・日光・奥州街道の5つだ。甲州・中山道は地元長野県を通る路だからよいとして、残りの路をすべて歩いてみたい。
これ麒麟像と言うらしいんですがどこがキリンなんだろうか。ここには「日本国道路元標」ってのが何処かに埋まっているらしいけど見つけることはできませんでした。
日本橋の上を走る高速道路。これオリンピック道路だったのでしょうか。この道路が地下に潜るというのですが、日本橋から見上げたら何の遮蔽物のない青空が広がっていた・・・といった景色はいつになれば見られるのか分かりませんが。