仙台高裁の県警報償費判決。
すべて架空とは言えず、すべての地裁判決を取り消す。
*。
即ち、月は見なければない。
月があるとするものは、月があることを証明せよ。
即ち、月があることを証明できないければ、月はない。
*。
月があることの証明は、
月は見なければないというものに、
月があることを証明することだ。
即ち、決定不能証明不能問題だ。
*。
月を見なければないというものには、
月があるともないともいえない。
ここにGoedelの不完全性定理によって、
ただ一つ正しい文章が存在する。
即ち、月はある。
*。
仙台高裁論法は、
靖国に行くとも行かないとも申しません、
これと同じ論法だ。
月を見なければない。
対偶を採る、
月を見れば月はある。
即ち、月はある。
証明終わり。
*。
即ち、操作費横領は証明できなくても行われている。
裁判の論理自体に、その存在が証明されている。
これは一人称衝動には理解できない。
*。
即ち、一人称衝動は、理解できないことはないとする論理だ。
一人称衝動の主張自体が存在を自白している。
即ち、一人称衝動は妄想である。
*。
妄想の否定に対する否定が妄想である証明になっている。
従って、仙台高裁判決は、
財布がない→お前が盗んだ→金を返せ。
このプロセスと同じだ。
これが通ることは、お上一家が認知症である証明だ。
すべて架空とは言えず、すべての地裁判決を取り消す。
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即ち、月は見なければない。
月があるとするものは、月があることを証明せよ。
即ち、月があることを証明できないければ、月はない。
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月があることの証明は、
月は見なければないというものに、
月があることを証明することだ。
即ち、決定不能証明不能問題だ。
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月を見なければないというものには、
月があるともないともいえない。
ここにGoedelの不完全性定理によって、
ただ一つ正しい文章が存在する。
即ち、月はある。
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仙台高裁論法は、
靖国に行くとも行かないとも申しません、
これと同じ論法だ。
月を見なければない。
対偶を採る、
月を見れば月はある。
即ち、月はある。
証明終わり。
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即ち、操作費横領は証明できなくても行われている。
裁判の論理自体に、その存在が証明されている。
これは一人称衝動には理解できない。
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即ち、一人称衝動は、理解できないことはないとする論理だ。
一人称衝動の主張自体が存在を自白している。
即ち、一人称衝動は妄想である。
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妄想の否定に対する否定が妄想である証明になっている。
従って、仙台高裁判決は、
財布がない→お前が盗んだ→金を返せ。
このプロセスと同じだ。
これが通ることは、お上一家が認知症である証明だ。