マンガを描くのが好きです。
下手の横好きのレベルですが・・・。
小学校時代からの悪友が、これまた上手い絵を描く奴で
そいつに感化されたのですね。
そいつと悪友もう一人とで、大学時代には同人誌のまねごとをやって、
大学では別に学校の漫研に所属という、いっぱしのマンガ青年をやってました。
初コミケットの参加が東京都立産業会館台東館という、
ボヤ出しのため1回で追い出されたという伝説の会場でした。
年齢がバレるなぁ~。
初コミケは緊張しまくりでした。
気負いまくって、パネルやら何やらを山ほど持ち込んだのも
若さゆえの過ちというやつでしょうか。
最初のコミケということで、違和感バリバリだったことしか
記憶にありません。
「僕はこんな所に、居てはいけないのではないか?」
「こんな所に入り浸っていると、人間が駄目になるのではないか?」
「なぜ、あそこのサークルの女性は、全員黒い服を着ているのだろうか?」
「なぜ、その黒服サークルの女性は、皆けだるくカレーを食べているのであろうか?」
等々
でも、数冊といえども目の前で本が売れるという快感と、
小生が描いたパネルを見て、女性が首を捻りながら、自分の手首を
クルクル返しているのを見た屈辱(要は手首のデッサンが狂っている、という事を言いたかったのでしょう)。
この2大衝撃が、その後20年間に亘ってマンガを描き続けるはめになる、
原体験というか、原動力になったのであります。
ちなみに、この女性の手首を返す様があまりに印象的だったので
参加していた悪友2人より
「デッサン音頭」と命名され、
その日の打ち上げの飲み会は言うに及ばず、それから以降もずっと
酔うたびに
「あ、ほれ、デッサン、デッサン」
と馬鹿にされ続けております。
下手の横好きのレベルですが・・・。
小学校時代からの悪友が、これまた上手い絵を描く奴で
そいつに感化されたのですね。
そいつと悪友もう一人とで、大学時代には同人誌のまねごとをやって、
大学では別に学校の漫研に所属という、いっぱしのマンガ青年をやってました。
初コミケットの参加が東京都立産業会館台東館という、
ボヤ出しのため1回で追い出されたという伝説の会場でした。
年齢がバレるなぁ~。
初コミケは緊張しまくりでした。
気負いまくって、パネルやら何やらを山ほど持ち込んだのも
若さゆえの過ちというやつでしょうか。
最初のコミケということで、違和感バリバリだったことしか
記憶にありません。
「僕はこんな所に、居てはいけないのではないか?」
「こんな所に入り浸っていると、人間が駄目になるのではないか?」
「なぜ、あそこのサークルの女性は、全員黒い服を着ているのだろうか?」
「なぜ、その黒服サークルの女性は、皆けだるくカレーを食べているのであろうか?」
等々
でも、数冊といえども目の前で本が売れるという快感と、
小生が描いたパネルを見て、女性が首を捻りながら、自分の手首を
クルクル返しているのを見た屈辱(要は手首のデッサンが狂っている、という事を言いたかったのでしょう)。
この2大衝撃が、その後20年間に亘ってマンガを描き続けるはめになる、
原体験というか、原動力になったのであります。
ちなみに、この女性の手首を返す様があまりに印象的だったので
参加していた悪友2人より
「デッサン音頭」と命名され、
その日の打ち上げの飲み会は言うに及ばず、それから以降もずっと
酔うたびに
「あ、ほれ、デッサン、デッサン」
と馬鹿にされ続けております。