今日も元気で頑張るニャン

家族になった保護猫たちの日常を綴りながら、ノラ猫たちとの共存を模索するブログです。

わが家のニャントイレ事情

2021年02月28日 | 大家族の日常
クウがまた怪しくなってきました。粗相の再発です。一昨年の夏、突如として全員参加の形で勃発したこの問題は、最後まで残ったクウが昨年4月になってようやく落ち着きを見せた。(過去記事「粗相問題の収束宣言」)  しかし、問題が完全に解消したわけではなかったのです。

今では陽だまりで仲良く一堂に会することもあるわが家のニャンコたち

この話を続ける前に、わが家のニャントイレの歴史を振り返ってみると・・。
かつてハナ、テツ、くもの3匹時代は普通サイズの砂トイレがひとつだった。掃除は朝と夕方定期的に2回。様子を見て何かあれば掃除していたので、平均すれば1日3回くらいだろうか。それで何の問題もなかった。(晩年のボケによる粗相を除く。)

一方現在の保護ニャン時代は3匹時代の終焉とともに始まり、徐々に増えて幼猫チキンを迎えた一昨年の夏には9匹になった。その時のトイレ数は6個(砂3システム3)。置き場所は2階の廊下に物干し部屋、1階の廊下2および和室と洗面所。場所は試行錯誤でいろいろ変えてみたけど主に使うのは廊下のトイレ3ヶ所。他のトイレはなくてもよさそうな感じだ。トイレ掃除の頻度は以前と同じ。

必要なトイレ数については、数多ある猫育てノウハウ記事がみな同じことを書いている。「必要トイレ数=飼育頭数+1。」 情報の出どころが同じなのか単なる他記事のコピー連鎖なのか、この付和雷同的な一致にはまったく恐れ入る。しかし、正直これは大袈裟過ぎる。そんなにトイレを置いても、大体同じところでしかしないのです。

日が届くように布団を上げたコタツでくつろぐキーとクウ

さて、わが家の粗相問題は昨年の収束宣言以降は治まったかに見えた。頭数は入れ替わりがあったもののチキン加入前と同じ8匹。トイレ数も同じ6個。一昨年夏に問題が起こった時は多頭のストレスかと思ったが、結局ストレスを与えていたのは自分自身だった。(前出過去記事参照)  ニャー(の転嫁行動)を警戒してトイレに入れず粗相していたクウも、自分の居場所となったリビングのテーブル下にトイレが常設されたことで問題が解消した・・・はずだった。

それが今年になって突然にクウの粗相が再燃。1月は半数以上の日で粗相、2月になって落ち着いてきたもののまだ思い出したように粗相する。粗相の場所はリビングのテーブル下。"愛用"のトイレの横と決まっています。ネコと暮らす以上は嘔吐物の処理は覚悟の上だけど、やはり粗相の処理はつらいものがある。しかしこればかりは、クウの身になって考える以外に解決する方法がないのです。


テーブル下に移したトイレはシステムです

クウは何故粗相を再発したのか。
原因として考えられるのが、今ではすっかり穏やかになって仲間を威圧することもなくなったニャーです。リンもクウもそれはわかっているようだけど、やはりニャーは怖い存在。そのニャーが、年末あたりからたまにテーブル下のトイレを使うようになった。

過去記事「ニャーの切ないマーキング」で書いたように、ニャーはわが家に来て暫くしてからマーキングスプレーをするようになった。とは言えもともと1回のオシッコ量が極端に少ないニャーは、スプレーと言っても殆ど空打ちだった。しかし昨年あたりから水をよく飲むようになって、スプレーだか何だかわからないような少量のオシッコをするのです。それが、大変よく臭う。

トイレの横の壁側に粗相するクウ

いつもトイレの入り口付近にオシッコするニャー。その臭いが残るとクウがトイレを使えなくなってしまうことは十分考えられる。では何故ニャーがテーブル下のトイレを使い始めたのか。このトイレはいつも保護者の監視状態にあるため、用足し中に悪ガキ連中(チキンとポニー)に絡まれる心配がない。いやいやもっと大事なことを思い出した。このトイレをテーブル下に移す前廊下にあった時、一番よく使っていたのがニャーでした。そう、ニャー愛用のトイレだったのです。

ということで現在はニャントイレ交換移動を計画中です。今回の仮説が正しければクウの粗相も治まるはず。 結果は、続報にて。

テーブル下のトイレが廊下にあった頃愛用していたニャー

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家族の絆

2021年02月25日 | リン(旧イエミケ),クウ,キー
人間でも動物でも、生きとし生けるものにとって子育ては大変です。でもその大変さをものともせずに頑張れるのは、愛あればこそなんですね。なんて美談じゃ済まないのがノラのお母さんです。というのも、あまりにも環境が過酷すぎる。

事故に遭って半身不随になりながら子育てしていたお母さん。飢えと病気でボロボロになりながら子育てしていたお母さん。多頭飼育崩壊現場で子育てしていたお母さん・・。ネットニュースに沢山出てくるこんな話に触れるたびに、みんな幸せになってほしいと願うけど、残念ながら力尽きてしまうお母さんが後を絶ちません。

今はわが家の紅一点であるリンも、ノラ時代に子育てを経験しています。もちろん今は安心安全、くつろぎ放題の家猫暮らしだけど、リンが警戒心から解放されることはないようです。子供のためなら自分の安全なんて顧みない。まさに命すら惜しまない。その強い愛情が人をも感動させる。最近は、なんだかリンが偉大に見えてきたりするのです。

家裏から家にお迎えした頃のリン

少し古いですがたまたま遭遇したニュースです。
「(前略) 夜間、道の真ん中にノラの母子がじっとしていた。車から降りて近づくと、自分を誘導し始めた。そしてニャーニャー鳴いて何かを訴える。その先には、ボロボロの子猫がぐったりと横たわっていた。と、その子はまだ生きていた。手当をしようと連れて帰ろうとすると、家族であろう、母猫と兄弟猫が「連れてかないで」とばかりに鳴き出した。よく見ると兄弟たちも目を赤く腫らしていた。皆連れて帰りたかったが捕まらず、諦めて動けない1匹だけを連れて帰った・・。(後略)」

ボロボロの子猫はやさしい保護者の献身的な介抱と医者の努力で一命をとりとめ、幸せな暮らしを手に入れました。ただ、文中にもありますがあの母猫と兄弟たちは結局消息不明で・・。(この記事は下記参考2,クリックでポップアップ。)

現在のリン、大好きなオジンの膝の上だけど警戒心は解かず

この記事を読んで、家裏ノラ時代のリン一家を襲ったある事件を思い出しました。
真冬の深夜1時過ぎ、勝手口を開けると、寝床で寝ていたはずのリン(当時イエミケ)とクウがそわそわと行ったり来たり。誘導されるように裏のお庭を覗くと、キーがネットにこんがらがって半分宙吊りになっていた。それからいろいろあって、結局裏のお宅に電話して絡まったネットを切ることになったのです。その作業中、リンとクウが自分を攻撃してきた。

リンが寄ってきては猫パンチ、クウは何度も体当たり。いやはや、いつもご飯をあげてるのにと少しがっかり。でもその家族愛には感心したものです。ようやくキーが開放されると、3匹で一目散に逃げていった。が、1時間もするとお礼の挨拶?を兼ねてか、3匹揃って勝手口に戻ってきたのでした。(この記事は下記参考1、コピペで検索からどうぞ)

今となっては懐かしい思い出です。ノラから教わることは本当に多い。一見相互無関心のように見えるノラの家族ですが、いざとなればこれだけ強く繋がっているんですね。

クウ(右)とリン

参考1:  過去記事「イエミケ一家、不安の生活から衝撃の展開へ」(2018.2.2)

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ニャンニャンニャンのお願い

2021年02月22日 | ニャー
ニャーです。おひさしです
大嵐の後は春爛漫になって、今日は5月の陽気だとか
外の空気の濃度がとっても濃いんだニャ

かわいそうなのはオジン
毎日ぐしゅぐしゅ泣いてます
ニャーは大丈夫だけど、ネコも花粉症になるらしい
お店のココという子があやしいとオジンが言ってました

「庭の梅も咲いてきたニャ」(鉢植えの南高梅)

ところで今日は猫の日、ニャンニャンニャン(2.22)です
オジンがよっしゃと奮発して
カリカリの上にチュールを載せてくれました
ほんのちょびっとです

「木漏れ日が気持ちいいニャー」

でも、ニャーの望みはそんなんじゃニャい
オジンがずっといてくれること、これに尽きます
何たってニャーたちはみなオジン命だからね

オジンもその辺はわかってるのか
今年から始めた公園散歩
3日で終わると思ったらまだ続けてるようだ

「外に出られるのはニャーの特権です」(窓の隙間からちび太)
   ※他の子たちはリードがまだ苦手

そうだオジン、その調子
いつまでも元気でいてね
自分のためにも、ニャーたちのためにも

「ニャーはこの家で一生過ごすつもりなんだからニャ」

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「動物愛誤」と書く諸兄へ

2021年02月20日 | ノラたちの幸せを願って
餌やりとか地域猫のスレが立つと、必ず集まって来ますな。
もっとも、一人でいくつものIDを操っているようなので実態は不明だけど。
口汚く罵って、スレの崩壊が狙いですか。
文化や知性のレベルが低そうなのであまり話す気にはならないけど。
ただ、理知的かつ論理的なブログを書いている人もいる。
そんなブログはいつも読ませて頂いてます。

諸兄の主張は、猫保護団体やボラさんは動物愛護の意味を履き違えていると。
かわいいからノラ猫を護る。そのためには周囲の犠牲に目をつむる。
何というエゴ、何という他人迷惑。
だから「動物愛誤」、というわけだ。

別に反論も否定もしません。
そう思い込んでいる人に反論しても喧嘩売るだけだし。
ノラがかわいいのも、多少のフンくらいは気にならないのも事実だし。
そもそもそんなにフンするネコ見たことないし。
ただ、ノラを護ろうとするのは「かわいい」からじゃなくて、「かわいそう」だからです。
諸兄もよく言いますよね、
「こんな愛誤連中に世話されたんじゃ当のノラ猫がかわいそうだ、」とかね。

わが家裏の守り神となった、みう (2019.8.9没・享年5才推定)

さて、本題。
諸兄の最終的な目標は何ですか。
これはマジな質問です。諸兄の意見はいくら読んでも伝わってこない。
他人に絡むことに熱中し過ぎて、言いたいこと言い忘れてるとか。

猫保護団体やボラさんたちを罵ってスカッとすること?
地域猫活動やエサやりを止めさせること?
ノラ猫を駆除すること?(駆除=捕獲+殺処分)
ノラ猫を迫害(虐待)すること?
ノラ猫の被害から(自分や仲間が)解放されること?
ノラ猫そのものがいなくなること?

よもや人を貶めるだけが目的の次元の低い話じゃないだろうし、
虐待目的のいかれた変質者なんかとは違うし、
殺処分もしくは餌やりを止めて餓死させるのが妥当。
そういうことなのかな?

開発で住処を追われた熊や猪が街中に出てくれば害獣として駆除する。
そんな報道に声すらも上げないくせに、
何でノラ猫ばかり護ろうとするんだ。
そんないい加減な動物愛誤(エセ動物愛護)連中が許せない、というわけか。

そうだな、確かにこの問題は奥が深い。
生物の頂点に立つ人間のエゴをどこまで肯定するか否定するか。
いや、何が肯定で何が否定かすら答えが出ていない。
倫理の問題というのは、いつもそうだからね。

お店の守り神となった、テン (2019.6.16没・享年14才推定)

ただ、目の前のノラたちをどうするか、これには答えを出す必要がある。
諸兄が主張する殺処分や餓死が実現したとしても、ノラはこの社会から消えない。
何故? ノラが増えるのは自然増だけじゃないからだ。
他ならぬ人間自体が、次々とノラを産み出しているからです。

日本では猫捨てなんて身近な問題、日常茶飯事だ。
自然増に匹敵するほどの猫が毎日捨てられているのです。
最近はコロナ自粛でペット購買が数倍に増え、同時に手放す人も激増だという。
あるブログでは、血統書付きのようなノラ猫を見かけること多くなったと。
何をかいわんやだ。

さらに構造的に猫を遺棄する業界がある。
物のように猫を生産し、売れ残ったらどうする? 遺棄するに決まってる。
ノラ猫は人間社会の劣悪なモラルの産物なのだということです。
それに、これも人間の無知が招く多頭飼育の崩壊。
脱走(家出)による不本意なノラ化も、悪意がないからと放置できるわけじゃない。
聡明な諸兄が、これらの問題に触れようとしないことが不思議でならないのです。

これらの問題がなくなれば、ボラさんたちは本来のノラ保護にもっと手を回せる。
地域猫活動は、手一杯でこれ以上保護ができなくなったボラさんの苦肉の策だ。
身銭や労力を割いて地域猫活動なんて誰もしたくはない。
みんなノラがいなくなることを望んでいるのです。

諸兄よ、もっと目を見開いて本当の敵を見定めてほしい。
相手は人間社会の悪しき慣習という巨悪。相手として不足はあるまい。
そのエネルギッシュな発言力で、日本から猫捨てを撲滅しようじゃないか。
そして、ノラのいない社会を実現しようじゃないか。


天使となってノラたちを導く、チビ (2016.9.9没・享年1歳推定)

コメント (3)
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変なお遊び

2021年02月19日 | ニャー
ニャーにはその気がなくとも
何かとニャーの後をついて回る若い2匹
次々とニャーの居場所にお邪魔します

居場所を盗られたニャーは所在なげ (膨らみの中はポニー)

そんな2匹のお遊びを見守るニャー
ニャーよ、お前もトシ食ったんだな
と・・・、ん? 何だありゃ



ポニーの上に乗って首を抑えるチキン
もちろん2匹は手術済
そしてともに♂
これにはニャーも茫然?

ニャー:「おーい、何とかしてくれぇ」

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