ココレオが揃って外を眺めています。
今も何かとレオを慕うココ。
店からわが家に移って1年と9ヶ月、超多頭生活だけど2匹の僚友関係は変わらない。

わが家で外を眺めるレオ(左)とココ
2匹にとって、店での生活は最高だったと思います。
夜は広い観葉室ギフト室で過ごし、昼は比較的安全な外(SC内)で遊びたい放題。
要は"外飼い"猫の待遇で、毎晩疲れて戻るまで保護者が待ってくれた。

店裏のSCスタッフ用駐車場にて
初代看板猫のニャーたちは、誰もいなくなる夜でも屋内に入れてもらえなかった。
もしココレオのような生活だったら、チビやシャッポを失うこともなかったろう。
2代目看板猫のテンちゃんは、昼はロングリード暮らし夜は狭い事務所泊りだった。

雨の日は主に観葉室で
思い切り遊び回れたココレオの生活は、閉店に伴って終了しました。
以来わが家に移ったココレオを見ていると、やっぱり違う。
いい子にはしているし不満もなさそうだけど、あの天真爛漫な快活さは消えた。
猫というのは、哀しくなるくらい順応性の高い動物なんだ。

看板猫の役割もしっかり果たして (外レジ台にて)
猫の本懐は遊ぶこと。
でも、15匹もいると通院投薬だのなんだのと必要な世話に振り回され、
最も大事なそれぞれの子と向き合う(遊ぶ)機会がなくなってしまうのです。
かくして遊んでもらえないわが家の保護猫たちは、日々グデッとして生気がない。
ココレオのように外を眺めては、よき昔(外時代)を振り返るのです。
どんなに導線を確保しても、おとなしい猫たちは(保護者にはよくても)不健康だ。
猫の興味を引く「動くおもちゃ」を導入すべく思案中。

ちなみに、わが家では爪とぎやり放題です