今日も元気で頑張るニャン

家族になった保護猫たちの日常を綴りながら、ノラ猫たちとの共存を模索するブログです。

ニャーの緊急入院

2019年01月31日 | ニャー
今年は正月から本当に大変です。
お祓いをしなかったのがまずかったのか、厄難が尾を引いて断ち切れません。テンの在宅輸液がうまくできずそっちに気をとられている間に、再びニャーが厄災に見舞われました。正月の尿管結石騒動は急性腎炎も正常に戻って一段落。食欲もここにきてようやく復活。問題は相変わらずトイレに入り浸りで出ないことが多く、腎臓保護の療養食(s/d)は食べれば全部吐いちゃう始末。

それでも、本人(猫)はすっかり日頃の元気を取り戻した様子なので通常の生活に戻し、強制給餌も止めました。気になるトイレの頻度ついては、残尿感の悪戯と言われていたので多少でも出てさえいればそのうち正常に戻ると思っていた。それでウォッチだけはよくしていたのです。ニャーがみんなとの共用を嫌ってシステムトイレ中心になったので、量も質も確認しやすくなって保護者としては助かった。


生活を元に戻し、やや安定してきたニャーだったけど・・

でも相変わらずオシッコ玉が極端に小さい。3日ほど前には、再び血の混じったオシッコが出ていたのも気になった。そして一昨日の朝でした。最近開放することが多くなったテンとシロキの保護部屋に入って早速トイレに入り浸っていたニャーが、上から見下ろすテンちゃんに向かって吠えたのです。それは、風邪を引いた大型ワンコがいきんで唸ったような、とても猫のものとは思えない声だった。

ニャーはトイレの中で気張ったまま、テンちゃんに向かって何度も吠えた。テンちゃんは唖然として見下ろしている。ちょっと危ないかなと思って、ニャーをそっと部屋の外に出しました。するとニャーはすぐさま別のトイレに入ってまた気張りだした。そしてあの声。ウッっと力んだ声が濁って、壊れた機械音のような唸り。こりゃあことによると・・そう、本当にに詰まったんだと思いました。

様子を見ていると、トイレで吠えてやがて諦めてリビングでひと休み。しかしすぐまたトイレに行って吠える。そのうちリビングでの休息中も吠えるようになり、自力解決は無理なようだった。時刻は既に12時近い。その日は午後一アポがあって手放せなかった。病院の先生に電話して、午前の診療時間には間に合わないので夕方一番に行くが、それまでどうすればいいのか訊いてみた。すると、「それは一刻を争う、時間外でもいいから直ぐに連れて来て」と。店にいた妻に電話して途中交代を頼み、ニャーを連れて家を飛び出した。


何か訴えた気な表情だった

先生は触診で開口一番、「オシッコは殆ど溜まっていない」と。でも膀胱が硬く、腫れて厚くなっている。「膀胱炎の再発ですね。」

いや再発と言うより、ちゃんと治っていなかったのだ。その後エコーで膀胱炎と尿管への出口付近の詰まりを確認。炎症を起こしたて剥がれた膀胱壁の破片やストルバイトやら何やらが凝集して詰まりかけている。前のように尿管にカテーテルを入れて、物理的に詰まりを解消してもそのうちすぐまた詰まるのは目に見えている。猫の負担を考えるとそうそうはできない。幸い僅かながらオシッコは出ているので、まず諸悪の根源の膀胱炎を治療しましょう、ということになった。

尿pHも菌数も元の木阿弥、正月に病院に駆け込んだときの数値に戻っていた。療養食を食べない(吐いちゃう)ので、普通の食事に戻していたのもまずかったようだ。あとは、「とにかく暖かくしてあげてください」と。

で、当面の処置としてはロングライフ抗生剤を打っただけ。 ・・・ちょっと待て。苦しそうだから慌てて来たのにそれはないよ。すると、その日は先生が二人いて何か相談し始めた。それでいろいろ話をしているうちに、ニャーが例の声を発したのです。グアフッ、グアフッ。よく見るとその瞬間、ニャーは大きく目を見開いていた。「ウワーッ、これは痛そう!」 その声は、痛みに耐えている声だと言う。(おいおい、だから苦しそうだって言ったのに・・・。)  そこで、自分はやって来た妻と交代しました。

結局ニャーは経過観察を兼ねて入院。しかし夜になって電話すると、オシッコは出ている、今は非ステロイド系の消炎鎮痛剤(メタカム)が効いて安定していると。で、結局その日の夜に退院。メタカム液状(経口投与剤)をもらって帰りました。療養食はヒルズのc/dとドクターズケアのストルバイトケアに切り替え。今は食事管理を強化し、加温の隔離部屋かコタツの中で生活しています。


コタツの中のニャー(奥はみう)

まったく、保護者がアホだと家猫も苦労する。最初に尿管結石でニャーが倒れた日に、おしりにオリーブオイルを塗って便秘マッサージを続けたこのアホ保護者は、またしても安心油断してニャーの膀胱炎を悪化させ、振り出しに戻してしまったのでした。

最近はとても優しい表情になったニャーです(手前のおしりはちび太)

でもな、ニャーよ。この保護者は少なくとも学習能力はあるからな。だからこれからは、安心して回復に専念しておくれ。


残念ながら外はしばらくお預けかな

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2019冬・ノラたちの今 ~その2:ダイフクの不明者リスト入り~

2019年01月28日 | ダイフク
まだまだ寒風吹きすさぶ氷点下の朝が続いていますが、この時期は結構好きです。
冬至からひと月が過ぎましたがご存知でしょうか。1年で最も遅い日の出は冬至ではなくて1月の初旬です。今はそれから半月経って、ようやく夜明けが少しづつ早くなってきました。一方日没が最も早いのは12月の初旬で、今では日に日に遅くなって来ています。結果として日が長く日差しも強くなり始めたと実感するのが、今頃の時期なんですね。

自然に暮らす動物や草木はこの変化をもっと敏感に感じてるに違いない。きっとノラたちもそうだ。で、テンションが上がって恋の季節になっちゃったりするわけです。

さて、その2はお店のノラたちの近況報告。実はこの記事を書く直前、昨夜になって内容が変わりました。というのも、年末以来姿を見せなかったモドキがひょっこり現れたらしい。毎日来ていたモドキは先月に入った頃からよそよそしくなって、中旬以降は見なくなった。昨夜はご飯に見向きもせず、ひたすらスタッフルームを覗き込んで帰って行ったそうだ。前にも4ヶ月ほどのブランクがあったモドキ、また本拠地を変えたようです。

一方ミケチビは相変わらず、夜になると観葉室に来ています。ただ、観葉室に置いたご飯を食べる量はだいぶ減ってきた。夕方にはご飯待ちでウロチョロしていた姿も今は見ることがなくなった。やはり他にもご飯場所を見つけたのかもしれません。かつてカブキと一緒に現れた黄白ブチを今月も2度ほど見かけたけど、他にはノラの気配なし。

そんな状況下、前回に続いての残念な決断。ダイフクの不明者リスト入りです。
ダイフクはソトチビ同様に一期生の古株。2015年の秋にポン、ニャーに続いて店にやって来た。その生活圏は店のあるSCを含んで広く、店には見回り的に来た感じでした。ポンがいなくなった翌春にチビ、シャッポが居着いて店の3匹時代が始まった頃、豊富なご飯がダイフクにも魅力だったのだろう、3匹を追い払って自分が独占しようとしたのです。


ダイフク初めての写真、姿勢のいい猫です(再掲)

灼熱の炎天下、追いやられて駐車場に逃げ隠れする3匹。ダイフクがいつ来るかと恐れ、ダイフクの臭い(マーキング)に恐れ、3匹の平和は侵されました。しかしダイフクには誤算があった。店のスタッフを敵に回してしまったのです。今度はスタッフに追い払われるダイフク。やがてダイフクは、スタッフに隠れて店にやって来るようになったのです。

当時のダイフクは完全にヒールキャラでした。実際、チビがSCのフェンスを越えて3度も落下し、3度目にはついに帰らぬニャンコとなったのもダイフクの関与が疑われた。シャッポがニャーと袂を分かち、ニャーをわが家に追いやったその2ヵ月後に消息を絶ったのも、当時夜になると再びやって来るようになったダイフクが関与している可能性が否定できない。

しかしその後のダイフクは、シャッポに代わって店の子になったテンちゃんにも、春に現れたモドキにも敵意すら見せない控えめな猫に変貌した。しかもその後に現れたコンやミセミケの子ニャンにはご飯を譲るなどやさしく接し、思わぬ一面を見せてスタッフの評判を回復したのです。やがてダイフクは店のスタッフに馴染んで、見かけによらずかわいらしい本来のキャラが見えてきた。一方時として猫同士とは思えない、人間の仕業と思える大怪我をして来るダイフク。その生活圏に危うい人間のいることが予想され、いつしか店にはダイフク応援団ができていたのでした。


事務所での食事も慣れたもの(再掲)

1年前のダイフクは深刻な大怪我をしていた。年末に何かあったのか店には足が遠のいていたダイフクを久し振りで見ると、後足を引きずって歩いていた。ダイフクは動けなかったのだ。後足を引きずりながら延々と、必死でバス通りの歩道を歩いて店まで食事に来たのでした。しかし店に顔を出す機会は少なく、やがて来なくなった。

そのダイフクが、心配していたスタッフに気を遣ったかのように再来したのが5月。4ヶ月振りのことでした。このときはゆっくりだけど違和感なく歩いてスタッフを安心させた。でも3回ほど顔見せして再び来なくなった。さらにその4ヵ月後、昨年9月になって1回だけ顔を出したが、それが最後となりました。


街を行くダイフク(再掲)

ダイフクはモドキのように本拠地を変えたのだろうか。2度にわたる久々の来訪は、「事故や異変じゃないから心配しなくていいからね」と言っているようだった。結局のところダイフクもソトチビと同じように、"ノラは決してひとつの場所に安住(あんじゅう)しない"ことを身をもって教えてくれたのです。どうやらそれはノラ、いや猫族の宿命のようだ。

家猫という束縛された生活を除いて、満足の度合いに関係なく猫は生活を変える。それが猫族が宿命的に背負った本能、あるいは性(さが)なのだろう。これはかつて「ノラの本懐」や「シャッポ失踪の総括」関連で書いてきた種族保存の本能とは明らかに違う。だからいくら去勢したところで解き放つことはできない。むしろ「ノラの矜持」の中で追求した、"野生の本能"と言うべきものだ。


シャッポ同様、ノラであることを貫く(再掲)

自然に生きるものは、その遺伝子の中にいろいろなルールがインプットされている。それはいわば"神のルール"だ。知性を発達させた人間が遠い昔に忘れてしまったもの、いや、叛いてきたもの。 ソトチビやダイフク、それにシャッポも、その何かを我々に思い出させようとしているのかもしれません。

ダイフクよ、達者でな。いつかまた会いにおいで。この店は、いつでも君を待ってるよ。



ピンボケで恐縮ですが、昨年9月のダイフク最新(最後?)画像です


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2019冬・ノラたちの今 ~その1:ソトチビの不明者リスト入り~

2019年01月26日 | ソトチビ
今朝、ちょっとした騒動がありました。
夜明けとともにわが家の家裏で2匹の猫のけたたましい喧嘩声。慌てて妻が追い払ったが2匹は数軒先に移動してまた喧嘩。妻が家に入ると家裏に戻ってきてまた喧嘩。今度は間に入って別々の方向に追い払ったそうです。その間、お隣さんと裏のお宅で雨戸を開ける音が。

いやいや、驚きました。昨年春はハリーとシロキの喧嘩声が地域の問題になって、まずハリー、そしてシロキを保護した11月に解決したばかりです。その間に現れた新顔ちゃんに出していたご飯にやってきたのが黄白猫(多分3年前にソトチビが連れて来た「お兄さん」)。夜になるとたまに顔を出す程度と思っていたら、もう1匹黄白猫が現れて喧嘩になったらしい。いや、もともと黄白猫は2匹だったのかもしれません。

新顔ちゃんの現れる時間が不定期なので、ときたま置き餌の形になっていたので他のノラを誘ったのでしょう。しかし過去のいきさつから、地域の問題を今以上に大きくするわけにはいかない。黄白猫たちには申し訳ないが、今後は新顔ちゃんを確認したときだけピンポイントでご飯を出すことにしました。新顔ちゃんも不便にはなるだろうけど、末永く見守るには近隣のお宅への配慮も欠かせません。(後注:この部分の話は2月2日「黄色いノラちゃん」に続きます。)

それにしても、黄白猫たちは丸々と太っていたとか。冬季のモフモフを考慮しても、「シロキ以上に太っていた」と。この地域では、ノラと言っても草原(休耕田)の先にある旧農家さんの外飼いニャンコの可能性が高い。ソトチビがそうだと推測されたように、2匹の黄白もそうなのかもしれません。

そのソトチビですが、ここにきて非常に残念ながら不明者リスト入りの決断をしました。
昨年2月末にリンの術後復帰と同時に姿を消したソトチビ。昨秋以来何とか呼び戻そうと寝床を整備して少量の置き餌で様子をみていたのですが、シロキの保護が遅れたり今度は黄白が現れたりといろいろあって、とうとうソトチビの姿を確認することはできなかった。


2015年9月、ソトチビ初めての写真(再掲)

ソトチビはまだテツが存命のときに現れた子ニャン。みう同様にテツの忘れ形見だ。晩年拒食症になったテツの残り餌を片付けてくれた。テツ亡き後は、テツ2世としてお迎えすることも考えたほどです。そのソトチビはみうやリン、キー、クウをわが家に紹介し、彼らが幸せになる手伝いをした。そして自分は、消息を絶ってしまったのです。


ソトチビはすぐにみう(当時「おかあさん」)を連れて来た(左端は「お兄さん」)(再掲)

ソトチビは殆ど鳴くことのない、物静かで気配を感じさせないニャンコ。今も草原の向こうからこの住宅街には散策に来ているとは思うけど、まったく姿を見ないと何かあったのかと心配にもなる。それを確かめる術はありません。でも、いつひょんなことで再会するとも限らない。


やがて居着いたみうと通いのソトチビ、家裏ニャン歴史の始まりだった

過去3度の冬にわたってソトチビが過ごした家裏の寝床は、今は冷たい空家となっています。その寝床も、ソトチビの思い出やヒストリーがいっぱい詰まった本ブログのカテゴリーも、そのままにしておきます。ノラの生活は波乱万丈。決して安住(あんじゅう)することはない。それが、ソトチビが最後に身をもって教えてくれたことになるのでしょうか。


(再掲)
きっとまた会おうぜ、ソトチビ

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ショックだぜwww テンちゃん

2019年01月24日 | (故)テン
テンちゃんの検査に行って来ました。
年末から食欲不振で元気がなくなり、ようやく通院したのが2週間前。初診検査の結果は慢性腎臓病(CKD)の末期で慢性腎不全。失ったら回復しないと言われる腎機能が数%しか残ってなく、しかも尿毒が体中に回って食べるどころじゃない状態だと。焦る保護者に先生は、「寿命を迎える猫の殆どはこれで死ぬ」と言ったのでした。

この状況で唯一の処置が輸液ということで、それからは自分の風邪を押してせっせと病院に通いました。するとテンちゃん、初日に輸液した午後から見る見る元気になった。全然食べなかったご飯も自分から口をつけるようになって、動作も機敏に戻ってきた。久し振りの店内を小走りで見回るテンちゃんには、「これは・・」と期待を寄せたものです。


店裏の駐車場散歩も復活しました

それからのテンちゃんは昼間はお店、夜はわが家の生活に。バッグでの輸送にも慣れた様子だった。水は相変わらずよく飲み、オシッコもよく出す。食欲はさらに復活して往年の半分近くは食べるようになった。先生も不思議がるほどの復活振り。これはことによると検査値も改善しているかもしれない。腎臓病は脱水症を伴うとのことで、テンちゃんもいつもそうだ。いくら飲んでも輸液しても脱水状態が改善しない。でもそれが、血中濃度を高くして検査値を上げている可能性もあるのかもしれないと。


大好きなS君の膝上で仕事のお邪魔中

で、期待も半分、しかし覚悟も半分で再検査の日を迎えました。
その結果は、CRE(クレアチニン) 5.8 → 6.8
         BUN(尿素性窒素) >140 → >140
さらに悪くなるという結果だった。

先生曰く、「これはいつ死んでもおかしくない、というより、もう死んでる数値だ」と。先生の口の悪いのは知ってるけど、それにしてもあんまりだ。テンちゃんは元気に生きてるし食べてるのに・・。 しかし先生には、今度食べなくなって食べても吐き出すようになったら終わり。衰弱して最後を迎えるだろうと言われてしまいました。先生は余命宣告を避けたけど、後で調べてみたところ、末期腎不全と診断されてからの平均余命は統計的に260日なのだそうだ。でも、発見が遅れての診断だったらどうなる・・?

腎機能を回復させる方法はない。人間の透析と同じで、輸液を続けることが唯一できる処置だそうだ。血管の水量を一気に増して老廃物の排出を手助けする。あとは脱水症と貧血に気をつける。先生には輸液を効果的に続けるための在宅輸液を、改めて勧められたのでした。


わが家でのテンちゃんは高いところが好き

その晩、保護者夫婦は話し合いました。最後まで何とか手を尽くしたい自分と、自然主義派の妻。気の合わないことは初めからわかっていた。こういったときに一番陥ってはいけない考えは・・・テンちゃんは2年前に瀕死の状態で保護したとき先生にもさじを投げられた猫。もう高齢だしあれから奇跡的に2年間も生きたのだから・・・。 いやいや、それだけはあり得ません。過去記事『「もう十分・・・」に、ムカ』(2016.11.5)をご覧下さい。

たしかに、苦しそうに横たわっているだけという状態だったら考え悩むに違いない。でもテンちゃんは元気だ。走ったり探検したり、食べたり甘えたり、今も人生(猫生)を謳歌している。これをできる限りサポートするのが保護者の務めというものだ。テンちゃんから「もういい」というサインが出るまで、サポートを続けよう。

老夫婦は、在宅輸液の決断をしたのでした。


日向ぼっこの部屋でくつろぐテンちゃん


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風邪引いちゃいました

2019年01月21日 | 大家族の日常
猫たちの通院騒動に明け暮れているうちに、今度は自分が風邪でダウンしちゃいました。
インフルじゃなかったので大事には至らずだけど、やけに寒気がするなと思いつつ猫の世話しているうちに高熱が出てあえなくダウン。しかしただの風邪ということで何とか猫の通院は続けました。いやはや、体調管理に気をつけるのは猫たちばかりじゃないです。保護者がダウンすれば困るのは他ならぬ猫たちだから。

問題の猫たちはと言えば、ニャーは食欲が少し回復してきたものの今もトイレに入り浸り。見るとたまに大きめのオシッコ玉もあるけど、大抵は数滴づつ出している。詰まったのかただの残尿感なのかがわからず、気の抜けない日々が続いています。テンちゃんはそこそこ元気になって食欲も往年の半分近くまで回復。今は昼間は通院輸液を兼ねて店に、夜はわが家で寝ています。どうやらテンちゃんから猫風邪をもらったらしいシロキは鼻水垂らして見るも無残。今はインターフェロン入りの抗生剤を点眼してます。みうの目はまた悪化したので再び目薬開始。


ニャーは相変わらずトイレ巡りが日課に

さて、そんなこんなで、今年のわが家はテンちゃん含めて8匹のスタートとなりました。2年前はニャー1匹、1年前はみうと暮れに保護したイエチビ含め3匹だったので、昨年の間に一気に増えちゃったわけです。当然、保護者夫婦やニャーとみうの生活も大きく変わりました。しかもこの正月はニャー、テン、シロキがそれぞれ個室を占領したので大変だった。今はニャーは元の生活に戻り、テンちゃんは昼は店に、夜はシロキと相部屋で暮らしています。


目が開かず鼻もグズグズのシロキ

気をつけている事といえばニャーとテンの食欲、ニャーのトイレ状況、シロキの風邪具合、みうの左目の他、ちび太に付け狙われて水飲みやトイレがままならないリンの様子、あとはチビ猫たち(ちび太にキーとクウ、もう大きいですが)の悪戯でしょうか。食事は朝夕、それぞれの猫の好みなどによってメニューや量を調整しています。それでも体調によって食べなかったり、足りなくて他人(猫)のを盗ったりするので食事中は目が離せません。


テンちゃんの唸りに動じないのは(難聴気味の)みうだけ

トイレは最近2個減らしてテン、シロキの保護部屋2個、他の6匹で3個です。1日2回朝夕掃除。そのときに家中の掃き掃除も。水飲みは保護部屋で2ヶ所その他で2ヶ所。流しから飲んだりしない猫にとってはこの水飲み場が命綱。いつもきれいな水が飲めるように1日4回は水替えしています。わが家では夫婦で分担して行っているのでまだしも、全部1人でやると結構大変。それにニャーの強制給餌やシロキとみうへの点眼などが加わります。あるブログに、猫と暮らしていると猫の下僕になっていく、というのがあったけど言い得て妙ですね。まったく同感です。もっとも、好きでやってるだけだけど。


(ちび太から)逃げ隠れの生活が続くリン

そうなんです。何故なら、この猫たちからもらう癒しがハンパじゃないからです。毎日家に帰るのが楽しみだし、頼られている実感が頑張る気持ちを起こさせる。お蔭様で、充実した毎日を送っているわけです。


外の鳥に夢中のチビたち(左からちび太、キー、クウ)とみう

しかし問題は他にも。この正月は家族からの年賀状に「猫減らせ~」の大催促。それまで毎年数回は行っていたわが家での一族集合を、この2年続けて中止したことへの反発でした。特に長女と次女の子供たちは大の仲良しで、わが家での集合を毎回楽しみにしていたのです。

罪のない猫たちに悪印象を持たれないよう、このような状況も見直さなければ。特に孫たちは、当家に何かあった場合に猫たち引取りの最有力候補。猫に慣れない孫たちが猫を出してしまうからとこれまで避けてきたけど、まあ孫たちも小学生になったことだし、考え直す時期も来たようだ。高齢保護者にとっては、こうして猫たちの将来を考えることも自らの終活の一環なのかもしれません。



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