サクラよ、お前のQOLを少しでも上げようと頑張った保護者
でもお前が望んだのは介護でも介助でもなかった
ようやく気付いた「普通の猫らしく暮らしたい」というお前の願望
最後の少しの間だけどそれを果たせたのは
お前を失った保護者の唯一の救いだ
(前編より続く)
サクラよ、保護部屋の生活は快適だったと思うよ
お前は先住猫たちがお邪魔しても全然平気、でも保護者には馴れなかったな
何も食べなかったお前が口を痛がりながらもチュールを食べるようになって
しばらくは総合栄養食のチュールで過ごしたんだ
保護部屋のサクラ(カーテンの陰、左下手前にポニー)
お前の保護部屋生活は意に反して長引いた
極度の脱水と栄養失調のせいで避妊手術も診察も次々と延期になった
見込み診断でステロイドを処方されたときは少し食べるようになったが
薬が切れるとまた食べなくなって、ステロイドの使用延長を願い出た
困ったのは自分で水を飲まないこと チュールで命を繋ぐ日々が続いた
やがてスプーンでスープを口元に出すと飲むようになり、シーバを少し食べ始め
ケージの中や上に追い詰めた状態で保護者による飲食介助が始まった
口に含んだものが患部に当たると飛び跳ね、のたうち回って痛みに耐える
それでも、自分(オジン)もお前も諦めずに頑張った
診察できずに半年が経ち、保護部屋から解放したけどお前は部屋から出なかった
その頃は少しなら触れたけど、人馴れはその後また後退しちゃったね
食事介助中、「グアッ」とのけ反って痛みに耐える
保護から半年以上経った2023年の5月、ようやく投薬鎮静下診察を行った
診断結果は「難治性口内炎」
癌ではなかったことに安堵 しかし極度の脱水状態が回復せず抜歯等手術は断念
本格的なステロイドとの付き合いが始まった
その頃のお前は保護部屋から遠征することが多くなった
でも食事介助は保護部屋のケージでしか受け付けず、そのた度に探して追い込んだ
ステロイドはなるべく少なく、お前の痛みもなるべく少なく
この兼ね合いが難しい お前との意思の疎通が必要だ やがてわかって来たお前の性格
臆病だけど物怖じしない、遠慮がちで奥ゆかしくてやさしさに満ちている
とっても小さな声だけど、はっきりした鳴き方でしっかりと主張する
難病で急逝した恩義ある猫、みうに似ていたんだ
先住猫たちと (上ニャー、右ちび太、手前チキン)
お前に転機が訪れたのは、この家に入ってから1年経った2023年の秋だった
保護者が店をたたみ、店にいた5匹の猫たちが一気に保護部屋にやって来た
お前は追い出される形で家内放浪の旅に出たが、あの時は本当に焦ったよ
介助の場所を失い、とにかく飲まない食べない投薬もできない
ようやく2階の物干し部屋に落ち着き、出窓で介助を受け付けてくれたときの安堵感
まあ、体調悪化にも拘わらずお前は結構楽しそうだったけどね
それからというもの、お前は物干し部屋(=介助部屋)を中心に家中を行き来した
物干し部屋出窓での飲食介助や投薬が定番となり、お前の生活のルーチンになった
お前の病気(口内炎)の状態は一進一退
自分(オジン)はお前の介護介助の傍ら、疾患や薬の勉強に拍車をかけた
その頃のお前は痛みに慣れた?のか、自分がステロイドの量加減にコツを得たのか
お前の生活に積極性が出て来た
リビングやキッチンで進んで他猫たちの間に入って、甘えることも覚えたようだ
保護者には相変わらず冷たかったけどね
冬は熱帯果樹と同居する物干し部屋 (出窓右端にサクラ)
翌2024年(昨年)の春になると、お前は物干し部屋にいることが殆どなくなった
リビングやキッチンで過ごし、飯時は他の猫たちに交じって待機する
飲食介助の定位置(物干し部屋の出窓)に追おうとしても言うことを聞かない
お前が初めて自発的に水を飲むのを見たのもその頃だ
それでも飲ませなければ 食べさせなければ 投薬もある
ある日、あの時のことは忘れもしない
ようやく出窓に追い込んで飲食介助を試みたけど、お前は頑として受け付けなかった
何度も試みるうちに、お前はキッと目を開いて自分(オジン)の顔を睨んだ
「しつこいわね。いい加減にしてよ!」 その顔は明らかに怒っていた
でも、あんなにかわいい猫の顔は今も昔も見たことがない (写真のないのが残念です)
控えめで奥ゆかしくてやさしいお前が初めて怒った
嫌だからと逃げることをしないで、自分(オジン)の顔をみて怒ったんだ
この人が飲み物や食べ物を出している それを理解しているが故の行動
そのことが何よりうれしかった
飲食介助の場になった物干し部屋の出窓で
同時に、ようやく保護者たる自分にもわかったんだ
お前が望んでいるのは介護でもなければ介助でもない、普通の猫らしい暮らしだ
他の猫たちと同じように暮らす それは口の痛みと共存する覚悟でもあった
その覚悟に感銘を受けた保護者は飲食介助を止めた
お前は保護者から自由の身となり、普通の家猫として暮らすようになった
もちろん当初は心配ばかりで、ずっとお前を見守っていたよ
患部に当たるとのけ反って食べるのを止めていたお前が、少しづつ変わる
のけ反ってもしばらく休み、また食べ出すようになった
諦めずに食べるので、薬を粉末化しウェットに混ぜて与えることが可能になった
自分から水を飲む機会もすこしづつ増えた
お前はこうして、自分の力で自身のQOLを上げていったんだ
他猫の傍にいることが多くなった (サクラ右端、中キー、左リン)
それからのお前は、本当に楽しそうだったね
お前と出会って以来、何回かの法事以外一度も家を空けたことがない保護者
法事もすべて日帰りで移動するほどの徹底ぶりだ
でもそんなことまったく気にならない
お前たちの元気な姿を見るのが何よりの楽しみだったから
夏になるとお前はまた物干し部屋中心になったけど、もう飲食介助は必要ない
他猫との相部屋になっても気にならない
食べたいときはキッチンに下りてきて、小声ながらピーピー鳴いて催促
本当に普通の猫らしくなってきたな
口内炎の痛みは一進一退 都度薬量を加減したがここにきて減少傾向が見え
カロリーエースと言う療養食(流動食)を見つけて、栄養補給も投薬も一段と楽になった
これなら平均寿命越えも夢じゃないと自信が湧いた
そんなお前のお腹が異様に膨らんできたのは、その年(昨年)の暮れだったね
突っ伏していることが多くなった昨年の暮れにお腹が膨らんできた
まず疑ったのは、ルイの命を奪った不治の病、FIP (今では治療薬ができています)
知人の紹介でFIPに強い病院に出向き、腹水を抜いたりと応急処置をしてもらった
その数日後だ お前の容体が急変してぐったりと動かない
検査予定日を待つことなく慌てて病院に駆け込んだ
検査を重ねた上での診断は「心不全」 お前を襲ったのは呼吸困難
胸水を抜くことで一命はとりとめた
いくつか薬を試した結果有効なものが見つかり、年明けに腹水と胸水は消えた
その時の自分は安堵し過ぎて、もう一つの重大な診断結果を忘れていたんだ
重度の貧血・・赤血球が異様に少なかった その時は緊急輸血が必要と先生
ところがいちいち検査して輸血適応猫を探す時間的余裕がない
下痢をしながらもカロリーエースをがぶ飲みしたんだよな 祈るような気持ちで
で、年明けの血液検査ではだいぶ正常値に近くなって胸を撫で下ろしたんだ
何より、お前の元気そうな姿にうかれていた
シッポをピンと上げて歩く上機嫌な姿が印象的
お前は今年の冬はリン一家に合流してコタツ住まい
少し暖かくなると隠れた日光浴場所の保護部屋出窓を陣取り
春にはモドキ一派に加わって、いつもモドキ、ヒョウ、ココと一緒に寝ていたね
保護者はとにかくお前の意思を尊重し、お前は自分の思い通りに暮らした
再び始まった粗相を叱ることなく片付けて回り、食べたいときに食べさせた
人間なら長生きするための我慢を理解する 知識を駆使して楽しめる
でもお前には長生きという発想がない 知識で楽しむ能力もない
その日その時の時間が、お前にとってはとても大切だったんだ
重篤な病気を抱えつつ日々を楽しむお前に、同じ心不全の保護者も励まされた
一方では余念なくお前の病気や薬についての勉強に励む
病院の先生だけでなくメーカーに問い合わせて技術者の見解を聞いたり
そして出て来た不安がオーバードーズの懸念
いつもの先生に相談するとやはり同じ見解
今一度精密検査を行って薬の量を見直すことにした
モドキ一派の真ん中で熟睡 (今年の春)
ところが、その頃はココとチキンのオシッコ詰まりでかかり切りになってしまった
チキンは2度の入院を繰り返し、2匹とも目が離せない
それで頭が一杯になって、お前への対応が遅れてしまったんだ
お前は相変わらず元気そうには見えたけど、暑くなってくると物干し部屋に戻った
ただ、かつてのように出窓に上ることはなく、床の片隅に突っ伏している
それでも飯時はキッチンに下りてきて待機 でも6月下旬には下りて来なくなった
運べばウェットもカリカリもそれなりに食べたけど、食も次第に細っていく
何となく胸騒ぎ 一応お前の安静時呼吸数を測定すると28回/分 正常だった
しかし今にして思えばこの時、お前は何かの問題を抱えて弱ってたんだ
ようやく本格検査の日取りが決まったのは7月中旬の事だった
遅過ぎた自分の対応はどんなに後悔してもしきれない
検査予定日の3日前、お前の両耳が剥げていることに気づいた
疥癬を疑ったけど、室内猫に今更?
これも検査時に、と思っていたらお前の剥げは頭から首へと瞬く間に広がった
7月22日、ようやく迎えた検査の日、お前にはまだ逃げ回る余力があった
病院の待合室にて (ガバペンという精神安定剤を飲ませ、通院はネットに入れて)
やはりお前は疥癬だった
先生は、長期ステロイドの使用でお前の免疫力が低下していたのだろうと
そして本格検査前の血液検査速報値で異常が見つかった
それは年末の心不全診断の時と同じ極度の貧血
赤血球の数も容積も極端に少なく、酸素の取り込みに問題があると推測
白血球と血小板が極端に多い 疥癬を考慮しても多すぎる
その日の検査は中止とし、血液を外部機関に回して精密検査することになった
その結果は1週間後 それまでは疥癬の治療に専念して・・
帰宅してからのお前は、相変わらず物干し部屋の片隅で過ごしていた
食べ物を運ぶとたまに食べたけど、流動食(カロリーエース)が多かった
そして外部機関の検査結果を聞きに行く前日にお前は力尽き
最後の日を迎えたんだ
お前の本質的な問題が口内炎や心不全以外にあったと推測されたのは、その翌日のことだ
(最後の日の様子は「サクラ、突然の旅立ち」をご覧ください)
物干し部屋の片隅で過ごした最後の1週間
サクラよ、お前を失って以来自分は胸苦しさと体調不良に襲われている
実際、体重が急に激増したりむくみが出たりして、心不全がぶり返したようだ
この状態にはれっきとした病名があって、「介護ロス症候群」というらしい
調薬に食事調製、来る日も来る日もお前の事ばかりだった
でも今振り返っても、苦しかったことなんてひとつもない
お前が少しでも長く楽しめるように、それが自分の励みだったからね
お前はそちらの世界で病魔から解放されて、楽に暮らしているのかな
いずれ必ず、このオジンもお前に会いに行く
でももう少し待っていてほしいんだ 残った猫たちに責任を果たし終えるまではね
サクラよ、この家を選んでくれてありがとう
そして充実した日々を、ありがとう
Rest in Peace, Sakura
**Memorial**
長年家裏で苦楽を共にしたキジロ(現ハチ)と
サクラと仲が良かったが昨年旅立ったシロキと