長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ボーンズ アンド オール』

2023-07-09 | 映画レビュー(ほ)

 名匠ルカ・グァダニーノがイタリアの陽光を遠く離れ、80年代のアメリカへとやって来た。『WAVES』で映画を一手に担った若手テイラー・ラッセルが演じる主人公マレンは、クラスメイトからお泊まり会に誘われる。父親は門限に厳しく、下校してからの外出は一切禁止。マレンは夜が更けるとこっそり窓から抜け出し、お泊まり会に滑り込んだ。夜明けまでの気怠い時間、マレンは友達が塗り直したと言うマニキュアと指に見惚れると、おもむろに口にくわえ歯を立てた。骨の髄まで。マレンは人の肉を食べずにはいられないカニバリストだったのだ。

 日本では『ガンニバル』、アメリカでは同じくTVシリーズ『イエロージャケッツ』とカニバリズムをテーマにした作品が同時多発的に登場している。人が人を喰らうという最大の禁忌は、いつの時代も人の耳目を集めるグロテスクなセンセーショナリズムがあるものの、これらの作品が描いているテーマは三者三様に異なる。限界集落に古くから伝わる食人風習の謎に迫る『ガンニバル』が映し出すのは“ムラ社会”日本の閉鎖性であり、『イエロージャケッツ』がシーズン1で匂わせたのは思春期の少女たちが陥った集団ヒステリーと暴力性だ。そして『ボーンズ アンド オール』に託されるのは行き場のない青春の孤独である。マレンが幼少期にベビーシッターを食い殺して以後、父は彼女が欲望に衝き動かされるのを恐れ、逃げるように町から町へと連れ歩いてきた。マレンはついに父からも見放されると、生き別れた母親を求めて旅に出る。その道中で出会うのがティモシー・シャラメ演じる、やはり食人の性を持った青年リーだ。映画が始まって30分を過ぎた頃に登場するシャラメはボロボロのジーンズを履き、アメリカの田舎を時に人を食いながら彷徨う姿には90年代初頭、アメリカンインディーズから台頭したブラッド・ピット、キアヌ・リーブス、ジョニー・デップ、故リヴァー・フェニックスらを彷彿とさせる退廃的でオルタナティブな艶気が漂い、彼が類まれなスターであることを僕たちは再確認するのである。

 カミール・デアンジェリスの原作を得たグァダニーノの筆致には闇を生きる者達へのロマンがあり、トーマス・アルフレッドソン監督の傑作『ぼくのエリ 200歳の少女』のフィーリングが最も近いかもしれない。そして前作『WE ARE WHO WE ARE』同様、若者たちへ向けられた“僕らのまま”であることを謳う映画である。若いうちに食べちゃいたいくらい好きな人と出会って、できることなら付き合って、一緒に生活をしてみる。そんな経験や想いを抱かなければ人はいつしか快楽を貪るだけの孤独な人食いサリー(マーク・ライランス怪演)のような老人になってしまうかもしれない。リーはサリーと表裏一体の存在でもあり、清廉なマレンによって骨と全てを愛される。快楽的な夏の日差しからも、また『サスペリア』で降りしきった死を呼ぶ雨からも離れながら、血と肉にエロスを湛えたグァダニーノの新境地とも言うべき作品である。


『ボーンズ アンド オール』23・米、伊
監督 ルカ・グァダニーノ
出演 テイラー・ラッセル、ティモシー・シャラメ、マーク・ライランス、アンドレ・ホランド、クロエ・セヴィニー、ジェシカ・ハーパー、デヴィッド・ゴードン・グリーン、マイケル・スタールバーグ

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