長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』

2020-09-20 | 映画レビュー(ひ)

 今年のアカデミー授賞式でのポン・ジュノ監督のスピーチ「最もパーソナルな事が最もクリエイティヴである」(byマーティン・スコセッシ)を聞いて以来、その言葉を強く意識させられている。あらゆる創作の原動力となるその衝動はおそらくお笑い芸人も同様で、自分語りをする事で最も鉄板のネタが生まれるのだろう。これまでも『素敵な人生の終り方』等、家族総出で私小説コメディを手掛けてきたジャド・アパトウが今度はパキスタン系コメディアン、クメイル・ナンジアニの“自分語り”をプロデュースした。原因不明の病気で昏睡状態に陥った妻との馴れ初め話を基にしたコメディだ。

 主人公クメイル(本人が実名で演じている)はパキスタン系移民2世の売れないお笑い芸人。ちょっとシニカルな芸風を唯一人、楽しんでくれたエミリー(ゾーイ・カザン)と意気投合し、交際を始める。クメイルはイスラム教徒だが礼拝はしないし、エミリーとの交際は見合い結婚が絶対のパキスタン文化において御法度だ。だが彼は新しい“アメリカ人”である。祖国を離れながらも伝統に絡め捕られた両親に対する違和感はおそらく彼らの世代に共通するのだろう。
 映画の前半はユーモラスな台詞の応酬と、主演2人のチャーミングな魅力(特に自然体のカザンがキュート)で見せるカルチャーギャップコメディとなっており、目いっぱい笑わせた後でやがて事件が起きる。

 映画の白眉はここからだ。エミリーの昏睡によって“難病コメディ”へと転調し、彼女の両親との看護生活が始まる。レイ・ロマーノとホリー・ハンターが演じるエミリーの両親は初めこそクメイルを快く思わないが、同じ困難を前に結束を強めていく。インテリジェンスで、しかし娘の重病に動転した両親の人物像はクメイルと共に脚本を手掛けた妻エミリー・V・ゴードンによる豊かな人間観察の賜物だろう。ハンターは衰えぬパッショネイトで母を演じ、思いがけぬ一面が明らかになるライブシーンは感動的だ。

 先に触れたように実話の映画化のため、“難病が治ってハッピーエンド”とはいかない。一度は破局するクメイルとエミリーが再び結ばれるまでは予定調和を超えたリアリティであり、恋愛が人生と地続きである事を描いている。分断に揺れる現在、文化衝突コメディは今一度見直されるべきジャンルであり、アメリカでパキスタン系アメリカ人として生きる多くの若者にとってもエポックな1本となるだろう。笑って泣ける最高の1本である。


『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』17・米
監督 マイケル・ショウォルター
出演 クメイル・ナンジアニ、ゾーイ・カザン、ホリー・ハンター、レイ・ロマーノ


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