長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『劇場』

2020-07-19 | 映画レビュー(け)

 人気スポットである下北沢の劇場は先の日程まで予約が埋まっており、借りる費用は決して安くない。製作費を回収するためには相当数の動員が必要であり、ろくにバイトもせず、人付き合いも上手ではない主人公がしっかり客席を埋めているのはおそらく相棒が超有能な制作担当者なのだろう。クソ劇団として悪名高いようだが、話題になるだけマシであり、定期的に公演ができているのだからずっとイケている方だ。東京の劇団のほとんどは無名である。

 そんな事は原作の又吉も重々承知のハズで、これは演劇の話でもなければ劇場の話でもない。いつかどこかで何度も聞いてきた若い男女の話だ。男は若さゆえの自己憐憫と傲慢さで周囲を傷つけ、女はその献身さで自らを滅ぼす。行定監督はこれを自身の作風に近づけた。6畳間で煮詰まる2人の熱量と粘度は監督の初期作『贅沢な骨』を彷彿とさせる。山崎賢人は『愛がなんだ』の成田凌に続く“クソ男・オブ・ザ・イヤー”であり、男にとってあまりに都合のいい女を説得力を持って演じる松岡茉優の天才は言うまでもない。

 目を逸らしたくなるような2人の縺れは見る者を無傷ではおかない。僕も20代の頃、年上の恋人の優しさに甘え、傲慢に振舞ったことを思い出した。程なくして破局が訪れ数年後、自作のヒロインに彼女の名前を付けた。舞台を見てくれた彼女はいたく動揺したと言っていたが、詳しい感想を聞く事は叶わず、田舎へ帰ってしまった。

 『劇場』は居心地の良い映画ではない。誰もが持つ人生の伴走の記憶を呼び起こす、無関係ではいられない映画だ。本作は新型コロナウィルスの影響を受け、劇場公開日と同日にAmazonプライムでの配信が始まった。この濃度を堪能するには劇場が一番だろうが、自宅鑑賞の人はぜひとも余計なノイズを遮断して見てもらいたい。


『劇場』20・日
監督 行定勲
出演 山崎賢人、松岡茉優
 

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