長内那由多のMovie Note

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『君の名前で僕を呼んで』

2018-05-26 | 映画レビュー(き)

多感な、それこそ17歳の時にこの映画を観ていたら人生が変わっていたかも知れない。
ティモシー・シャラメ演じるエリオの表情を撮らえた3分30秒のエンドロール。その顔には愛を失った哀しみがあり、はらりと涙が落ちる。しかし、やがて彼は微笑む。人を愛したことの喜び。この少年はこれからも人を愛し、時に傷つき、人があるべき人生を送っていくのだろう。映画館が明るくなるまで、いや家路に着いてからも少年エリオのこれからの人生に想いを馳せた。こんなこと、久しぶりだ。

でも、僕はもう36歳だ。むしろマイケル・スタールバーグ(名演!)演じる父の言葉に泣いた。あぁ、あの恋は実らなくとも決して間違いではなかったのだと。

『君の名前で僕を呼んで』は誰もが持つ、永遠に続くかのような青春時代の刹那を撮らえる事に成功している。止まってしまうのではと思えるほどゆったりと流れる、この世ならざるイタリアの夏の眩さ。その陽光の下に現れたアーミー・ハマーの比類ない美しさが本作のスタイルを決定付けている。日に焼けた肌の色、黄金色の髪、長い手足、深く響く声。まるでギリシャ彫刻のようだ。ハマーにはこれまで端正過ぎるために逆に無個性な印象を持っていたが、本作では豊富なニュアンスを含んだ表情が多くの行間を生んでいる。17歳の無邪気な恋心を受けとめるには歳を取り過ぎた。時は1983年、ハマー演じるオリヴァーがアメリカから来た事を思えば、その後ろめたい態度がクローゼットゲイとして苦しんできた事によるものだと想像がつく。エリオを傷つけまいとしてきた彼の車窓で見せる別れの表情が忘れられない。

映画とはこうも明朗かつ豊かで、そして美しいものなのか。劇中、度々古代ギリシア時代の彫像が登場する。古代人が若さと美しさを彫刻という似姿に遺したように、ルカ・グァダニーノ監督はアーミー・ハマーとティモシー・シャラメのひと時をスクリーンに刻んだ。

 オリヴァーはエリオに「君の名前で僕を呼んで」と囁く。運命の恋の相手とは、時に自分と似た、まるで片割れのような錯覚を覚えることがある。同一視する事で満たされる心と身体。終幕、電話越しで囁く“エリオ”という名前の持つ語感の官能に身悶えした。エリオ、エリオ、エリオ…。


『君の名前で僕を呼んで』18・伊、仏、米、ブラジル
監督 ルカ・グァダニーノ
出演 ティモシー・シャラメ、アーミー・ハマー、マイケル・スタールバーグ
 

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