長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ジョーカー』

2019-10-09 | 映画レビュー(し)

『ダークナイト』で文字通り“宙吊り”のまま終わったバットマンとジョーカーの戦いは10余年の時を経てジョーカーの勝利に終わってしまったのかも知れない。本作『ジョーカー』はベネチア映画祭でアメコミ映画史上初となる金獅子賞を獲得。その後、世界同時公開され爆発的なヒットを記録し、一大センセーションを巻き起こしている。まさに2019年最重要の1本と言っていいだろう。

DCコミック原作のキャラクター、ジョーカーのスピンオフ作品だが、先行するDCエクステンデッドユニバースからは独立しており、その触感もアメコミ映画というより70~80年代に作られた“アメリカ映画”に近い。この時期のNYを舞台にした諸作同様、本作で描かれるゴッサムシティ(NY)は薄汚れ、喧騒は止まず、大都市の影は人々の寄る辺のなさを浮かび上がらせている(ローレンス・シャーの撮影が素晴らしい)。

そこで生活するのが後にジョーカーと呼ばれる男アーサー(ホアキン・フェニックス)だ。“青年”と呼ばれる年齢もとうに過ぎたであろう彼は自らも精神疾患を抱えながら病床の母の世話をし、コメディアンになる事を夢見ながら昼は客寄せピエロとして日銭を稼いでいる。暮らしは貧しく、突然笑いだしてしまう病気は周囲に気味悪がられ、人々を遠ざけていた。そんな彼の唯一の楽しみが人気司会者マレー(ロバート・デニーロ)によるトークショー番組だ。

全米のみならず世界中の批評家が本作を危険視している理由の1つに社会から隔絶され、女性にモテない主人公が大量殺人へと走る事を正当化しているのではというのがある。インセルと呼ばれる所謂“非モテ”による無差別殺人の事例があり、今後の犯罪を助長するおそれがあると言うのだが、作り手の主眼はそこではないだろう。

本作の時代設定に注目してほしい。劇中での言及はないが80年代初頭という設定が行われており、それは悪化の一途を辿ったNYの犯罪率が金融業の成長によって改善され、レーガン大統領の経済政策レーガノミクスが大規模な規制緩和と富裕層への減税を行って今日につながる格差を生み出した時代でもある。
今年の映画やTVドラマの多くがこの80年代を舞台としている。中でもジョーダン・ピール監督の『アス』は『ジョーカー』と呼応する部分が多い。『アス』のドッペルゲンガーは80年代に地下世界へと追いやられた人々(下層)であり、彼らは当時行われた偽善的なチャリティイベント“ハンズ・アクロス・アメリカ”を模して現代社会へ復讐を行おうとする。

『ジョーカー』におけるゴッサムシティのランドスケープはまさに70年代から80年代への過渡期にあったアメリカを映している。公共事業は破綻して街にはゴミがあふれ、福祉は削られていく。市長候補として名乗りを上げるのは大富豪トーマス・ウェイン(そう、バットマン=ブルース・ウェインの父だ)で、彼は社会へ不満を持った市民をピエロ=道化だと蔑む。やはり86年のNYで起きた冤罪事件を描くエヴァ・デュヴァネイ監督『ボクらを見る目』では逮捕された未成年の黒人少年達に対し、ドナルド・トランプが死刑にせよと新聞広告を打ち、黒人コミュニティに分断をもたらす様が描かれていた。『ジョーカー』におけるウェインがトランプに重ねられているのは言うまでもないだろう。

異能ぶりが極まるホアキン・フェニックスは『ビューティフル・デイ』から大幅減量し、その痩身をひしゃげさせるかのように舞い、笑いながら哀しみを吐き出す。ヒース・レジャーのジョーカーも時折、哀し気に見えたがホアキンは何度も目元のメイクが崩れる悲しみのジョーカーだ。彼の絶望や孤独に共感する人は決して少なくはないだろう。僕にはこの映画が理不尽で狂った世界に対して怒れ、蜂起しろというポジティブなメッセージに受け取れてしまった。それは奇しくも中国の弾圧にマスクを被って反撃する香港市民の姿に重なり、そしてスウェーデンから海を渡り、地球を汚染し続ける大人たちに対して「恥を知れ」と怒りを表明した少女に重なってしまったのである。

『ジョーカー』は世界中に蔓延した怒りを包括しているのではないか。それは怖ろしく、危険なものに見えるかも知れないが(アカデミー賞なんてもっての外だろう)、人々は心の奥底で怒りを解き放てる何かを求めており、それにジョーカーが応えたのではないか。

監督のトッド・フィリップスは本作を「思いやりの欠如についての映画だ」と言っている。DCのみならず全てのスーパーヒーロー映画がこの思いやりに欠けた世界に対して如何に応えるのか。『ジョーカー』へのアンサーがこのジャンルの盛衰を決める事になるだろう。


『ジョーカー』19・米
監督 トッド・フィリップス
出演 ホアキン・フェニックス、ロバート・デニーロ、ザジ・ビーツ、フランセス・コンロイ、ビル・キャンプ、シェー・ウィガム、ブレット・カレン、グレン・フレシュラー、リー・ギル、マーク・マロン、ブライアン・タイリー・ヘンリー

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『ジョン・ウィック:パラベ... | トップ | 『エルカミーノ:ブレイキング・バッド THE ... »

コメントを投稿

映画レビュー(し)」カテゴリの最新記事