長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『キャロル』

2016-10-26 | 映画レビュー(き)

 ひそやかなときめき、悦び、痛みが匂い立つ。50年代アメリカ、同性愛はおろか女性の自立さえ認められていなかった時代。デパートの売り子テレーズは人妻キャロルに一目で恋をしてしまう。

パトリシア・ハイスミスが匿名で出版し、永らく作者不詳のまま読み継がれてきたレズビアン小説の金字塔をトッド・ヘインズ監督は「エデンより彼方に」(2001年)同様、ダグラス・サーク風メロドラマの方法論で映画化しているが哀しいかな、わずか15年で世界はより不寛容となり、切迫感を持ったドラマとして成立している。

テレーズに扮したルーニー・マーラが素晴らしい。
佇まいだけで孤独と喪失を体現する彼女には愛を失った人であれば誰もが胸を締め付けられるはずだ。これはメロドラマであるのと同時に自分が何者かもわからないヒロインがアイデンティティを確立するまでの物語でもある。
マーラのフォトジェニックな美しさを彩った衣装、美術、撮影の設計も見事だが、大きな演技が未だもてはやされるハリウッドにおいて雰囲気だけで映画を成立させる個性は現代アメリカ女優のみならず、世界的に見ても稀有だろう。アカデミー賞ではキャンペーン戦略ゆえに助演扱いとなってしまったが、先行したカンヌ映画祭ではケイト・ブランシェットを差し置いて女優賞を獲得した。

もちろんブランシェットは彼女の偉大なキャリアに新たな足跡を残す名演である。
優美なマダムは見初めた少女の前で優美に振る舞いそれは…とにかく“ハンサム”なのだ。しかし、この“ジーナ・ローランズのようにカッコいい女”という演技的記号はヘインズの『アイム・ノット・ゼア』でボブ・ディランを演じて実証したように彼女にとっては朝飯前である。

“キャロルという記号であること”の理由は最後に明かされる。望まぬ結婚をし、自由と愛を捨てた彼女がこの時代を生きるためには優雅で颯爽とした女でなくてはならなかった。自分を偽る事しかできなかった女の哀しみをやはりブランシェットは名演するのである。

 野心的な表現で批評家に高く評価されてきたヘインズだが、本作は2女優の名演によって最も胸打つ作品となった。


『キャロル』15・米
監督 トッド・ヘインズ
出演 ケイト・ブランシェット、ルーニー・マーラ
 

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