長内那由多のMovie Note

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『82年生まれ、キム・ジヨン』

2020-10-17 | 映画レビュー(は)

 撮れば当たるような大ベストセラーを終始抑制されたトーンで撮り上げ、ほとんど原作小説の続編のような大胆な脚色を施せてしまう所に『パラサイト』で天下を取った韓国映画の充実がある。原作未読の観客はもちろん、読了済みの人も新鮮な感動を得ることができるだろう。

 チョ・ナムジュによる原作は82年生まれの主人公キム・ジヨンが韓国社会の女性差別、家父長社会で生きてきた様を精神科医(原作では男性、映画版では女性になっている)のレポートを通して振り返るという体裁で、何の解決も見ないラストには作者の絶望と社会の断絶を感じてゾッとさせらた。

 映画版は果敢にも幼少期から現在までのエピソードをほとんどオミットし、産後うつによって人格が分裂したキム・ジヨンの再生に焦点が当てられている。原作では理解のない男達にも“顔”が与えられ、不器用なりに自身のアップデートを試みる姿が嬉しい。映画版が描こうとしているのは断絶ではなく、手を取り合う連帯なのだ。

 韓国映画界の層の厚さを実証する女優陣のキャスティングが素晴らしい。皆、実に生活感のある顔なのだ(母親役のキム・ミギョンが泣かせてくれる)。全編すっぴんで映画女優オーラを消し去ったチョン・ユミはホン・サンス映画で培った現代口語演技とリアリズムでキム・ジヨンに生きた血を通わせている

 終盤の思いがけない脚色に僕はグレタ・ガーウィグ監督の『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』を思い出した。原作者オルコットを自身に近づけたガーウィグはメタ構造を取る事で『若草物語』を女性達が“声”を見つける物語へと読み直した。ガーウィグも83年生まれだ。
 本作もまたキム・ジヨンに“声”を与えることで原作を上梓したチョ・ナムジュの存在を浮かび上がらせている。そしてそこには物語に共感し、勇気づけられた多くの女性たちの姿もあるのだ。

 韓国では同年、84年生まれの女子中学生を描いた『はちどり』も公開された。家父長社会で生きづらさを抱えたあの少女が20年の時を経て自らの声を得ていたら…そんな思いも過るこの2作はさしずめ姉妹編と言えるだろう。『パラサイト』と並び、現代韓国社会を俯瞰する重要作である。


『82年生まれ、キム・ジヨン』19・韓
監督 キム・ドヨン
出演 チョン・ユミ、コン・ユ、キム・ミギョン
 

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