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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ロスト・マネー 偽りの報酬』

2020-06-02 | 映画レビュー(ろ)

 『それでも夜は明ける』でアカデミー作品賞に輝いたスティーヴ・マックイーン監督待望の最新作はこれまでとは打って変わってオールスターのケイパー映画だ。強盗に失敗し、無残に命を落とした夫たちに代わって遺された妻たちがヤマを踏む。原題は“Widosw=未亡人たち”。脚本は『ゴーン・ガール』『シャープ・オブジェクツ』のギリアン・フリンと来れば単なるジャンルムービーでない事は容易に想像がつくだろう。強盗稼業という道楽に生きる男たちの影で内助の功という枷をはめられてきた女達が、より洗練された手口で自尊心を身に着けていく。主犯格にド迫力のヴィオラ・デイビス。近年、半ばセルフパロディのようにタフネスを演じ続けてきたミシェル・ロドリゲスが本来の実力を発揮し、エリザベス・デビッキが美人ゆえの薄幸を見せる。シンシア・エリヴォは翌年『ハリエット』でアカデミー主演女優賞にノミネートされる快進撃の幕開けとなった。
デイビスの夫役にはリーアム・ニーソン。中盤、大きなサプライズが用意されており、改めてこの人の芝居はカリスマ的善人よりも怖い人の方が映える事がよくわかる。

 ここに『アトランタ』のブライアン・タイリー・ヘンリー、『ゲット・アウト』のダニエル・カルーヤら近年、上り調子のアフリカ系俳優も合流。特にカルーヤは登場する度に画面を凍らせる怪演だ。

 これだけの布陣が出来上がったのもオスカー獲得後のマックイーンと、痛快娯楽作になるであろう本作への期待があったからと思われるが、マックイーンのクールな映像美は本作をアート映画へと押し上げており、フリンの脚色も#Me too以後の映画としてテーマが直接すぎたきらいがある。デイビス、ロドリゲス、デビッキ、エリヴォという顔ぶれが揃ったのならTVシリーズの尺でじっくりとドラマを見たかった。
マックイーンのオスカー獲得はまさにPeakTVが勃興した2013年。6年ぶりの新作は奇しくもハリウッドのトレンドの変遷を感じさせる結果に終わっている。


『ロスト・マネー 偽りの報酬』18・米
監督 スティーヴ・マックイーン
出演 ヴィオラ・デイビス、ミシェル・ロドリゲス、エリザベス・デビッキ、シンシア・エリヴォ、コリン・ファレル、ブライアン・タイリー・ヘンリー、ダニエル・カルーヤ、ジャッキー・ウィーヴァー、キャリー・クーン、ロバート・デュバル、リーアム・ニーソン
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『ロニートとエスティ 彼女たちの選択』

2020-02-03 | 映画レビュー(ろ)

 父の死をきっかけに故郷へと帰省したロニート。厳格なユダヤ教コミュニティ(おそらく最も排他的なハシディズムと思われる)で育った彼女はその閉そく性から逃れ、写真家として自立していた。彼女は父の後継者となったかつての友人ダヴィッドと、その妻エスティに再会する。ロニートとエスティはかつて激しく愛し合い、同性愛ゆえに迫害されたのだった。

同性愛や女性に対する理不尽な抑圧はイスラム原理主義のものが有名だが、西欧諸国の宗教原理主義にも同様に存在しており、殊にユダヤ教のハシディズムは厳しい。既婚女性は人前で地毛をさらす事は許されず、均一的なカツラの着用を義務付けられる。強固なコミュニティが互助社会を形成する一方、その教育は狭義的であり、インターネットすら許されない。毎週金曜には互いの意志とは関係なく性行為が強要される。人権無視も甚だしい厳格さによってコミュニティを離脱する者がいても、社会的に自立できないようにシステム化されているのだ。これらの仕組みについてはNetflixのドキュメンタリー『ワン・オブ・アス』が詳しいので、ぜひとも本作のサブテキストとしてもらいたい。

 そんな息をするのも苦しい社会では同性愛はおろか、女性として生きていく事もままらない。主演レイチェル・ワイズ、レイチェル・マクアダムスの抑制された演技が素晴らしい。特にマクアダムスは従来の陽性のオーラを消し去り、かつてロニートに置き去りにされ、失意の中でダヴィッドと結婚したエスティの絶望と孤独を切実に演じている。まるで水面に顔を出し、大きく息を吸うかのように互いを求め合うラブシーンを見よ。『ナチュラル・ウーマン』でアカデミー外国語映画賞を獲得した南米出身セバスティアン・レリオ監督の性愛描写は匂いすら錯覚させる濃密さであり、『アデル、ブルーは熱い色』を上回るエロティシズムである。ワイズ、マクアダムス共にキャリアの充実を示す名演だ。

 原題は“Disobedience”=不服従。彼女らの愛が特殊なコミュニティの特殊な物語でないことは言わずもがなである。


『ロニートとエスティ 彼女たちの選択』17・米、英、アイルランド
監督 セバスティアン・レリオ
出演 レイチェル・ワイズ、レイチェル・マクアダムス、アレッサンドロ・ニヴォラ
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『ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋』

2020-02-01 | 映画レビュー(ろ)
 フレッド(セス・ローゲン)は才気煥発ユーモアあふれる文章と、ガッツに満ちた体当たり取材で人気のフリージャーナリスト。鬱陶しい髭と、おそらく3年以上は着古しているウインドブレーカーに細丈のカーゴパンツというもっさい格好のオッサンだ。ひょんな事から彼は次期大統領候補と目される国務長官シャーロット(シャーリーズ・セロン)と出会う。なんと彼女は10代の頃にシッターをしてくれていた近所のお姉さんだったのだ。甦る淡い初恋(そしてイタい思い出)。シャーロットはフレッドの才能を見込んで専属のスピーチライターに抜擢する。

 これまでもジェームズ・フランコ、ジョゼフ・ゴードン・レヴィット、ローズ・バーンからコメディ俳優としての新境地を引き出してきたセス・ローゲン。常にヨゴレ役を一手に引き受け、どんな俳優と組んでも最高のケミカルを発揮する稀有な才能の持ち主である彼が、今度はシャーリーズ・セロンから近年にないキュートな魅力を引き出している。

 若い頃から政治にまい進してきたシャーロットのポップカルチャーは90年代で止まったまま。『ゲーム・オブ・スローンズ』なんて全エピソードのあらすじをググって見たと言っている有様だ。フレッドがあの手この手とレクチャーしていく様が楽しい。日本の政治家を見ていると想像できないだろうが、ポップカルチャーという教養はアメリカの政治家に欠かせない“厚み”だ。オバマ前大統領が毎年末にその年の映画ベストを発表しているが、ほとんどシネフィル級である(まぁ、オバマの文化レベルが高過ぎるというのもあるけど)。

 ジョナサン・レヴィン監督は『50/50』での難病のレヴィットを捨てる恋人の描写にホモソーシャルな悪意を感じて好きになれなかったが、今回は『ペンタゴン・ペーパーズ』の才媛リズ・ハンナの脚本を得て、ローゲン共々シャーリーズに諸手を挙げてるといった風だ。

 特に散々ハッパをキメて踊り狂ったシャーリーズが先頃のアメリカ、イランの一触即発を思わせる危機を乗り越える場面で映画は笑いの瞬間風速値に達する。“Long Shot”を日本語にすれば、さしずめ“見込みナシの高値の花”。才色兼備、次期大統領候補、おまけにシャーリーズ・セロンときたら来世でも手が届くかわからない超ロング・ショットである。そんな彼女がこんな痴態(?)を演じるのがたまらなく可笑しく、そして愛おしいのだ。

 脇には大統領役で『ベター・コール・ソウル』のボブ・オデンカークが登場し、もはや名優の扱いである(ホントだ、ケヴィン・コスナーに似てる!)。『サクセッション』から出張してきたようなゲスのメディア王を演じているのはアンディ・サーキスだ。

 男だから外に出て働き、稼ぐといったジェンダーの役割化に悩むようなシーンはハナから存在せず、愛する人を懸命に支えようとするフレッドの姿に、やはり映画やドラマばかり見て、身の程知らずにもロングショット狙いの恋愛ばかりをしてきた筆者はなんだか励まされたのであります。ハイ。


『ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋』19・米
監督 ジョナサン・レヴィン
出演 シャーリーズ・セロン、セス・ローゲン、ボブ・オデンカーク、オシェア・ジャクソン、アンディ・サーキス、アレクサンダー・スカルスガルド
 
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『6才のボクが、大人になるまで』

2019-11-02 | 映画レビュー(ろ)

“時間”という概念だけはあらゆる芸術をもってしても描き切る事のできない永遠のテーマであり、リチャード・リンクレイター監督にとってのライフワークだ。『恋人までの距離』から始まる一連の“ビフォア3部作”で1組のカップルの18年を定点観測した彼はそこにキャラクターの時間のみならず俳優の人生、そして観客の実人生を照らし合わせた。時間とは常にそれを感じる主体があってこそ相対的に捉え得るものだ。

“ビフォアシリーズ”の影でその実験は推し進められていた。1人の少年の6才から18才までの少年時代をフィルムに収めていく…誰もが通る12年間は観る者の個人史と共鳴し、かくして普遍的な青春映画、家族映画となった。さらに彼らの遠景としてスケッチされる12年間のアメリカは未だ総括されてこなかった0年代のアメリカ史であり、そしてこの動乱の時代は家族を破壊もしなければ救いもしなかったのである。これはリンクレイターの集大成であり、0年代アメリカ映画史において重要な1本と言っていいだろう。

面白いことに文化系男子による青春モノとしても貴重だ。無垢な少年に翳りが射し、やがて彼はアートへと傾倒していく。かつてスクール映画に居場所のなかったマイノリティが今や映画の主役となる隔世は面白かった。文化系男子によって高校時代とは熱中し、背伸びし、そしてロマンチックであったものだ。

少年がそう育ったのも“父親”がイーサン・ホークであれば当然の事だろう。この12年間、リンクレイターとのコラボレート以外、食指の動く映画には一切出演せず、シワの数だけみるみる増やした彼だが、本作ではあの眩しい輝きをゆったりと円熟させていった様が克明に刻まれている。やんちゃな青年から父親の顔へ。それはユマ・サーマンとの泥沼の離婚を経てB級映画で食いつないだ彼の実人生そのものだ。近年、過小評価されてきた彼だが、一度セリフを話せば当代きっての現代口語劇の名手として抜群のグルーヴを発揮しているのも嬉しい。

もう1人、忘れられた12年間を過ごしたのが母親役のパトリシア・アークエットだ。90年代前半までこそヒロインとしてもてはやされたが、その後40代に至るにあたって活躍の場を失い、“デヴラ・ウィンガー化”していった。臆する事なく自身の老いをフィルムに残した本作で彼女は同世代のロビン・ライトが得たような渋味を持つ女優へと円熟している。息子の旅立ちを喜びながらも呪う終幕は本作で最も心揺さぶられるシーンであった。

音もなく過ぎ去る時間。本作は誰もの心に愛おしいあの瞬間を去来させる事だろう。思い出のアルバムのようにそっと秘めたくなる傑作である。


『6才のボクが、大人になるまで』19・米
監督 リチャード・リンクレイター
出演 エラー・コルトレーン、ローレライ・リンクレイター、イーサン・ホーク、パトリシア・アークエット
 
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『ロブスター』

2019-03-13 | 映画レビュー(ろ)



『女王陛下のお気に入り』でアカデミー賞にノミネートされたギリシャの鬼才ヨルゴス・ランティモス監督の第3作目。45日以内にパートナーを見つけなければ動物に変えられてしまう世界でコリン・ファレル、レイチェル・ワイズ、レア・セドゥ、ベン・ウィショー、ジョン・C・ライリーら豪華スターが右往左往する。くすぐったい笑いが満載のブラックな1本だ。

妻に先立たれたコリン・ファレルはカップル成立のためのお見合い施設に送り込まれる。非モテ連中はカップル席が見える位置で1人メシ、オナニーを禁じるために利き手は拘束され、美人メイドに毎朝尻コキでチェックされる(もちろんイク寸前で止められる)。セミナーで見せられるのはカップルでいる事がどれだけ重要かという雑~な寸劇だ。ファレルはでっぷりと太り、ベタついた髪と眼鏡でモテ男オーラを封印。ライリー、ウィショーらと並ぶとむせかえるような非モテ臭が立ち上る。

ひょんな事から施設を脱走したファレルは森で暮らす御一人様至上主義のセクトに合流、行動を共にする。いつも以上に不機嫌そうなレア・セドゥがリーダーを務めるこの組織は個人の自由が尊重されても恋愛はご法度。掟を破った者には血の制裁が科せられる。ところがそこにはレイチェル・ワイズがいて当然、恋せずにはいられなくなってしまう…。行くも地獄、戻るも地獄。管理社会は同調圧力だらけだ。脚本も務めたランティモスは吹き出してしまうようなシチェーションを積み上げ、エグいシーンの手前で場面を切り替える。ホントにエグい場面は観客の頭の中で出来上がるという寸法だ。

 劇中の非モテ共は“共通事項”がカップル成立の条件と錯覚している。すぐ鼻血が出ること、足が悪いこと、近視であること、そして…前作『籠の中の乙女』では原題Dog teathにちなんで犬歯がキーワードになったが、今回も声を上げてしまうようなクライマックスが待ち受ける。ちなみにファレル扮する主人公は改造されるならロブスターがいいと言うが、確かにこんなすったもんだがあるくらいなら水底で一人静かにプランクトンでも漁っていたい所である。って考えるオレも十分非モテか!



『ロブスター』15・ギリシャ、アイルランド、オランダ、英
監督 ヨルゴス・ランティモス
出演 コリン・ファレル、レイチェル・ワイズ、ベン・ウィショー、ジョン・C・ライリー、レア・セドゥ、オリヴィア・コールマン

 
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