長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ドント・ブリーズ』

2017-01-08 | 映画レビュー(と)

ぎゃー怖ぇええ!
デトロイトの荒廃したスラム街。空き巣を繰り返していた3人の若者が交通事故の示談金を隠し持っているという盲目の老人宅に押し入る。ところが老人はあらゆるを音を聞き分け、素手で人を殺すことのできる殺人マシーンだった!古い一軒家に閉じ込められた若者たちは息を殺し、決死の脱出を試みる。

『ドント・ブリーズ』は所謂“ナメてた相手が殺人マシンでした映画”だが、バイオレンスのカタルシスではなく、徹底してミニマルを極めた演出によって恐怖映画として成立しているのが特徴だ。物音1つ立てる事のできないシチェーションだから、ホラー映画の常套句であるショック音もスコアも封印。床のきしみ、衣擦れ、ガラスのひび、そして呼吸音…サディスティックなまでの音響配置にいつしか劇場内からはポップコーンを漁る音も消え、観ている僕らが息をするのを忘れてしまった程だ。

早々に舞台となる一軒家に潜り込むや88分間ほぼ家の中だけで展開する筋運びも魅力だ。縦横無尽のカメラワーク(素晴らしい長回しが2度ある)が観客に家の構造を認知させ、緊迫感を増幅。犬の使い方もしつこいくらいで、これだけ限られたシチェーションなのにあの手この手で観客を怖がらせるフェデ・アルバレス監督の演出は洗練を極めている。

興味深いのは2016年の本作がデトロイトを舞台にしている事だ。
 トランプを大統領に選んだ人々の一部は“ラストベルト”と呼ばれる旧工業地域に取り残された白人層だったという。かつて国産自動車の製造で栄華を極めたデトロイトはその後、日本車の普及により衰退し、街はスラム化した。主人公ロッキーはこのスラム街から脱出を目指して盗みを働き、老人は湾岸戦争退役後に周囲との繋がりを絶って暮らし続けている。格差が進み、特権階級に「思い知らせてやれ」とトランプに投票したように、自分さえ良ければ後はどうでも良いというエゴとエゴがぶつかり合う映画としても見て取れるのだ。ロッキーには何度も大金を諦めて逃げるという選択肢があるし、老人の怖ろしさは異常な能力以上に「自分は正しい」という思い込みだ(その極みが地下室のアレ)。『ドント・ブリーズ』は紛れもなく現在(=いま)の映画であり、ホラー映画が興盛した2016年を代表する1本である。


『ドント・ブリーズ』16・米
監督 フェデ・アルバレス
出演 ジェーン・レヴィ、ダニエル・ゾヴァット、ディラン・ミネット
 

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