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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『胸騒ぎのシチリア』

2019-04-02 | 映画レビュー(む)

 

今、享楽のバカンスを描かせたらこの人の右に出る人はいないだろう。『君の名前で僕を呼んで』『サスペリア』と話題作が相次ぐイタリアの鬼才ルカ・グァダニーノ監督だ。本作は1968年のアラン・ドロン主演作『太陽が知っている』のリメイクだが、オリジナルを知らずとも問題はない。シチリアの火山島、隠遁するミュージシャンとその愛人、元恋人とその娘…男と女が4人揃うと穏やかな水面に大きな水しぶきがあがる。陽光と乾いた風の下で香るセクシャルな芳香に身を任せれば良い。

四者四様の色気を持つ役者が揃った。”術後のため声を出せないロックスター”というサイレント芸でティルダ・スウィントンのオルタナティブが際立つ。元恋人役は貴公子然はかくも遠くなったレイフ・ファインズが淫らに演じる。この2人に比べればずっと後輩であるマティアス・スーナールツの色気は少しも引けを取らず、グァダニーノもその肉体に見とれているような撮り方だ。そして最若手となるダコタ・ジョンソンの水も滴るエロチックさが映画を火照らせるが、むしろその真価は終幕にある。役柄が正体を見せた瞬間、スウィントンとの間に起きるスパークは後の『サスペリア』に結実した。

原題は”A Bigger Splash”。真夏の愉悦と不穏が心ざわめかせる本作に、意外や邦題もピタリとフィーリングが合っていた。

『胸騒ぎのシチリア』15・伊、仏

監督 ルカ・グァダニーノ

出演 ティルダ・スウィントン、レイフ・ファインズ、マティアス・スーナールツ、ダコタ・ジョンソン

 
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『息子のまなざし』

2018-04-29 | 映画レビュー(む)

1999年『ロゼッタ』でカンヌ映画祭パルムドールを受賞し、頭角を現したダルデンヌ兄弟の2002年作。本作では主演のオリヴィエ・グルメがカンヌ映画祭男優賞を受賞した。

ダルデンヌ兄弟は再びカメラを主人公の肩越に据えて撮り続ける。舞台は少年院を出所した子供達が通う職業訓練校だ。前半は主人公オリヴィエの行動が一体何を示すのか、動機のわからない不気味さが一種のサスペンスのような緊張感を生み出している。一見、無造作のようで徹底して計算されたカメラワークが観客の視線を誘導し、僕たちに主人公の心の動きを読み取らせる。その緻密な演出に舌を巻く。低予算、早撮りかと思えてしまう彼らの製作ペースが実際3年スパンである事からも膨大なリハーサルとシュミレーションの上に成り立っている事がわかる。

 幼い息子を殺した少年に対峙するオリヴィエは必至にその憤怒を堪えているように見えるが反面、何かに衝き動かされるように歩み寄っていく。自分でもわからない衝動の裏には憎しみと、更生を求める教育者としての倫理観がせめぎ合っているのだ。一見、リアリストのように見えるダルデンヌ兄弟だが、人の善意に希望を託すラストシーンにはヒューマニストとしての顔が覗いた。深い余韻の残る一本だ。


『息子のまなざし』02・仏
監督 ジャン・ピエール&リュック・ダルデンヌ
出演 オリヴィエ・グルメ
 
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『ムーンライト』

2017-05-07 | 映画レビュー(む)

 前代未聞の大逆転劇となった『ムーンライト』のアカデミー作品賞受賞は、まさかの作品賞読み間違えというハプニング以前に、あらゆる面から見て異例尽くしの、アメリカ映画史に残る大快挙だ。
 ブラッド・ピットによる英断で陽の目を見たアートハウス映画である事はもちろん、現代黒人社会を舞台にしていること、そしてLGBTをテーマにしていること、なによりハリウッドが自分たちを描いた
『ラ・ラ・ランド』ではなく、偉業も成さなければ映画的な事件も起こらない一個人の物語を選んだからだ。バリー・ジェンキンス監督による本作は詩的で美しいが、およそアカデミーが好んできた大衆作からは程遠く、言ってみれば批評家好みの映画であり、そして観る者の心を揺さぶるラブストーリーである。

映画はマイアミの貧民街に住む黒人シャロンの幼年期、少年期、青年期という3つの時期を3幕構成で描く。
うつむき気味で人と目を合わさず、無口なシャロンはその瘦せすぎの体形も手伝ってか、クラスメートに「オカマ野郎」と苛められる日々が続く。家に帰ってもシングルマザーの母は仕事と男、そしてドラッグに忙しく、ネグレクトしている。そんな居場所のない彼にとって父親のような存在となるのがドラッグディーラーのフアンだ。やがてシャロンにとってのロールモデルとなる男をマハーシャラ・アリがまるで聖人のような透徹さを持って演じ、わずかな出番ながらアカデミー助演男優賞に輝いた。

ありふれた物語をジェンキンスは大胆に省略しながら、ストリートに詩心を見出していく。黒、茶、青銅とあらゆる黒人の肌を神秘的に撮らえたカメラ。メランコリックなスコア。それらは所謂、黒人音楽映画の詩心とは違い、よりシネフィル的な映画記憶から紡ぎ出されたものに見える(ジェンキンスはウォン・カーウァイからの影響を明言している)。では白人へ迎合した黒人映画なのか?とんでもない。第2幕目、シャロンとケヴィンが交わす美しいダイアローグはまるで歌い継がれてきたブルースのように力強いリリックであり、本作で最も心奪われる名場面だ。

時に俳優たちの即興性も交えた行間は第3幕目でさらに濃密さを増していく。フアンと同じドラッグディーラーに身を落とした青年シャロンは金歯をはめ、イイ車を乗り回すいっぱしのヤクザ者だが、心に決めた人ケヴィンの前ではあの少年シャロンの湿度を帯びた目に戻る。目で選んだという3時代それぞれのキャスティングが素晴らしく、とりわけこの終幕のシャロン=トレヴァンテ・ローズとケヴィン=アンドレ・ホーランドの2人が醸し出す愛の気配は見る者に陶酔感をもたらす。

 涙を絞り取るような大団円が待っているわけでもない。観客を啓蒙するような悲劇もない。ただ人間誰もが経験する愛の充足がスクリーンに満ちていくのである。名もなき僕らの物語が映画になってくれたことを喜びたい。


『ムーンライト』16・米
監督 バリー・ジェンキンス
出演 トレヴァンテ・ローズ、アンドレ・ホーランド、マハーシャラ・アリ、ナオミ・ハリス、ジャネール・モネイ
 
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