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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『パンケーキを毒見する』

2021-08-02 | 映画レビュー(は)

 オリンピック開催中の東京都で連日3000人超の新型コロナ感染者が確認され、去る7月30日に菅総理大臣が記者会見を行った。かねてから原稿の棒読み、事前に打合されたメディアとの質疑応答、フリージャーナリストからの質問に噛み合わない返答等、その内容は先進国とは思えない稚拙さだったが、この日の会見も危機感に乏しい、実に不誠実なものだった。

 本作はそんな菅政権の内幕に迫るドキュメンタリー映画である。内山雄人監督のユーモラスな語り口はアダム・マッケイ作品を思わせ、まるでバラエティ番組のようなわかり易さでこの絶対に笑ってはいけない暗愚の実像に迫っていく。ナレーションはかねてよりSNS上で政権批判を繰り返してきた古舘寛治だ。劇場には50代以上の観客の姿が多く、上映中には度々、笑い声が起こり、それはやがて失笑、そして嘆息へと変わっていった。

 この映画を初日に観るような観客にとって本作に特段、新しい情報はない。内山監督もそれは認めている様子で、作中ではこの程度の情報にすら触れていない人々にどうやって伝えるかという問題定義がされている。映画はそんな彼らに向けた"入門編”の域を出ず、既に現状を知る僕たちの価値観を変えるような迫力には乏しい。本作の公式ツイッターアカウントが突如、凍結された時「政府の意向では?」という陰謀論が囁かれたが、恐れるほどの仕上がりではないのだ。もしそれが本当なら、ガースーはこの程度の言論すら統制しようとする卑小な性根の持ち主なのだろう(いや、多分そうなのだが)。

 本作の公開翌日、都内の感染者数は4000人を超え、菅は「重症者以外は自宅療養」という方針を打ち出した。政治に無関心でも、政治は生活に直結する。就任会見時の"自助・共助・公助”という言葉がついに僕らの命を脅かすのだ。


『パンケーキを毒見する』21・日
監督 内山雄人
ナレーション 古舘寛治 
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『83歳のやさしいスパイ』

2021-07-19 | 映画レビュー(は)

“80〜90歳の高齢男性求む”。
年金制度が崩壊し、生涯働かざるを得ない日本においてなんとも魅力的な求人に見えるかも知れないが、どうやらそれは南米チリも同じようだ。セルヒオさん83歳がドアを叩いたのはとある探偵事務所。老人ホームに母を預けた家族の依頼により、施設の虐待を調査するスパイの募集だったのだ。ろくろくスマートフォンも取り扱えないセルヒオさんだが、愛妻を亡くして4ヶ月。新たな人生を求めていた。

 マイテ・アルベルディ監督による本作はユニークな設定の微笑ましい1本だが、劇映画ではなくドキュメンタリーだ。撮影は老人ホームの許諾の下、セルヒオさんの素性を伏せて行われたという。なるほど、スパイの隠語も覚えられず、スピーカーモードで調査報告するセルヒオさんの姿に違和感を覚えたが、どうやらホーム側も「変わったおじいちゃんだな」くらいに思っていたのだろう。あらかじめこの事情を知って見てしまうと、おそらく本作はまるで面白くないかも知れない。

 セルヒオさんはその温和な性格と紳士的な身なりのおかげで瞬く間にホームの人気者となる。入居者達への“聞き込み”から浮かび上がるのは虐待の証拠ではなく、老いと孤独という人間誰もが直面する命題だ。セルヒオさんに心ときめかせる老女は何とも愛らしいが、すでに入所して25年だという。素晴らしい誌の朗読を披露する老女は、いったいどんな創作的研鑽を積んできたのだろう?家族に見捨てられ、子供返りして盗みを繰り返す老女を誰が非難できるだろう?そんな彼女達との出会いによって、セルヒオさんの人生もまた動き出すのである。

 人間は孤独な生き物かも知れないが、いくつになっても人との出会いが人生を彩るのだ。そんな本作は第93回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞にノミネートされた。


『83歳のやさしいスパイ』20・米
監督 マイテ・アルベルディ
出演 セルヒオ・チャミー、ロムロ・エイトケン
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『ハンガー・ゲーム2』

2021-06-06 | 映画レビュー(は)

 人気YAアダルト小説の実写化として鳴り物入りで公開された前作からわずか1年で公開されたシリーズ第2弾。名匠ジョー・ロス監督が一流スタッフと製作した前作の手堅さは望むべくもなく、スリルと冒険心に欠けるものの、主演ジェニファー・ローレンスのスター性によってかろうじて147分を乗り切ることに成功している。

 前作で”ハンガー・ゲーム”をサバイバルすることに成功したカットニスとピーター。ゲームのルールすら変える勇気と行動力は次第に革命の気運を呼び込んでいく。2人のその後にたっぷり1時間をかけた前半部はほとんど前作のエピローグに過ぎず、語り口の悪さは最後まで目立つ。歴代優勝者が終結する75周年記念大会という少年漫画的な展開は期待ほど機能せず、敵か味方か判然としないチームタッグの疑心暗鬼はもっとサスペンスを込めても良かったのではないか(『エンジェル・ウォーズ』に続きハスッパな戦闘少女役が似合うジェナ・マローンは良い)。

 それでもいよいよ革命のシンボルとしてカットニスが立ち上がり、独裁政権への怒りを募らせるカリスマ性にはこちらも奮い立ってしまった。日本ではさほど話題に上がらなかったシリーズだが、世界中で大ヒットを記録。現在、独裁軍事政権のクーデターにより深刻な内戦状態にあるミャンマーでは、反政府運動のシンボルとして本作の3つ指ピースサインが掲げられている。映画の出来の良し悪しとは別に、非常に重要な影響力を持つ稀有なシリーズである。


『ハンガー・ゲーム2』13・米
監督 フランシス・ローレンス
出演 ジェニファー・ローレンス、ジョシュ・ハッチャーソン、リアム・ヘムズワース、ウディ・ハレルソン、エリザベス・バンクス、ジェフリー・ライト、トビー・ジョーンズ、ジェナ・マローン、スタンリー・トゥッチ、ドナルド・サザーランド

 
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『パーム・スプリングス』

2021-05-19 | 映画レビュー(は)

 セレブ御用達のリゾート地パーム・スプリングス。そこで行われた結婚式でナイルズとサラは出会う。披露宴前から泥酔状態のナイルズだが、無理やりマイクを奪ったスピーチはなんとも人生の真理を突いており、サラの心を動かした。意気投合した2人は喧騒を離れ、サボテンの影でメイクラブ…と思いきや、そこにJ・K・シモンズが登場。彼はいきなり弓矢でナイルズの肩を射抜く!え!?逃げるナイルズを追ってサラが赤く光る洞窟に入ると、そこは結婚式当日の朝で…。

 タイムループものは数あれど、同じループに男女2人が迷い込む変化球が楽しい。無為に日々が繰り返されるなら目一杯楽しんでやろうと、アンディ・サムバーグとクリスティン・ミリオティが実にチャーミングだ。2人とも既にTVシリーズの代表作を持つ人気俳優であり、『ブルックリン・ナイン−ナイン』のハイテンションなサムバーグしか知らない僕は彼の見せる複雑な表情に驚かされた。常々思うが、哀も怒りも知って初めて喜も楽も表現するのが喜劇俳優なのだろう。J・K・シモンズも役どころを心得た楽し気なサポーティングアクトだ(『21ブリッジ』の”大御所枠”よりも、本作の方が性に合っているのではないか)。

 まるで無限ループのようなコロナ禍の今こそ見てほしい1本。変哲のないステイホームの毎日でも、日々を共有できる人がいるというのは何とも代え難いことなのだ。


『パーム・スプリングス』20・米
監督 マックス・バーバコウ
出演 アンディ・サムバーグ、クリスティン・ミリオティ、J・K・シモンズ、ピーター・ギャラガー
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『ハピエスト・ホリデー 私たちのカミングアウト』

2021-03-11 | 映画レビュー(は)

 アビーとハーパーはレズビアンのカップル。ハーパーが夏の帰省で家族にカミングアウトしたというので、今年のクリスマスは満を持してアビーと一緒の里帰りだ。ところがその道中、ハーパーは告白する「ごめん、実はカミングアウトできなかったの…」。

 『ハピエスト・ホリデー』はハリウッドが得意とするクリスマス映画であり、監督クレア・デュヴァルは時おり腰が重いものの、笑いあり、涙ありの伝統的ハリウッドコメディへ仕上げることに成功している。何より重要なのはLGBTQカップルを主人公にしたクリスマス映画が、これまでメインストリームに存在しなかったことだろう。本作はデュヴァルの実体験を基にしており、彼女自身「映画の中で自分たちが表現されていないのを見ることに慣れてしまっていた」と発言している。これまでヘテロセクシャルの恋愛映画を見てきた同性カップルが、クリスマスの夜にクリステン・スチュワートとマッケンジー・デイヴィスのラブコメディを見られたら…なんとも素敵な時代になったじゃないか!

 もちろん、クリステンとマッケンジーは全人類必見のスクリーンカップルだ(このキャスティングを考えた人、天才か!?)。近年、作品に恵まれなかったクリステンが、ここでは監督のデュヴァルをはじめ、アリソン・ブリー、オーブリー・プラザら実力派女優陣に囲まれ、終始リラックスした雰囲気でキュートな魅力を発揮しているのが嬉しい。
 方や、マッケンジー・デイヴィスはイイ所のお嬢さんであるハーパーをちょっとおっとり気味に演じており、性格俳優としての才能を見せた。本人は意図して選んでいないというが、珠玉の傑作『サン・ジュニペロ』(『ブラックミラー』S3E4)、『タリーと私の秘密の時間』、そして『ターミネーター ニュー・フェイト』(これ、そういう映画ですよ)と連投し、今やゲイアイコンの1人だ。

 筋運びは王道ながら、ディテールの豊かさに本作の魅力がある。アビーはハーパーのお父さんの前で求婚をするという、劇中の言葉を借りれば「家父長制の悪癖」とも言うべきプロポーズを夢見ており、ベタなロマンチック願望に性差はないのだなと微笑ましく感じた。また、本作の舞台となるペンシルベニア州は、先の大統領選挙でも混戦になったアメリカ有数の保守地盤。地方出身者としては、道を歩けば同級生に出くわし、大人になっても子供時代の因縁を引きずらざるを得ない田舎の窮屈さは大いに共感できた。

 2人がクリスマスの夜に足を運ぶ劇場では『素晴らしき哉、人生!』が上映されている。本作はLGBTQの新たなスタンダードとなるべく、往年のクリスマス・クラシックへオマージュが捧げられているのだ。


『ハピエスト・ホリデー 私たちのカミングアウト』20・米
監督 クレア・デュヴァル
出演 クリステン・スチュワート、マッケンジー・デイヴィス、アリソン・ブリー、オーブリー・プラザ、メアリー・スティーンバージェン、ヴィクター・ガーバー、ダニエル・レヴィ
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