
僕は歴史の負の遺産に向き合うアメリカ映画の健やかさが好きだ。
1961年、ヴァージニア州。未だ人種差別が色濃い時代にNASAで宇宙開発に携わった黒人女性たちがいた。数学の天才である彼女らはやがてアメリカの宇宙開発計画“マーキュリー計画”に関わる事になる。原題は“Hidden Figures”=「知られざる人々」だ。
脚本も手掛けたセオドア・メルフィ監督の演出は俳優陣から活気あふれるアンサンブルを引き出し、時にユーモラスなまでの陽性のオーラが映画に満ちていて実に気持ちがいい。そんな映画の性格は冒頭から明らかだ。故障した車で立ち往生する3人の主人公たち。ブ厚い眼鏡をかけたタラジ・P・ヘンソンが切符のいい姉御イメージを翻して天才数学者キャサリンを妙演。オクタヴィア・スペンサーは後にNASA初の黒人女性管理職となるドロシーをさすがの巧さで演じている。この年、アカデミー受賞作『ムーンライト』でもキュートな魅力を発揮したジャネール・モネイはここでも楽し気だ。この場面から一気に引き込まれてしまう。
NASA勤務とはいえ、彼女ら黒人が働くのは1Km近く離れた別館だ。配置換えで本館勤務となったキャサリンだが、信じがたい事に当時は白人と有色人種のトイレは別々で、彼女は何度もトイレと職場を往復する羽目になる。この“歩み”という運動こそ本作のテーマであり、映画は時に集団で、時には白人にその道を走らせる反復を繰り返し、僕たちは先人たちの苦難の歴史を垣間見る事となるのだ。至極シンプルな映画的動体運動にテーマを託したメルフィの演出がいい(ファレル・ウィリアムスによる当時のゴスペルミュージックを模したオリジナル楽曲も楽しい)。
彼女らは優れた才能を持っていたが、天才だから事態を打開できたわけでは決してない。夜学に通い、独学で勉強してキャリアアップをし、成功を手にした。古今東西どこにでもある職場の愚痴から言葉面ではないワークライフバランスを手にしていく展開は“ワーキングドラマ”としても楽しい。彼女達に対して次第に認識を改めていく上司役ケヴィン・コスナーがようやく“アメリカの良心”を取り戻して快演。一方、「私は差別意識はないから」と公言しながら自身の差別意識に気づいていない上司をキルステン・ダンストが巧演、俳優として理想的な年齢の重ね方を見せている。
名画座で二本立てをやるならカップリングは83年のフィリップ・カウフマン監督作『ライトスタッフ』だろう。
あの映画でエド・ハリスが演じた宇宙飛行士ジョン・グレンの有人打ち上げが『ドリーム』のクライマックスとなり、サム・シェパード演じたチャック・イェーガーに訪れた時代の黄昏が本作にも一瞬、射し込む。
しかし、どんなに文明や科学が発展してもそれを成すのは人間だ。僕たちは混迷の現在、自らの力で時代を切り拓いた彼女らの努力、融和に学ぶべきだろう。批評家賞寄りとなってしまったオスカーでは3部門ノミネートに留まったが、本作の持つ同時代性は候補作中1番の大ヒットにつながった。『ラ・ラ・ランド』『ムーンライト』よりも本作こそが作品賞に収まりが良かったのではないだろうか。
1961年、ヴァージニア州。未だ人種差別が色濃い時代にNASAで宇宙開発に携わった黒人女性たちがいた。数学の天才である彼女らはやがてアメリカの宇宙開発計画“マーキュリー計画”に関わる事になる。原題は“Hidden Figures”=「知られざる人々」だ。
脚本も手掛けたセオドア・メルフィ監督の演出は俳優陣から活気あふれるアンサンブルを引き出し、時にユーモラスなまでの陽性のオーラが映画に満ちていて実に気持ちがいい。そんな映画の性格は冒頭から明らかだ。故障した車で立ち往生する3人の主人公たち。ブ厚い眼鏡をかけたタラジ・P・ヘンソンが切符のいい姉御イメージを翻して天才数学者キャサリンを妙演。オクタヴィア・スペンサーは後にNASA初の黒人女性管理職となるドロシーをさすがの巧さで演じている。この年、アカデミー受賞作『ムーンライト』でもキュートな魅力を発揮したジャネール・モネイはここでも楽し気だ。この場面から一気に引き込まれてしまう。
NASA勤務とはいえ、彼女ら黒人が働くのは1Km近く離れた別館だ。配置換えで本館勤務となったキャサリンだが、信じがたい事に当時は白人と有色人種のトイレは別々で、彼女は何度もトイレと職場を往復する羽目になる。この“歩み”という運動こそ本作のテーマであり、映画は時に集団で、時には白人にその道を走らせる反復を繰り返し、僕たちは先人たちの苦難の歴史を垣間見る事となるのだ。至極シンプルな映画的動体運動にテーマを託したメルフィの演出がいい(ファレル・ウィリアムスによる当時のゴスペルミュージックを模したオリジナル楽曲も楽しい)。
彼女らは優れた才能を持っていたが、天才だから事態を打開できたわけでは決してない。夜学に通い、独学で勉強してキャリアアップをし、成功を手にした。古今東西どこにでもある職場の愚痴から言葉面ではないワークライフバランスを手にしていく展開は“ワーキングドラマ”としても楽しい。彼女達に対して次第に認識を改めていく上司役ケヴィン・コスナーがようやく“アメリカの良心”を取り戻して快演。一方、「私は差別意識はないから」と公言しながら自身の差別意識に気づいていない上司をキルステン・ダンストが巧演、俳優として理想的な年齢の重ね方を見せている。
名画座で二本立てをやるならカップリングは83年のフィリップ・カウフマン監督作『ライトスタッフ』だろう。
あの映画でエド・ハリスが演じた宇宙飛行士ジョン・グレンの有人打ち上げが『ドリーム』のクライマックスとなり、サム・シェパード演じたチャック・イェーガーに訪れた時代の黄昏が本作にも一瞬、射し込む。
しかし、どんなに文明や科学が発展してもそれを成すのは人間だ。僕たちは混迷の現在、自らの力で時代を切り拓いた彼女らの努力、融和に学ぶべきだろう。批評家賞寄りとなってしまったオスカーでは3部門ノミネートに留まったが、本作の持つ同時代性は候補作中1番の大ヒットにつながった。『ラ・ラ・ランド』『ムーンライト』よりも本作こそが作品賞に収まりが良かったのではないだろうか。
『ドリーム』16・米
監督 セオドア・メルフィ
出演 タラジ・P・ヘンソン、オクタヴィア・スペンサー、ジャネール・モネイ、ケヴィン・コスナー、キルステン・ダンスト、マハーシャラ・アリ