マダム・クニコの映画解体新書

コピーライターが、現代思想とフェミニズムの視点で分析する、ひと味違う映画評。ネタバレ注意!

『少年と自転車』『オレンジと太陽』にみる「幻想の母」

2012-06-23 | 映画分析
 親に棄てられた子どもを支える、強い意志を持った女性が登場する映画2本、『少年と自転車』と『オレンジと太陽』を続けて観た。

 昨年のカンヌ国際映画祭グランプリに輝いたベルギーのダルテンヌ兄弟の『少年と自転車』は、施設に預けられた少年が、迎えに来るはずの父に裏切られ、チンピラの手下となって殺人未遂を起こすが、独身の女性美容師の里子になり、家族の絆を結んでいく物語。
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父と住んでいた団地、里親の美容院、悪の温床の森が舞台だ。少年のメタファーである自転車は3つの空間をめまぐるしく移動する。
 赤い服を着て自転車で疾走する少年は、人間のあるべき姿を探る求道者のようだ。父と母の不在の空間を埋める作業をし、幼児性からの脱却を図るために、チンピラに父を、美容師に母を幻想する彼。
 団地と美容院を結ぶ森の中で大人になるための通過儀礼を経験する=人を襲って金を奪い、チンピラに棄てられる。しかし、被害者の報復により仮死状態になり、死線を彷徨いながら深淵を見る・・・。

エンディング。彼は突然立ち上がり、団地にいる美容師に向かって自転車を走らせる。
 団地はもう父のいる場所ではない。自分をしっかりと受け止め、通過儀礼を見守ってくれた「幻想の母」とその仲間がいる温かい新天地だ。
 仮死からの再生は、父と決別し、父を乗り越えることができたことを表す。
★★★★★(★5つで満点)

 一方、 英国の名匠ケン・ローチの息子ジム・ローチによる『オレンジと太陽』は、英国で19世紀から1970年代まで行われていた「児童移民」の実態を明らかにした問題作。
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 政府は児童福祉予算を減らすために、13万人もの貧困家庭の子どもを豪州を初めとする英連邦諸国に送っていた。
 過酷な労働や性的虐待に耐えてきた孤児たちは、「自分は誰なのかを知るために、母親を捜してほしい」と主人公のソーシャルワーカーに懇願する。
 彼女は夫や実子の協力により、命がけで権力と闘い、彼らを支援するためのトラストを設立。現在もその活動が続いている。
 因みに近年、英国と豪州の首相は公式謝罪をした。

なぜ母なのか?
 胎内での至福を再現したいからか?

 孤児たちの多くは、実母との再会を叶えることはできないが、ソーシャルワーカーを「幻想の母」にして力強く生きていく。

 彼女が、今は実業家になった孤児の男性と、虐待現場の教会&孤児院を訪れるシーンが印象的だ。
 お茶も出さず、所望すると欠けた茶碗でもてなすといった嫌がらせをする神父たちに、「私を恐れることはないわ。皆さん大人だもの」と言い放つ。
 それまで彼女と距離を置いていた実業家はその言葉を聞いて、「あんたは俺が受け取った最高の贈り物だ」と一挙に近づく。
★★★★(★5つで満点)

 両作品とも余分なものを排除した簡潔な作風。弱者に光を当てる監督の優しいまなざしが心を打つ。加えて支援者である女性の真摯な姿は観る者を勇気付け、これからの社会のあり方を暗示しているように思われる。    
 


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