マダム・クニコの映画解体新書

コピーライターが、現代思想とフェミニズムの視点で分析する、ひと味違う映画評。ネタバレ注意!

ある子供/亀裂の効果

2006-01-26 | 映画分析
 日本の若者にも通じる、大人になりきれない”子供”を、ドキュメンタリータッチで描いた力作。手持ちカメラ、アングル、音声、小道具などを効果的に用いて、深読みのできる作品に仕上げてある。スリリングな先の読めない展開もすばらしい。
ある子供
(ネタバレ注意!)
 20歳の男性ブリュノは,幼いころから母に愛された記憶がない。そのため母とのホットな関係を諦めきれずに成長した”子供 ”である。母との精神的な分離ができていないので、”他者”の存在を認識できず、自分の欲望のままに行動してしまう。
 窃盗で生計を立てている彼は、盗品の中にあった遺言書を「不要だ」と言って川に捨てるが、これは、過去と未来に繋がるものを切り捨てる”刹那主義”であることを表現している。

 一方、彼の恋人である 18歳の女性ソニアは、彼の子供ジミーを出産することで、”他者”の存在が見えるようになった、ホヤホヤの”大人”である。
片方が子供のままでは”両親”にはなれない。ブリュノが金欲しさにジミーを売り飛ばそうとすることから、二人の関係に亀裂が入る。

この亀裂は、ブリュノに大きな変化をもたらす。
ブリュノは、ソニアとジミー、携帯電話を同時に喪失する。残されたのは、ソニアとジミーの痕跡である乳母車とペアジャケットだけ。
携帯電話を失ったことでブリュノの移動距離が長くなる。母やソニアと連絡をとるにも、乳母車やペアジャケットを売却するにも、いちいち足を運ばなくてはならない。とくにソニアは、彼を嫌って接触を無視するので、ますます歩く時間が長くなる。考える時間が増えることになる。

また、ブリュノは、人身売買人のヤクザからジミーのことで脅かされ、殴られて金を取り上げられることにより、加害者から被害者になる。

さらに、ブリュノは、14歳の少年スティーブにスクーターを借りさせて、一緒に引ったくりをするが、警察に追跡され、川に飛び込む。命がけでスティーブを助けるブリュノ。彼の足をさすって温めてやるブリュノは、まるで父親のように優しい。そんな人情のある人間ではなかったはずなのに・・・。

しかし、ブリュノがスクーターを取りに行っている間に、スティーブは補導されてしまう。「必ず戻ってくる」と、約束したのに・・・。

再び、ブリュノの移動が始まる。今度はパンクしたスクーター(スティーブの痕跡)を引きずって、ソニアの不在の家へ、そして警察へ・・・。
 彼は、スティーブとの約束を果たすために自首する。

 なぜ、ブリュノは、このように変ったのか?
 彼はまず、残された軽い乳母車を引いて、長時間の水平移動をする 。次に、川に落ち(垂直移動)、さらに、パイプにつかまりスティーブを助ける(交差)。その後、パンクした重いスクーターを引きずって再び長距離の水平移動をする(反復)。
 水平移動の”空間と時間”に、垂直移動で切り込みを入れ、交差することで、ブリュノの心の中に変化が起こったのだ。”他者”の痕跡である軽い乳母車は”喪失”を、同じく重いスクーターは”存在”を意識させる。
 つまり、”空間と時間”に裂け目を入れることにより、”他者”との関係(喪失と存在)に対する認識ががめばえたのである。
 水平移動の反復は、それ以前の水平移動と比べて、精神的に成長していることを示している。

ブリュノの隙間から覗くショットが多い。観客も彼の内面を覗くことになる。
音楽はほとんどなく、セリフも少ないため、音の効果(札束を数える、自動車の排気音、靴音・・・)が、”空間と時間”を感じさせる。
 ブリュノ とスティーブを対比させることで、ブリュノの成長ぶりを際立たせている。

ラスト、ブリュノとソニアは和解するが、2人の間には、背景の垂直の柱が見える。それ以前にも、バスの中や街角、ソニア宅のドアのシーンなどで、同じように柱があった。
 これは、今後も関係を持続させるには、何度も亀裂を入れては、やり直しを繰り返さなければならないことを暗示している。
★★★★★(★5つで満点)


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18 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (アロハ坊主)
2006-01-26 23:09:22
TBありがとうございます。



心に残る映画には、クニコさんが解釈しているような法則みたいなものが必ず存在するんでしょうね。法則というよりメッセージのほうが適切かもしれませんが。



> ラスト、ブリュノとソニアは和解するが、2人の間には、背景の垂直の柱が見える。それ以前のバスの中のシーンなどでも、同じように柱があった。これは、今後も関係を持続させるには、何度も亀裂を入れては、やり直しを繰り返さなければならないことを暗示している。



背景の柱が異様に、存在感を漂わせていたので

何かなと思っていたんですが、亀裂を意味していたは全くわかりませんでした。ブリュノの今までの行為を見ても、過ちを繰り返しそうな雰囲気は漂ってますしね。

参考になりました。ありがとさんでした。



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丁寧につくったざっくりした切り口 (カロンタンのエサやり人)
2006-01-27 00:49:35
こんばんは、初めまして。TBありがとうございます。

大変参考になりました。様々な読み方が可能な映画こそいい映画という視点をお持ちのよう。同感です。ダルデンヌ兄弟作はいつも、そういう懐の深さと、まるで丁寧につくったざっくりした切り口という趣きを併せ持っていますね。

こちらからもTBさせて頂きます。そんなに劇場ではみられない私の05洋画ベストも『エレニの旅』でした。今後とも、よろしくお願いします。
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まず向き合わなければ、やり直す事も出来ませんね (たろ)
2006-01-27 14:51:06
初めまして。こんにちは。

弊ブログへのトラックバック、ありがとうございました。

こちらからもコメント&トラックバックのお返しを失礼致します。



映画での登場人物の行動を足掛かりに分析した記事を読ませて頂きました。

鑑賞から時間が経ってしまい不確かな部分ではありますが、物語冒頭でのジェレミー・レニエさんが演じたブリュノさんは、ジェレミー・スガールさんが演じるスティーヴさんに対して年下といえども小さな盗みをして盗品を売った金の分け前を細かに渡している点 等から、僕は元々人の良さを持っていたと解釈しています。

そして、映画中盤から終盤での行動でブリュノさんが他人との関係に対する気持ちが変わってきたとのお考えは全く同感です。

この様に、映画鑑賞後に各人が色々な角度から深く考えさせられる余韻を擁している部分がジャン=ピエール氏とリュック氏のダルデンヌ作品の最も優れている点であると思います。



また遊びに来させて頂きます。

今後共、よろしくお願い致します。

ではまた。



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TBありがとうございました (M.)
2006-01-27 23:04:52
大変読み応えのある鑑賞の仕方をなさっていらっしゃるなと

とても参考になりました。

ご指摘されているダルデンヌ兄弟の空間の法則は

そういえば過去の作品にも当てはまるような気がしますね。

返信する
Unknown (LE PURE CAFE)
2006-01-27 23:49:28
クニコさま 

再びTBどうもありがとうございます。

相変わらずのすばらしい映画分析、読み応えあります。時々寄らせていただきますのでよろしくお願いします。ほんと勉強になります。
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Unknown (sabu)
2006-01-28 01:45:22
ブリュノの行動に怒り心頭だったので、メッセージどころではなかったですが、きちんと落ち着いて観るべきかもしれないですね。

画家によって絵画に法則があるように、映画にもきっと作り手の法則が存在するのでしょうね。

柱や移動の意味、参考になりました。
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計算が行き届いて効果があがっていた (saheizi-inokori)
2006-01-28 08:55:31
そうですね。動き、がいろんな意味を持っていましたね。
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TBありがとうございました! (Ken)
2006-01-28 22:28:16
こんにちは!

こちらの記事、読み応えがありますね。

特に、「”他者”の痕跡である軽い乳母車は”喪失”を、同じく重いスクーターは”存在”を意識させる」という一節、深く頷いてしまいました。



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Unknown (margot2005)
2006-01-29 20:06:25
マダムクニコさんコメントありがとうございました。5つ星つけられたのですね。わたしもこの映画素晴らしい!と思いました。

確かに母に愛されて育ったと言う事は考えられないですね。ソニアの親も映画では描かれてなかったですが、

ブリュノと似たり寄ったりの育ち方をしたのだろうと想像できます。

あまり期待しないで観に行って、すごく良かったりすると嬉しくなります。
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『ある子供』評のこと (tamashige)
2006-01-30 20:03:36
「水平移動とか垂直移動」、「空間と時間の裂け目」などというのは、意味不明です。

このような解釈や「深読み」を許さない、描写になっていると思います。

「空間と時間の裂け目を入れることにより、他者”との関係(喪失と存在)に対する認識ががめばえた」というのは、もっともらしく見えるうそです。

映画をもてあそぶことに目的があるように見えます。同意できません。
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