マダム・クニコの映画解体新書

コピーライターが、現代思想とフェミニズムの視点で分析する、ひと味違う映画評。ネタバレ注意!

『ひつじ村の兄弟』 /カインとアベル?

2016-01-19 | 映画分析
2015年 アイスランド、デンマーク/グリームル・ハゥコーナルソン監督
昨年度カンヌ映画祭、ある視点部門グランプリ受賞作品。

最近、本作の舞台であるアイスランドを訪れた知人は「日出ずる国、日本に帰ります。極夜は沢山です」と、SNSに書き込んだ。

神話の世界のようなロケーション。まさに地の果て。無限に広がる灰色の空間…。
1年中雪や氷が身近にあり、夏には昼が、冬には夜が長くなる。

広大な大地に建つのは、親の代から牧羊を営む、生涯独身の老兄弟の家2軒のみ。
2人は相続でもめたらしく、40年このかた口をきいたことがない。弟のシープドッグが運ぶ兄への手紙が唯一のコミュニケーション手段だ。

果たして兄弟は絆を回復することができるのだろうか?
2人の犬猿の仲ぶりが反復され、数少ない村人たちとの絡みが描かれる。

極めてシンプル。
厳しい風土と牧羊家たちの暮らしが、延々と長回しで映し出され、音楽もセリフもほとんどない。
風や足音、ドアのノック音、息づかいなどが聞こえるだけ。

原題は『仔羊たち』。
いうまでもなく、旧約聖書の、神である羊飼いに導かれる羊たちであり、神への生贄であるスケープゴート、そして、新約聖書の、 信仰の薄い逸脱者である迷える仔羊たちを指している。

この兄弟は旧約聖書のカインとアベルだ。不出来の兄は、親に愛された出来の良い弟に嫉妬し、怨み続ける。

2人の住む村では、9-10世紀ごろバイキングがもたらした、「アイスランディック」という肉用種の牧羊で生計を立てている。この羊は、大陸と地理的に離れているため、交雑が行われず、純潔種の家畜用羊としては世界最古の歴史を誇る。

兄弟はこの村一番の羊飼いで、例年の品評会では必ず1、2位を争うほどの腕前。
当然、羊愛は誰にも負けない。

しかし、兄の羊が狂牛病の羊版にかかり、政府の方針で、村の全ての羊を殺処分しなければならなくなる。
(以下ネタバレ注意!)


伝統が途絶えてしまうのを恐れた兄弟は、役人の手から逃れるために、止むを得ず協力。ブリザードの荒れ狂う山に羊たちを連れていくことにする。
2人は神の如く、羊たちを救う羊飼いになれるのだろうか?

トラクターに相乗りして、羊たちを誘導するが、途中で車が故障し、羊たちを見失ってしまう。
加えて弟は失神し、兄は凍えと戦いながら重大な危機を迎える。

聖書では、兄のカインは弟のアベルを殺害するが、本作の兄は意外な行動を起こす。
雪洞の中で、産まれたままの姿になり、弟を抱き、必死で体温で温めるのだ。
まるで母親のように、愛おしみながら…。

恍惚状態のまま突然暗転して、映画は終わる。

最終的に神に赦された農耕者カインは、牧羊者の弟を殺したことをどんなに悔いただろう。
本作の兄は、真の牧羊者である弟を見殺しにはしなかった。
例え命のように大切な羊たちを失っても…。
長年の確執を超え、兄は弟にとって、神のような存在になったのである。

弟は助かったのだろうか?
羊たちはどうなったのだろう?
全ては観客の解釈に委ねられる。

見終わった後、余韻が長引く不思議な作品である。
★★★★★(★5つで満点)

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